36.襲撃
ホールの中心に向かうと、会場が一気に騒がしくなった。
ユリウス様と雑草が踊るわよ、芋女が踊れるのかしら、とか。
私に関する言葉は、殆どが悪口だった。中には『地獄に落ちろ』と火の玉ストレートな内容もあった。
まあ家族からもっと酷いことを散々言われてきたので、気に留めることもなくユリウスと手を繋ぎ合う。
と、ここで問題発生。
「痛っ!」
骨をへし折らんばかりに手を強く握られ、私は悲鳴を上げた。
「ちょ、痛いですユリウス様。力を緩めてください」
「ゆる……める……?」
私が小声で言うと、ユリウスはきょとんとした顔で首を傾げた。
覚えたての言葉を復唱する幼児か!
「す、すまない。無意識につい力が入ってしまうんだ。君が男のような格好をしてくれれば、少しは落ち着くと思うんだが」
「いや、今は無理ですから頑張ってください。私を……ほら、むさ苦しいおじさんだと思い込んでください」
「想像してみたら、それはそれで物悲しい気持ちになるんだが……」
「じゃあ、芋とか玉ねぎに手足が伸びた存在とか」
「……まあ、それなら」
中年は駄目で、謎の生命体はアリなのか……
ユリウスは私から視線を逸らして、「玉ねぎ、玉ねぎ……」と呪詛のように呟き始めた。
すると次第に、手を握る力が弱まっていく。思い込みの力ってすごい。
何はともあれ、骨折の危機を回避したところでピアノの演奏が始まり、美しい音色が聞こえてきた。
それに合わせて、周囲の男女が各々踊り始める。
私たちもワンテンポ遅れてスタート。ゆったりとした曲調に合わせて踊っていく。
いいぞ……特訓の成果が出ている。心の中のマリーも「いい調子ですよ」と親指を立てている。
問題のユリウスは……私から視線を逸らしたまま踊っていた。多分彼の頭の中は玉ねぎでいっぱいだろう。
そしてピアノの演奏が止むと同時に、皆一斉に動きを止めた。
周囲から上がる拍手。無事に踊り切った達成感と安堵で溜め息をついていると、
「お、お姉様……?」
と聞き覚えのある声。ん? と振り向けば、そこにいたのは目を大きく見開いているソフィアだった。
他人の振りをしようか迷っていると、悪鬼のような凄まじい形相でこっちに走って来た。
「あ、あんたのせいでぇぇぇぇ!!」
そう叫びながら猪の如く私に突進してきたので、咄嗟にサッと避けると、ソフィアは勢いをそのままに、頭から床にスライディングしていった。
「ソ、ソフィア……だ、大丈夫?」
「大丈夫じゃないわよ!」
起き上がって私を睨みつけるソフィアは、涙目になりながら鼻から血を流している。
自業自得とはいえ、かなり痛そうだ。
「あんたのせいで、私がどんな目に遭っているのか知らないの!?」
「し……知らない……」
正直に答えると、ソフィアはギリギリと歯噛みしながら私を睨みつけた。鼻からの鮮血が唇と前歯を赤く濡らしている。
そんな恐怖映像を目の当たりにして、数名の来場者が悲鳴を上げた。
しかし本人は周囲の反応など目もくれず、私をビシッと指差した。
「私がこんなに不幸になってるのに、あんたは綺麗なドレス着て、ユリウス様とダンスだなんて有り得ないんだけど!」
「はぁ?」
ここまで罵倒される意味が分からない。
立ち尽くしていると、背後からドンと押し飛ばされて私は床に倒れてしまった。
「アニス!」
ユリウスが焦った様子で私を呼んだ。
私はゆっくりと体を起こしながら、背後に目をやった。すると、またしても見知った顔が。
「そうだ……お前がオラリア公に余計なことを言わなかったら、こんなことにならなかったんだ!」
顔を真っ赤にしたハロルドが、私を見下ろしながら叫ぶ。
今度はこいつか……!
困惑していると、ソフィアが流血したままユリウスに抱き着いた。
「ユリウス様、目を覚ましてください! ユリウス様はお姉様に騙されてるだけなんですっ!」
「ソフィアの言う通りです! 私たちはあの女の言うような人間ではありません!」
「ねぇ、ユリウス様!」
「オラリア公!」
うちの妹夫婦に詰め寄られ、ユリウスは無言で俯いていた。
まずい、早くソフィアを引き剥がさないと。私は慌てて立ち上がろうとしたのだが、
「……するな」
ユリウスがぼそっと何かを言った。
ソフィアもそれが聞こえたようで、「え?」と目を丸くする。
次の瞬間、ユリウスはソフィアを突き飛ばして、声を張り上げた。
「これ以上、俺の妻を愚弄するな!!」




