45.似たもの親子
年が明けて春になる頃、私は可愛い女の子を出産した。
「エマ、本当にありがとう……!! 可愛いなぁ……可愛いなぁ……!!」
生まれたばかりの娘を目にして、マークは感激して泣いていた。出産を終えたばかりの私も目が潤んで泣きそうになっていたけれども、マークが号泣している姿を見ていたら、何だか涙が引っ込んでしまって、思わず苦笑を浮かべていた。
陣痛で唸っている時も、マークは背中や腰を擦ってくれたり、傍で応援してくれたりしていたけれども、少々熱が入り過ぎていて、お医者様達に煩くて邪魔だ、と摘み出されてしまったのだ。気持ちは嬉しいし有り難いのだけれども、今回ばかりは少々空回りしてしまったらしい。
私と同じ黒髪に、マークに良く似たオレンジの目をした女の子に、私達はアシーナと名付けた。
出産後に私は少し体調を崩してしまっていたが、それも落ち着いてきたので、ベネット公爵家とケリー公爵家の皆様を我が家に招待して、娘のアシーナをお披露目する事にした。
「可愛いなぁ……アシーナ、お祖父ちゃんだぞー」
「おお、笑ったぞ! 良い子だな、アシーナは」
お父様とお義父様は、瞬時にアシーナにメロメロになってしまった。お父様が抱き上げているアシーナの頭を優しい手付きで撫でているお義父様なんて、普段の強面は何処へやら、この場にいる皆が呆気に取られる程相好を崩している。
「驚いたわね……。お義父様があんなにデレデレになるなんて」
「私の時もそうだったわ。ああ見えて案外、孫馬鹿なのかも知れないわね」
お父様に代わってアシーナを抱っこし始めたお義父様を、呆れたように見遣るアリスお義姉様の腕には、これまた可愛い男の子が抱かれている。アシーナよりも半年程早く、アリスお義姉様がお生みになった子だ。この時も、お義父様は驚く程喜んでいた。
ブレインお義兄様にケリー公爵位を譲り、隠居の身となったお義父様。同じくお兄様にベネット公爵位を譲って隠居したお父様。二人共以前よりも少し丸くなったような気がするけど……、二人揃って孫を溺愛しそうな予感がするのは気のせいだろうか?
「この子の目はマーク似ね。とても綺麗な色をしているわ」
「髪はエマ譲りなのね。顔立ちもエマに似ているかしら」
お義母様とお母様も、肩を並べて仲良くアシーナを見つめている。その後ろからは、ブレインお義兄様とアラスターお兄様とララが覗き込んでいる。両公爵家が共にアシーナを可愛がってくれていて、私はその光景に目を細めた。
結婚した時は、一時はどうなる事かと思っていたけれども、無事に両家の橋渡しという目標を成し遂げられて本当に良かった。まだお父様達には時々ぎこちない様子も見られるけれど、公爵位を継いだお兄様達はお互い仲良くやっていけそうだし、お互いの長所を認め、短所を補い合えるようになれば、ヴェルメリオ国を、国王陛下を支えると言う目的は同じなのだから、手を取り合う事はできるのだと、感慨深くなった。
そして、これは私だけでは絶対に成し得なかった。マークが居てくれたからこそだ。
私はソファーの隣に座っているマークに視線を移した。マークも嬉しそうに目を細めて、アシーナを取り囲んで持て囃す両家を微笑ましそうに見つめている。
「ねえ、マークは今幸せ?」
私の質問に、マークはすぐに満面の笑みを浮かべた。
「当たり前だろう。相思相愛の妻が居て、可愛い子供にも恵まれて、幸せでない訳が無い」
「良かった。私も何時でも支えてくれる、優しくて頼もしい夫と結婚できて幸せだわ」
いつもは少し恥ずかしくて口にできないような言葉も、今は素直に伝えられた。
***
それから数年後。
私の魔法研究は漸く実を結び、ヴェルメリオ国に魔法効果を発揮する紙が出回り始めた。魔法陣、と名付けた幾何学模様が描かれた紙は、ヴェルメリオ国の発展に大きく寄与し、私は国王陛下から表彰していただける事になった。
「お母様、凄く綺麗!」
式典の為に着飾った私を見て、アシーナがはしゃぐ。
「ありがとう。アシーナもとっても可愛いわよ」
「ああ。まるで本物のお姫様のようだ」
私とマークに褒められて、アシーナもご機嫌だ。フリルが沢山ついた可愛らしいドレスを着て、得意気に習いたての淑女の礼をしている。
「オズウェルも格好良いわよ」
私が声を掛けると、アシーナの二歳年下の息子は、照れ臭そうな笑顔を浮かべた。アシーナと同じく、私譲りの黒髪とマーク譲りのオレンジの目をしたオズウェルの顔立ちは、父親であるマークにとても良く似ている。
王宮の式典で、国王陛下直々に表彰される姿を、愛する家族に見せる事ができて、とても嬉しい。これからも魔法研究は私のライフワークだけれども、かけがえのない家族と共に過ごす時間も、しっかり確保していきたいと思う。
「私も将来、お母様みたいになりたい! 一生懸命に魔法を勉強するわ!」
「あら、嬉しい事を言ってくれるわね、アシーナ」
「見て見て、私ももう魔法を使えるのよ!」
そう言ってアシーナが手を翳すと、部屋の中に突風が巻き起こり、机の上に置いてあった書類は飛ばされ花瓶は倒れてしまった。
「母上、僕も使えるんだよ!」
今度はオズウェルが手を突き出すと、火の玉が飛び出し、カーテンを直撃して燃え始める。
「アシーナ! オズウェル! 危ないから部屋の中で魔法は使っちゃ駄目だ!!」
マークが子供達を叱ってくれる傍らで、サイラスやフローラ達が慌てて火を消したり、部屋を片付けたりしてくれている。
「ごめんなさい、お父様……」
「ごめんなさい……」
(この光景……。私の子供の頃とそっくりだわ)
かつての自分の姿を思い出した私は、こっそり苦笑いを浮かべながら、しゅんと俯いてしまった子供達の頭を撫でてあげた。
「二人共、もう魔法が使えるなんて凄いわね! 年の割には威力は十分だったわ! 二人共才能があるわよ!」
私が褒めると、子供達は目を輝かせる。
「本当!? 母上!」
「でもオズウェルはもう少しちゃんとコントロールができるようにならないとね。危うく部屋を燃やしちゃう所だったじゃない」
「それを言うなら姉上だって、部屋を滅茶苦茶にしたじゃないか!」
「わ、私はこれでも手加減したのよ? 私が本気になったら、オズウェルなんか吹っ飛んじゃうんだからね!」
「僕だって本気になったら、姉上の服が焼け焦げちゃうよ!」
口喧嘩を始めてしまう二人。全く、誰に似たんだか……。
「アシーナ、オズウェル、そこまでだ」
マークが仲裁に入ってくれて、私はほっとする。
「良い? 二人共。魔法は人を傷付ける為に使うのではなくて、人を助ける為に使うのよ。そこは間違えちゃ駄目!」
「「はぁい……」」
ピシャリと注意する私に、二人が項垂れる。
(何だか懐かしいな……。私が子供の時も、こうしてお父様とお母様によく注意されたっけ……)
自分が親になった今なら、両親に多大な苦労をかけながら育ててもらった事が良く分かる。
……いや、多分私の場合は、この子達の比ではなかったと言う自覚はあるのだけれども。
「さあ、そろそろ家を出ないと、式典に間に合わないぞ。主役が遅れる訳にはいかないだろう」
「そうね。行きましょう。アシーナ、オズウェル」
「サイラス、悪いが片付けを頼む」
「承知致しました」
私達一家は、馬車に乗って王宮へと向かった。そして式典に感動してくれた子供達が、本格的に魔法を学び始め、お互いに切磋琢磨しつつ、やがて国を代表する立派な魔術師になるのだけれども、それはまた別のお話。
これにて完結です。
お読みくださり、ありがとうございました!




