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6.結婚休暇

 朝食を終えた私は、一旦部屋に戻って着替える事にした。家の中でまで仕事着であるローブを着る必要は無いし、第一そのままだと何時周囲の目を盗んで仕事に出掛けるか分からないから止めてくれ、とマークに文句を言われたのだ。


(畜生。何故分かった)


 とは言え、マークと停戦協定を結んだ以上、暫くはこの家で一緒に住む事になるのだ。ある程度家の事も知っておきたいし、予定を変更して今日一日くらいは大人しくしておくかと思いながら、私はメイド達に手伝ってもらって、シンプルな若草色のドレスに着替え、髪を結ってもらって軽く化粧をする。


「奥様が思い止まってくださって本当に良かったです。ローブ姿でお部屋から出て来られた時には、そのまま家出されてしまうのではないかと気が気ではありませんでしたから」

「驚かせてしまったかしら。ごめんなさいね。ローブは一人で簡単に着られるものだから、つい」


 先程私と鉢合わせしたメイドのローズが安堵したように言い、私は苦笑しながらもっともらしい言い訳を返しておく。

 流石は国王陛下が手配してくださったメイドだ。私の事を良く分かっている。


「さあ、できました。お綺麗ですよ、奥様」


 化粧を施してくれていたリリーに促されて、私は鏡を見た。化粧と髪型のせいか、何となく今までより落ち着いていて少し大人っぽく見える気がする。ベネット公爵家のメイド達も腕は良かったが、彼女達もとても上手に仕上げてくれた。


 階下に下りると、私に気付いたマークが目を見張り、ソファーから立ち上がって歩み寄って来た。


「エマ……私服姿は何だか新鮮だな。そのドレス、君の目の色と合っていてとても似合っている。綺麗だよ」


 気のせいか頬を赤くして爽やかに微笑むマーク。リップサービスも完璧だ。今までとはまるで別人である。ここまでくると本当に顔が酷似している別人じゃなかろうかと疑いたくなるレベルだ。


「あら、ありがとう。でも停戦したからと言って、一々私にお世辞まで言っていたらそのうち疲れるわよ?」

「いや、お世辞じゃないんだが……」

 困惑した様子のマークは、気を取り直したように咳払いすると手を差し出してきた。


「昨日は家に着いてすぐ中に入って、使用人達に挨拶したり家の中を簡単に案内してもらったりしていたから、庭はまだゆっくり見ていないだろう? 一緒に見に行かないか?」

「……ええ、良いわよ」


 いくらお互いに関係の改善を約束したからと言って、こんなに私に気を遣わなくて良いのになと思いながら、私はマークの手を取って庭までエスコートしてもらった。

 本当に結婚する前とえらい変わりようだ。明日は大雨、いや嵐にでもなるんじゃなかろうか。


 玄関を出ると、正門までの道の両側、綺麗に分けられた区画に色取り取りの美しい花が咲いている。昨日はウェディングドレスのままここに来たから、高いヒールで歩きにくく、ドレスの裾を踏ん付けてしまわないよう注意するだけで精一杯で、碌に見ていなかった。どの花を見ても状態が良く大振りで、これだけ沢山の花を綺麗に咲かせるなんて、陛下は余程腕の良い庭師を雇ってくださったのだなと感心する。

 だが、マークに大人しくエスコートされて淑女ぶっていられるのはそこまでだった。裏庭に案内され、目にした瞬間、私は我を忘れて狂喜した。


「うっそおぉぉ何これ凄いカモミールにエキナセアにこっちはタイムでマロウもあるシナモンもうわあぁオレガノにフェンネルにコルツフットえっセージにセイヨウオトギリソウまで何だここは天国か!?」


 裏庭にきっちりと区分けをしながらも所狭しと植えられた薬草を前にした私は、目を輝かせてマークの手を振り解いて駆け出し、しゃがみ込んで植えられている薬草を確認しては飛び跳ねて喜び終いには小躍りを始める。


「お気に召していただけましたか? 奥様」

 隅の方でしゃがみ込んで草木の手入れをしていた庭師のオリヴァーを見付けた私は、彼の所にすっ飛んで行った。


「勿論よ気に入ったなんてもんじゃないわよねえこの薬草園貴方が手入れしているのよねここの薬草で魔法薬作りたいんだけど良いかなそれと後私の好きな薬草も植えてもらう事ってできるかしら!?」

「勿論でございます。これらの薬草は奥様の為に植えましたので、どうぞお好きにお使いください。私は数年前に引退するまでは王宮の薬草園で働いておりましたので、その伝手を活かして奥様のお望みの薬草は大抵の物なら取り寄せて育てる事ができると自負しております。どうぞ何なりとお申し付けください」

「えっ本当やったぁ凄い最高じゃないありがとうオリヴァーきゃっほい結婚して良かった!!」

「おい……」

 テンションが最高潮に上がっている私は、呆然として取り残されているマークの呟きなど耳に入らない。


 私はすっかり興奮したままオリヴァーと相談しつつ立派に成長して魔法薬の材料にできる薬草を収穫し、追加で植えて欲しい薬草も頼んだ。意気揚々と収穫したばかりの薬草を手に裏庭を後にしようとすると、すっかり存在を忘れていたマークが手伝いを申し出てくれたので、薬草を持ってもらって家の中に入る。さて早速調合するぞと意気込んでいたのだが。


「奥様!? 何ですかその格好は!!」

「え?」


 元は王宮で行儀作法の教育係をしていたと言うメイド長のフローラに、すっかり土塗れになってしまったドレスの裾を見咎められ、大目玉を食らってしまった。

 ……何だろうこの素晴らしき人選は。国王陛下の手の平の上で転がされているような気がするのは気のせいだろうか。


 きついお叱りのついでに、結婚式のお礼状はどうしたとのご指摘を食らってしまい、涙目になりながらマークにも手伝ってもらって超特急で片付けた。これで文句は言わせないと、厨房で道具を借りて材料をすり潰し始めたら、これもマークが手伝ってくれた。流石は現役の騎士団総帥、パワーもスピードも私とは段違いで、下処理が捗るの何の。後は分量を量って煮込みながら魔力を込めて魔法薬を調合する。仕事でも魔法薬の調合はするけれども、やっぱり楽しい。自分の為だけに調合し、できた薬は私物化できるとなると尚更だ。


(ベネット公爵家でも薬草は栽培していたけれども、種類の豊富さはこちらの方が上なのよね! 作れる魔法薬の種類の幅が広がるわ!)


 調子に乗って二徹三徹した時用の回復薬の増産は勿論の事、治癒薬に魔力増幅薬についでに万能薬にと、毎日出来の良い薬草を収穫し、夜遅くまで魔法薬の調合に夢中になっていると、気が付いたら一週間の結婚休暇はあっと言う間に終わっていた。


(……おかしいな。結婚休暇なんて関係なく何処かで出勤する気満々だったのに、私が休暇を丸々全部使い果たしてしまうなんて。明日大嵐が来たらどうしよう……?)

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