31.衣装替え
「……君、その格好はどうしたんだ?」
一時間後。ホールに戻ってきた私を見て、ユリウスは眉を顰めた。
ドレスを脱ぎ捨てて、白いシャツとズボンという質素な出で立ち。
髪は一つに束ねてから、ハンチング帽の中に押し込んだ。胸の膨らみも布を巻いて一時的に平たくしている。
「ええと、衣裳替えです……」
私もどうしてこんな格好をさせられているのか、よく分からない。
確かにドレスに比べたら、踊りやすいからいいのだが。
「……マリー」
「アニス様にはこのお姿で特訓していただきます。こちらのほうが踊りやすいですからね」
ユリウスが物言いたげな視線を向けても、この調子である。
「では先程より、もう少しテンポを上げていきましょう」
「さっきよりも!?」
正気か、この人。
リズミカルに手を叩きながら言うマリーに、私はぎょっと目を見開いた。
「アニス様はもっと高みを目指していけるはずです。自らの可能性を信じてください」
私はただ人並みに踊りたいのだが、それを口に出せる雰囲気じゃない。
こうなったらやるしかないと腹を括っていると、空気が漏れるような音がした。
見れば、ユリウスが穏やかな笑みを浮かべている。
「笑わないでください、ユリウス様。私にとっての一大事なんですから」
「悪い悪い。お詫びと言ってはなんだが、君のことはしっかりサポートさせてもらう」
「よろしくお願いしますよ……」
彼の言葉を信じながら、両手を握り合う。
「右、左、右、左、左……」
マリーの淡々とした言葉に会わせて、足を動かすことだけに集中する。
一度でもミスをしたら最後、一気にぐだぐだになりそうなので、慎重に慎重に。
ユリウスは唇を引き結びながら、私をじっと見詰めていた。
無意識なのか、私の手を握る力も強くなって結構痛い。
……これはもしかすると、「ミスをするな」とプレッシャーをかけられているのでは?
「はい。右手を高く上げながら、仰け反る。反りが足りませんよ。海老をイメージしてください」
「は、はい!」
私は海老……私は海老……
スパルタ教師二人に雷を落とされないよう、私は必死に海老の真似をした。
本日のレッスンを終えた後、マリーに「汗を洗い流しましょう」と浴室に押し込まれてからの記憶がない。
体力を消耗している状態で温かいお湯に浸かり、かつてないほどの幸福感に包まれたところまでは覚えている。
そして気がつくと、ベッドの中にいた。カーテンが開いたままの窓の向こうには、マゼンタ色に染まった空が広がっている。
その鮮やかさに見入っていると、テーブルに銀箱が載っていることに気づいた。
これ、何だろう。箱の上には「お疲れ様です」とだけ書かれたメモ紙が置かれていた。
……マリー? 首を傾げつつ蓋を開けてみると、甘い香りが鼻腔を擽る。
「おやまあ」
中身はクッキーだった。型抜きを使わなかったのか、どれも歪な形。
だけどドライフルーツやナッツを練り込んだもの、真ん中にドレンチェリーやチョコクリームを載せたものなどバラエティに富んでいる。
夕食前なので一枚だけ、プレーンタイプのクッキーをいただくことに。
「うん……うん……」
さっくりとした食感と素朴な甘さに心が癒された。




