4.妹の怒り
「これは完全に私の我が儘だ。だから今言った取り決め以外のことは、何でもしよう。ロートリアス家への援助も約束する。……どうだろうか?」
「とのことだ。これは引き受けるしかないだろう。なあ、我が娘よ」
私を見る父の目は、相変わらず笑っていない。
なるほど。援助欲しさに、私をユリウスに売ろうとしているのか。
母も「断るな」と無言の圧を私にかけてきていた。
ソフィアは……目を輝かせながらユリウスを見詰めている。
このなかで一番私の意思を尊重しようとしているのが、今日初めて会ったばかりの男という状況だった。
私には選択肢なんて最初から存在していない。
「ユリウス様。このお話、喜んでお引き受けさせていただきます」
「……恩に着る。そしてすまない」
「いいえ。あなたの妻として、誠心誠意をもって尽くさないようにいたします」
私が平淡な声で告げると、ユリウスは一瞬目を丸くしたかと思えば、「よろしく頼む」と言って頷いた。
ユリウスが我が家を去ったあと、私はすぐさま自分の部屋で荷造りを始めた。
明日、オラリア邸に移り住むことが急遽決定したからだ。
婚約中はまだ実家にいてもいいとユリウスは言ってくれた。なのに父が、「善は急げ」と言って話を勝手に進めてしまったのだ。
衣服をトランクに一着ずつ丁寧に詰めていく。アクセサリーや雑貨類は持っていなかったので、荷造りはすぐに終わりそうだった。
と、誰かがノックもせずにドアを開ける。
「お姉様、今の気分はどう?」
ソフィアだった。
媚びるような甘える声で問いかけてくるので、私は首を傾げた。
「どうって言われても……」
「とってもイライラしてるでしょう?」
「え?」
「だって、あんなかっこいい公爵様に見初められたーって思ったら、お互い干渉しないようにって言われたのよ。悔しいでしょう?」
ニヤニヤ笑いながら顔を覗き込まれ、私は顎に親指を当てながら少し考えてみた。
そして首を横に振る。
「全然悔しくないよ。だって、公爵様が私を好きになるわけないでしょ?」
「……確かにそうよね。私ならともかく、お姉様を好きになるわけないもの」
「それより、早く伯爵邸に帰ってあげなよ。旦那様、ソフィアのこと待ってると思うよ」
諭すように言いながら、荷物を詰め終わったトランクを閉じる。
するとソフィアは、私の言葉に顔を顰めた。
「……パーティーに出なかったからユリウス様に選ばれただけで、お姉様は女としては無価値なの。なのに、この私に指図しようだなんて生意気」
パシンッと乾いた音が部屋に響き渡る。
ソフィアから平手打ちを受けたのは、何年振りだろう。
驚いて目を見開く私に、ソフィアは冷たい眼差しを向けた。
「ずるいわ、お姉様。絶対に許さないんだから」
そして刺のある声でそう言い残して、部屋から出ていく。
私は痛む頬を押さえながら溜め息をついた。