19.自責の念
ポワールの言っていた通り、この街には本当に何でも売られている。
おかげで材料を簡単に揃えることが出来た。
材料と言ってもたった二つだけなのだが、そのうちの一つの入手難易度が何気に高いのだ。
「……本当にそれだけでいいの?」
ポワールが首をこてんと傾げながら尋ねてくる。
ちなみに彼女は、本屋で小説を何冊も購入していた。
初老の男性とのラブロマンスものを好むのかと思いきや、ポワールは、意外にもミステリー愛好家だった。
「ポワールさんは恋愛小説は読まないんですか?」
「どちらかと言えば、推理ものの方が好きかなぁ。人がよく死ぬから」
「まあミステリーだから、結構な確率で人は死にますね……」
最後にユリウスや使用人たちのお土産でクッキーの詰め合わせを買って、屋敷に帰宅。
ポワールと別れて一人で廊下を歩いている最中、屋敷内を見回っているマリーと会った。
周囲に誰もいないことを確認してから、彼女に小声で謝る。
「うちの妹と義弟がご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ありませんでした……」
「いいえ。謝るのはこちらの方です。あれらの不法侵入を許してしまいました。今後は気を付けるようにと門番にも言っておきました」
「本当にすみません……」
大方、門番の制止を振り切り、敷地内に無理矢理侵入したのだろう。
私がこの屋敷にやって来たせいで……
自責の念に駆られていると、マリーが平淡な表情のまま口を開いた。
「私たちにとって、あなたは恩人です。必ずお守りしますので、どうかご安心ください」
「……はい」
「では失礼します、フレイさん。午後から厨房のお仕事、よろしくお願いしますね」
最後にぺこりと頭を下げて、マリーはその場から去って行った。
恩人。
私は、彼女から言われた言葉を素直に受け止めることが出来ずにいた。
料理人以外の使用人が、厨房を自由に使える時間は限られている。
翌朝の下拵えが終わった後。具体的には日付が変わってからの数時間程度なのだ。
……本来は。
「いいぜ。俺たちの邪魔をしないってんなら使わせてやるよ」
顔に鋭い傷痕を持つ料理長が特別に許可を出してくれた。
「ありがとうございます、料理長」
「あんたが来てから、俺たちの仕事が楽になったんでな。そのせめてもの礼さ。ただし念のために見張りはつけさせてもらうぜ」
毒の混入を防ぐため、厨房を使用する時は必ず監視が必要と聞いたことがある。
一番若手の料理人を横に置いて調理開始。
まずは、青果店で買ったものをボウルに移して水洗いしていく。
見張りの料理人がその様子を眺めながら不思議そうに尋ねる。
「フレイさん……これって豆ですか?」




