20.赤い豆
新米料理人が物珍しそうな顔をするのも無理はなかった。
今回私が使うこの豆は東洋中心に流通しているもので、うちの国には殆ど出回っていない。
私も他の種類で代用するしかないと、半ば諦めながら青果店に入ったのだ。
なので紙袋に詰めた状態で陳列されているのを見た時は、「あっ!」とつい大声を上げてしまった。
そしてこれを買ったところ、店員に変人を見るような目をされた。
「これを鍋に入れて、水から茹でていくんです」
「へぇ~、こんな小さな豆なんて火にかけて柔らかくしても、食べ応えなさそうに見えますけど……あ、でも色が赤っぽくて綺麗ですね」
どうやらこの豆の食べ方、というより使い方を知る人は少ないらしい。
恐らくは青果店の店員もその一人で、わざわざ好んで買った私を不思議に思ったのだろう。
私も七年くらい前、東洋料理専門のレストランで働いていなかったら、ずっと知らないままだったと思った。
二回ほど水を替えて茹で続けたら、今度はじっくりと煮込んでいく。
その間は新米料理人と一緒にじゃがいもの皮剥きをしつつ、時々鍋を確認する。
「そろそろ豆が柔らかくなってきたので、砂糖を入れます」
私が街で買った砂糖を取り出すと、新米料理人は目をぱちくりさせた。
「わざわざ買ってきたんですか? 厨房にあるのを使ってよかったのに……」
「塩はほんの少しなのでそのつもりでしたけど、こっちは大量に使いますから、そういうわけにもいきません」
砂糖を鍋に加えながら、ゆっくりと混ぜる。そこへ塩もパラリと。
すると潰れた豆が砂糖水と混ざり合って、赤茶色のペーストのようなものが出来上がった。
あとは、これに水を少しずつ足して……
「……?」
何か気配を感じる。これは……殺気?
振り向いてみると、料理人たちが私の背後に集結していた。
その中には、剣呑な顔つきの料理長の姿もあった。
「新人メイドよ……そいつぁ何だ……?」
「わ、分かりません」
「えっ。分からねぇって、あんたが作ったもんだろうが」
「レシピは知ってるんですけど、料理名まではちょっと……」
そもそもこれ、店のメニューには存在しない賄い料理的なものだったのだ。
元気の出る飲み物だと言って、店長が時々作ってくれた。
じんわりと温かくて甘い豆のスープ。当時、あれを飲むのが私の数少ない楽しみだった。
店長が脱税していたことが明らかとなり、その店は潰れてしまったが。
「よし、出来た……!」
ペースト状からとろみのあるスープに姿を変えたそれを、マグカップに注ぐ。
ふわりと立ち込める甘い香り。
ふうふうと息を吹きかけてから一口飲んでみると、口内に広がる不思議な甘み。
潰れずに形が残っている豆も、柔らかくて美味しい。
約七年ぶりに再会した思い出の味に感動していると、料理人たちが熱い眼差しを鍋へ注いでいることに気づく。
「えっと……皆さんも飲んでみますか? 鍋いっぱいに作りましたから」
私が尋ねると、彼らは力強く頷いた。




