11.ユリウスの話①
真面目かつ、一人で何でも背負い込んでしまいそうな危うさのある女性。
それがアニスに抱いた第一印象だ。
煌びやかな服装に身を包んだ両親と妹と違い、質素なドレス姿で装飾品の一つも着けていない。
肌の血色が悪く、栗色の髪にも光沢がなく枝毛が目立つ。
おおよそ貴族令嬢には思えない外見だ。
そのくせ会話をしてみると、理性的な性格の持ち主だと分かった。
そして本当に、ユリウスに対して恋情を一切抱いていなかった。
公にはしていないものの、ユリウスはこれまでも何人かの令嬢と白い結婚を前提に交流したことがあった。
彼女たちは皆、「あなたには特別な感情は持っておりません。ご安心ください」と言った。
だが、結局は口先だけだ。
たとえば馬車から降りる際、手を差し伸べてみる。すると何を勘違いしているのか、皆女の顔を露にするのだ。
その変化を見る度に、腹の底がひんやりと冷たくなる。
だがアニスは、自分の手を取ろうとはせず自分一人で降りた。
そのことにひどく安堵した。
そんな彼女が、異性に心を開くことが出来ない愚かな男の妻となる。
罪滅ぼしとして、アニスの望むことは何でも叶えるつもりだった。
『使用人として働かせて欲しい』だなんて、不思議な内容であっても。
いやだからと言って、早速本日から働くというのはどうなのだろう。
せめてあと二、三日休んでもらった方がいいと思うのだ。
マリーは体の負担にならないように、簡単な仕事だけをさせると言っていたが。
「……はぁ」
執務室で書類に目を通していたユリウスは天井を仰ぐと、溜め息を大きくついた。
アニスが『フレイ』として働くようになってから五日経つ。
彼女に何かあったらすぐに報告するようにと、マリーには命じている。
何も報せがないということは、どうにか上手くやれているのだろう。
自分にそう言い聞かせようとするものの、とにかく心配だ。
こんなものを読んでいるから、余計彼女の身を案じてしまうのかもしれない。
ユリウスは、机に置いた書類を一瞥してから瞼を閉じた。
ドアをノックする音が聞こえたのは、そんな時だった。
「マリーでございます。今、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
入室の許可を出すと、どこか焦った様子のメイド長が執務室に入ってきた。
アニスの世話を一任しているはずなのだが、その彼女の姿がない。
嫌な予感がした。
「……マリー、アニスはどうした」
「そのことですが、かなり困ったことが起きました」
「は?」
「もう私ではどうにも出来ません。手遅れです」
「何!?」
ユリウスが勢いよく立ち上がったせいで、椅子が床にガタンと音を立てて倒れた。
マリーが「ユリウス様、そんなに大きな声出せたのですね」と言っているが、それどころではない。
「彼女は無事なのか?」
「今のところはまだ」
「今のところって何だ」
「口で説明するのも難しいので、ちょっと談話室に来てもらえませんか」
「……分かった」
まさか他の使用人に虐められているのでは?
もしアニスが心に深い傷を負ってしまったら、彼女をこの屋敷に連れて来た自分の責任だ。
自責の念に駆られながら、ユリウスは談話室へ向かった。




