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7.休暇明け

 意外と充実して楽しかった休暇が明け、今日からはまた魔法研究三昧の日々が始まるぞと、私はいそいそとマークと一緒の馬車に乗って王宮まで送ってもらった。馬車を降りてマークとは一旦別れ、少し早めに研究室に着けば、私に気付いたお兄様が駆け寄って来る。


「おはようエマ。お前が結婚休暇を全て使い切るとは思っていなかったから驚いたよ。まさかモルガン総帥に何か酷い事をされて寝込んでいたんじゃないだろうな?」


 マークが可哀想になる言われようだが、私も元から結婚休暇を全て使い切る気は更々無かったので、お兄様の心配はもっともだとは思う。


「ああそれなら大丈夫よ。マークとは取り敢えず停戦して本当に仲良くなれるように努力する事になったの。そんな事よりも聞いてよお兄様! 新しい家の裏庭に何と薬草園があって元王宮に勤めていた凄腕の庭師が世話をしてくれているのベネット公爵家よりも豊富な種類の薬草が沢山栽培されていてしかも何時でも私の好きなように収穫して魔法薬も作れるのよ本当に最高だわこの一週間ずっと夢中になって魔法薬を作っていたのああそうそうマークにも手伝ってもらったのよ流石は現役の騎士団総帥よね下処理が速いの何のってお蔭で回復薬は勿論の事魔力増幅薬や万能薬まで色んな種類の魔法薬を沢山作れて凄く楽しかったの!!」

「ああそう……良かったな……魔法研究命のお前が休暇を無視して出勤しなかった理由が良く分かったよ……心配して損した……」


 呆れ返って遠い目をしているお兄様に何となく申し訳ない気分になりながらも、私は朝の会議の準備をした。会議が終わったらずっと滞っていた魔法研究の続きをするのだ! あっでもその前に国王陛下にちゃんとお礼を言うのを忘れないようにしないと。


 会議に出席した私は、魔法研究の続きに思いを馳せながらも、いつもよりは多少真面目に会議に参加した。会議が終わって退室する国王陛下にマークと共に声を掛け、結婚式に列席くださったお礼と、素晴らしい家を用意してくださったお礼を述べる。陛下に話があると言うマークを見送り、研究室に戻った私は、待ちに待った魔法研究の続きに早速取り組み始めた。


 ***


「陛下は、エマが『幻の令嬢』だとご存知だったのですか?」


 国王陛下の執務室にお邪魔し、人払いをしていただいた俺は、陛下に結婚式の時から感じていた疑問をぶつけてみた。


「知っていた訳ではない。ただ、モルガン総帥程の者が四年もの歳月をかけても見付けられなかった事や、彼女の髪と目の色と年齢、普段ずっとフードを被った姿でいる事や、魔法研究にのめり込むあまり結婚願望がまるで無く、夜会は全て欠席している点から推測はしていたがな」

「そうだったのですか……。では、何故それを俺に教えていただけなかったのですか?」


 自分が見抜けなかった事を反省しつつも質問すると、陛下は書類にサインをする手を止め、視線だけを俺に寄越した。


「教えたら、お前は『幻の令嬢』に幻滅して、百年の恋も一瞬で冷めていたのではないか?」

 陛下の問い掛けに、俺は返事に詰まる。


 そう言われてしまえば、確かにどうなっていたのか分からない。一目惚れして自分が恋焦がれていた令嬢が、あのエマ・ベネット所長だと教えられていたら、果たして俺は彼女を好きでい続けていたのだろうか? 現状は結婚式の時に知ってしまい、今更もうどうしようもないから二人の関係をやり直す道を選んだが……、もしそうでなかったら、俺は一体どうしていた?


「お前の想い人がエマ・ベネット所長ではないかという考えに至った時、私はこれを好機だと捉えた。長年いがみ合っているケリー公爵家とベネット公爵家、両家の和解に一役買ってくれるのではないかとな。だがお前は『幻の令嬢』の正体を知れば彼女に幻滅する恐れがある。私に都合良くそうはならなかったとしても、普段から不仲であるお前が求婚した所で、ただでさえ結婚願望が無い彼女がお前相手に首を縦に振るとは到底思えないし、ベネット公爵家も受け入れる訳が無い。ならば私が無理矢理介入して、この話を纏めるしかないと思ったまでだ」

「……そう、でしたか……。お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 自分達が長年不仲だったせいで、陛下に要らない労力を掛けてしまったと、俺は頭を下げる。


「謝る必要は無い。私はお前の気持ちを利用し、両家の感情を無視して、自分の都合の良いように事を運んだに過ぎないのだからな」

 自嘲するような笑みを漏らす陛下に、俺はきっぱりと告げる。


「いいえ、陛下。たとえそうだとしても、俺は陛下に感謝しています。陛下の働きかけが無かったら、俺は初恋の人と結婚する事は到底できませんでした。本当にありがとうございます」

「百年の恋が冷めなかったお前は良いかも知れないが、モルガン所長はお前と無理矢理に結婚させた私を恨んでいるのではないか?」

「あ、いえ、彼女も意外に喜んでいるのではないかと……主に裏庭の件で」


 薬草園を前に『結婚して良かった!!』とはしゃいでいたエマを思い出し、俺は引き攣った笑いを浮かべる。彼女にとっては、この結婚は薬草園がメインで、俺はおまけに過ぎないのだ。しかも多分、余計な。


「そうか。少しでも彼女にもこの結婚におけるメリットが無いと、すぐに家出されて研究室に住み込まれかねないからな。意外にもきちんと休暇を取った所を見ると、少なくともあの家に居たいと思える理由にはなったようで何よりだ」

 安堵したような微笑みを浮かべる陛下に、俺は唇を引き結ぶ。


 陛下がここまでお膳立てしてくださらなければ、俺はエマと結婚する事はおろか、休暇中に彼女を家に引き留めておく事すらできなかっただろう。エマの思考回路や行動を陛下が完璧に読んでいた事には頭が下がるが、俺の胸中は複雑だった。


(何時か……俺だって……)


 ギリ、と拳を握り締め、視線を上げて陛下を見つめる。


「陛下。この御恩は一生忘れません。陛下の御恩に報いる為にも、俺は絶対に彼女と一緒に幸せになって見せます。そして両家の橋渡しとしての役目を果たし、陛下のご決断が間違っていなかった事を、身を持って証明して見せます」

 俺が宣言すると、陛下はしっかりと俺の目を見返してくれた。


「そうか。モルガン総帥がそう言ってくれるのならば、私も胸のつかえが取れるというものだ。……私はできる限りの事をしたつもりだし、必要であれば今後の協力も惜しまない。モルガン所長にも、何時かそう思ってもらえるよう、今度はお前が頑張ってくれ」

「はい、勿論です!」


 陛下に深く頭を下げ、確固たる決意を胸に、俺は執務室を退室した。

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