23.二人の語らい
ユリウスの向かい側に座り、自分のマグカップを両手で包み込むように持つ。
出来立ての時に比べて、やや温くなっているように感じる。これなら飲みやすいだろうとユリウスに視線を向けると、彼は赤茶色の水面を真顔で見詰めていた。
少し警戒されてる……?
「これは……豆か?」
「はい。東洋の豆と砂糖で作ったスープです」
「豆と砂糖……変わった料理だな。これを作ったのは?」
「私です」
「君が?」
私がそう答えると、ユリウスは目を見張った。
不安や嫌悪を感じたのなら、無理して飲まなくても構わない。と私が言おうとするより先に、マグカップに口を付けてほんの少し傾ける。
「今までに飲んだことのない不思議な味だ。甘くて美味しい」
どうやら気に入ってくれたようで、ユリウスは再びマグカップを唇に近付ける。
その様子に安堵してから、私もスープを飲み始めた。本日二杯目なのだが、不思議と飽きが来ない。
「以前、東洋の文化に造詣が深い貴族が、向こうでは豆のペーストを使った菓子が多いと話してくれたことがある。これもそういったものなのだろうか」
「どうでしょう……このスープを作ってくれた人も、今はどうしているか分かりませんし」
もしかしたら、現在も牢屋生活を送っている可能性だってある。店長のその後を想像していた私は、一つ重大なことを忘れていた。
ソフィアとハロルドの件を、ユリウスにも謝らないと。
「ユリウス様、今朝は──」
「君はロートリアス家で酷い扱いを受けていたと聞く。確かに、あの妹なら納得だ」
「けふっ」
責められるどころか、労るような言葉をかけられて、動揺して噎せた。
何故そのことを知っているのか。両親は私のことを『社交界に興味がなく、平民の真似事を好む変わり者の長女』と、周囲には説明しているのに。
「君の家の素行調査を二回ほどさせてもらったよ」
「二回もですか?」
「一回目は、特に問題なしという報告書が挙がってきた。しかしそれは、ロートリアス男爵との密約による虚偽の内容だったんだ」
「父との密約……?」
「……民間の調査機関を頼ったのが間違いだった。調査員は男爵に自分の素性をあっさり明かすと、こんな取引を持ちかけたらしい。『金さえくれれば、男爵に都合のいい報告をする』……とな」
ユリウスの声は苦々しい。私の父にも、調査員にも、そして自分自身にも怒りを覚えているのだろう。
ささくれ立った神経を落ち着かせるように、冷めたスープを飲んでいる。
だがこれで分かったはずだ。
私と結婚するということは、ロートリアス家という厄介なおまけもついてくるのだと。
「……私と別れるなら今のうちです」
気まずくて、視線を逸らしながら言う。
しかしユリウスは「いや」と首を横に振った。
「こんなことで離婚するつもりはないよ」
「ですが……」
「何、また妹夫婦が来ても追い払えばいいだけの話だ」
淡々とした、けれど強い意思を感じさせる芯のある声だった。
自分に性愛を抱かない異性なんて、いくらでもいるだろうに。
家族から虐げられてきた私に、同情しているのかもしれない。
嬉しくもないし、煩わしくもない。その代わり、申し訳なさで胸が痛む。
この人は色恋沙汰に興味がないだけで、根本的にはとても情深い人だ。
だから都合のいい道具に過ぎない私を大事に扱うし、守ろうとしてくれている。
だからこそ、いざという時はオラリア邸から去る覚悟をしておかないと。
私のせいでロートリアス家だけではなく、マリカード家との間にも確執が生じてしまう可能性があるのだから。




