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【書籍化】白い結婚、最高です。  作者: 火野村志紀
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1.アニスの苦難

 お金を稼ぐ。

 それがどれだけ大変なことなのか知ったのは、十二歳の時だった。


 母はいつもイライラしていて、私に暴力を振るってばかりだった。

 理由はお金がなくて贅沢が出来なくなったから。

 父が何かをやらかしたせいで、我が家は財政難に陥ってしまっていたのだ。

 男爵家なんて低位貴族、いつ没落してもおかしくない。

 普通はその時に備えて、しっかりと蓄えておくものだ。

 しかし我が家の貯蓄はゼロだった。

 元庶民の母は、結婚後に覚えてしまった贅沢の味を忘れられなかったのだ。

 父も甘やかして、母の散財を止めようとしなかった。


 我が家に長らく仕えていた執事は、その状況に危機感を覚えたのだろう。

 まだ幼かった私に、お金のありがたさをこんこんと語っていた。

 そのおかげか、私は物心ついた頃には節制を心がけるようになっていた。

 が、母はそんな私の態度が気に入らなかったらしい。鬱憤を晴らすついでに、私を痛めつけるようになった。

 母に見た目も性格もそっくりに育った妹も、それに加わった。


「あんた、自分の母親にそんな生意気な顔をしてもいいと思ってるの!?」

「そうよそうよ! おねえちゃんがいるせいで、わたしたちぜいたくできないの!」


 私がいくら叩かれても、蹴られても父は見て見ぬ振りをした。

 妹と違って母に似なかった私は、どんな目に遭ってもよかったのだろう。

 むしろ彼女たちのストレス発散になると思い、放置していたのかもしれない。



 暴力に耐え切れなくなった私は、ついに屋敷を飛び出した。それが十二歳の時だった。

 行く宛てもなく街を彷徨い、たまたま通りかかったレストランの従業員に保護された。


 ボロボロの服を着ていた私は孤児だと勘違いされた。

 そして生活費を稼ぐために店の手伝いをすることに。

 皿洗いや店内の清掃。ゴミ捨て。

 生まれて初めての労働はとても大変だった。だが失敗しても、暴力を振るわれない。それだけで天国のように思えた。


 しかし一ヶ月後。屋敷の使用人たちに見つかり、私は我が家に連れ戻された。

 誰にも何も言わず、家出をしたのだ。

 どんな酷いお仕置きをされるのだろうかと覚悟していたものの、二時間程度の小言で済んだ。


 レストランの店主が、別れ際に渡してくれた一ヶ月分の給金のおかげだった。


「流石は私の娘ね。まさかお金を稼いでくれていたなんて!」

「ありがとう~! おねえちゃんだいすき!」


 満面の笑みを浮かべる母と妹。

 私は二人の様子を見て悟った。

「ああ、お金さえ持って来れば怒られずに済むんだ」と。


 それからというものの、私は一日中街に出て働くようになった。

 使用人からも陰口を叩かれることが多くて、外にいるほうが気楽だったのだ。


 稼いだお金は、父に全額奪われた。

 ちょろまかそうとしても、すぐにバレて怒られてしまった。


 そんな生活を十年以上続けている。

 我が家の経済状態はなんとか持ち直したものの、私が解放されることはなかった。

 舞踏会や夜会など、一度も出席したことはない。

 十代後半になってからはずっと店の裏方でばかり働いていたので、男性との出会いも皆無。

 そもそも絶世の美女と謳われた母や妹と違い、私は地味な顔立ちだ。

 誰も相手にしてくれるわけがない。


 家族のために、死ぬまで働き続けていくことが私の人生。

 全てに諦めてそう思っていたのだが、人生の転機とは突然訪れるものだった。


 ある日の早朝。いつものように出勤しようとすると、私は父に止められた。何故かにやけた表情で。


「アニス、仕事は今日からもう行かなくていいからな」

「どうしてですか?」

「実は、お前に素晴らしい縁談が来ているんだ!」

「……はい?」


 アニス、現在二十五歳。

 結婚適齢期過ぎ去ろうとしている女を嫁に欲しいだなんて、よほどの物好きとしか思えない。

 嫌な予感がするなか、私は父によって広間へ連行されていった。

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