21.豆スープとアニス
「こいつぁ、見事なもんだ。ただあめぇだけじゃなく、豆本来の旨みや風味もスープの中に溶け込んでやがる……」
「チョコレートドリンクとは、また違った味わいがあるなぁ」
「俺、豆が好物なんでこれめちゃめちゃ好きです!」
甘い豆スープは料理人の皆さんに気に入っていただけたようだった。
ホッと胸を撫で下ろしていると、豆が好物だと言っていた新米料理人が鍋をちらちらと見ている。
おかわりしたいのかな。
「あの……豆も砂糖もまだたくさんあるので、いくら飲んでもいいですよ」
「いいんですか!? ヒャッホーイ!」
とっても嬉しそう。
「しかしあんた、こんなもんどこで作り方を教わったんだ? 東洋の料理なんざ王都でもお目にかかることは滅多にねぇぞ」
「教わったというより、見よう見まねですね。私が以前飲ませてもらっていたのは、砂糖の量がもっと少なかったと思います」
料理長の質問に、過去の記憶を掘り返しながら答える。
店主が「もっと砂糖を入れたら甘くて美味いんだけどな」と独りごちていたのを覚えている。
昔に比べたら、今の時代は塩や砂糖など調味料や香辛料は入手しやすくなったものの、高級品であることには変わりない。
そんな砂糖を使い、従業員たちにこのスープを振る舞ってくれた店主には感謝している。脱税はダメだが。
兵士によってどこかへ連行されていく店長の後ろ姿を思い返していると、料理人の一人から予想外な提案が。
「なぁ、フレイさん。これユリウス様とアニス様に飲ませてあげてもいいかな?」
「こ、これをですか?」
味はピカイチでも、賄いで出されていたものを公爵に飲ませるというのは勇気がいる。
「ユリウス様ってああ見えて甘党でさ。アニス様も朝から妹夫婦が押しかけて来たせいで、心労がすごいと思うし」
「ああいう身内がいるとアニス様も大変だよなぁ」
料理人たちはポワール同様、私に対して同情的だった。
あの二人と同類に思われるかもと懸念していたんだけどな……
気になるので、少し探りを入れてみることにした。
「私……アニス様のことをよく知らないんですけど、どんなお人なんでしょうか?」
私がそう質問した途端、厨房の空気が一変した。
皆、何故か沈痛の表情を浮かべている。
あ、あれ? 急に湿っぽい雰囲気になったな……
「ありゃあ、哀れな嬢ちゃんだぜぇ……っ」
料理長が呻くような声で言って、スープをコクンと一口。
それを皮切りに、料理人たちが次々と語り出す。
「家族から酷い仕打ちを受けていたらしくて、そのせいで対人恐怖症になっちまっていたみたいだ」
対人恐怖症……?
「それで耐え切れなくなった雨の中、屋敷から飛び出したところをユリウス様が偶然見つけたらしい」
出会いも捏造されてる。
「なんか小説みたいな展開すぎて、僕も最初その噂を信じなかったんですけどね。妹夫婦が自分たちにも援助しろ! って騒いでたって話を聞いちゃったら……」
「それに女嫌いのユリウス様が白い結婚とはいえ、その人を奥さんに選んだんだ。だったら、妹と違ってまともな性格のはずだよ」
ソフィアのおかげで、結果的に私の評判がよくなっている……




