3.白い結婚
「こら、ソフィア。ユリウス様の前だぞ」
流石にまずいと思ったのか、父がソフィアを注意する。
妹は特に悪びれた様子もなく、「ごめんなさい」と口先だけの謝罪をしてから父に問う。
「でも、要するにこれって愛のない結婚ってものでしょ?」
「ああ、そうだ。私はアニス嬢を愛しているから選んだわけではない」
問いに答えたのはユリウス本人だ。
そしてにんまりと微笑むソフィアを無視して、私を指名した理由を静かな声で語り始める。
「私は今、仕事をこなしている時間が何よりも楽しいと感じている。故にその他のことにはまったく興味が湧かない。もちろん、異性に対しても。だが周囲の環境が、それを許してはくれない」
それはそうだろう。若くして家督を継いだ。しかも、これほどまでの美形なのだから。
「毎日のように大量の釣書が送られてくる。他国の貴族や王族からのものもある。親族からも早く身を固めろと言われ続けている。なのでひとまず、結婚だけでもしておくことにした」
ユリウスはそこで一拍置いて、私へ視線を向けた。
「結婚するなら、私に一切執着しないような女性を選ぼう。そう考えた結果、君が最適だと判断した」
「……それはなぜですか?」
私が質問すると、父がすかさず口を開く。
「お前は何も気にする必要はないんだ。黙っていなさい」
「いや、彼女の疑問は尤もだ。知る権利がある」
「そ、それはそうですな。ははは……」
父は後頭部に手を添えながら半笑いを浮かべていた。
その様子を一瞥してから、ユリウスが続きを話し始める。
「……以前一度だけ、私の誕生パーティーなんてくだらないものを開いたことがあった。思いついたのは私の両親。当時まだ家督を継いでいなかった私に拒否権はなかった。そして大勢の招待客が訪れたが、欠席者もごく少数存在した。大抵はオラリア家と敵対している家の人間だったが……一人、面白い女性がいた。他の家族は全員出席しているのに、彼女だけがパーティーの場に現れなかったんだ」
ん……?
「体調を崩してしまったのかと思えば、その後の調査によって飲食店で働いていたことが分かった。その女性が君だ、アニス嬢」
「……その節は、大変失礼いたしました」
「謝らなくていい。私にとっては理想の人物だ」
「はぁ……」
とりあえず話を合わせることにしたものの、私は知らなかった。
誕生パーティーがあったことも。我が家にその招待状が送られていたことも。
父のほうへ目を向けると、「余計なことは絶対に言うな」と言いたげに私を睨みつけていた。




