39.夜会での衝撃
国王陛下の夜会当日。
「……夜会に出席するのは良いけれども、国王陛下に夫婦の顔をお見せするって、何をすれば良いのかしら?」
夜会用のドレスに身を包み、馬車に乗った私は、向かいの席に座ったマークに尋ねた。
先日の国王陛下のご要望にお応えしたいのは山々だが、具体的にどうすれば良いのか分からない。恐らく国王陛下は私達が夫婦らしくしている所を見たいのだろうが、人前で無駄にイチャイチャするような、あまり恥ずかしい事は御免である。
「うーん……。多分だが、国王陛下の目から見た普段の俺達は、仕事関係の事ばかりだろうからな。関係が改善している事は感じておられるだろうが、プライベートではどうなのか、心配してくださっているのだろう。この前エマが幸せだと言ったから安心されただろうとは思うが、言葉だけじゃなく、仕事以外の様子も見たいと思われているのだと思う。要は自然にしておけば良いんじゃないかな?」
「自然って……」
マークの答えに、私は困惑した。
まあ、自然にしておけば良いなら、それはそれで楽だけれども。
猫だけはしっかりと被った私は、マークにエスコートされて会場に足を踏み入れた。滅多に夜会に出席しないからだろうか。私達に気付いた人々が、皆視線を向けてくる。
(あまりじろじろ見られたくないんだけどな……)
今日の私は、相変わらずマークの色である赤を基調にしたドレスを身に纏っていて、マークも緑の糸で刺繍がされた黒のジュストコールに、エメラルドの小物を身に着けている。あまり見られると恥ずかしいので、そろそろ珍獣に慣れていただきたいのだが。
ふと隣のマークを見上げると、マークは周囲を威嚇するように睨み付けていた。こちらを見ていた視線が逸れていって何よりである。
(そう言えば、一年前の夜会でも、人に囲まれていたら、マークが助けてくれたんだっけ)
人に囲まれてしまい、なかなか料理が食べられなかった事を思い出す。あの時はマークが来てくれて助かったな、と思いながら、私は食事スペースの方を見遣った。今日の料理も実に美味しそうだ。後で絶対に見に行こう。
「エマ、マーク!」
声を掛けられて振り返ると、お兄様とララが歩み寄って来ていた。
「珍しいわね、エマが来ているなんて」
「国王陛下直々にお誘いくださったから、流石に断れなかったのよ」
興味津々の様子で尋ねてくるララに、私は苦笑しながら答える。
「成程ね。それにしても、相変わらずの猫被りっぷりね。とても普段見慣れたエマだと思えない程綺麗よ」
「ええと……、それは褒めてくれているの? それとも貶されているのかしら?」
「あら、勿論褒めているわよ?」
「そう。一応お礼を言っておくわ」
悪戯っぽく笑うララに、完全に遊ばれているような気がしつつも、お礼は言っておいた。
「ララも今日はとても大人っぽくて素敵ね」
「ありがとう。もう結婚したのだから、少し落ち着いた感じにしてもらったの」
今日のララはお兄様と自身の目の色でもある青のドレスを纏い、以前は下ろしていた金の髪を結い上げている。金の糸で刺繍が施された青のジュストコールを着たお兄様ととてもお似合いで、お互いに微笑み合っている様子は、幸せそうな新婚夫婦そのものだ。見ているこちらも何だか微笑ましくて、幸せな気分になってくる。
(……もしかして、国王陛下は私達夫婦にこんな雰囲気を求めていらっしゃるのかしら?)
ハッとしてマークを見上げたら、不思議そうにこちらに顔を向けたマークと目が合ってしまった。
「どうかしたのか? エマ」
「い、いいえ、別に何でも」
私は即座にマークから視線を逸らす。
(……人前であんなラブラブな雰囲気を醸し出すなんて、私には恥ずかしくてできそうにないわ)
自然に、とマークに言われた筈なのに、その自然が分からなくなってきてしまって、私は一人で頭を悩ませていた。
国王陛下にご挨拶する為に、長蛇の列に並ぶ。順番が近付くにつれ、何だか緊張してきてしまった。
「エマ、何だか硬いな。緊張しているのか?」
「え……まあ……」
マークに声を掛けられ、私が視線を落としていると、不意にマークの腕に添えていた手を、反対側の手で優しく包まれた。
「大丈夫だって。何と言っても、今日のエマは一段と綺麗なんだから」
「あ、ありがとう……ってそういう問題じゃないでしょっ」
マークの発言に呆れながらツッコむが、お蔭で肩の力が抜けた気はした。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
私達の順番が来て、マークと一緒に国王陛下に挨拶する。
「二人共、よく来てくれたな。本当に仲が良さそうで何よりだ」
何故か国王陛下は上機嫌だった。まさかさっきの遣り取りを見られていたのだろうか?
何だか恥ずかしくなってきて顔が赤くなる。生温かい視線を感じながら、早々に国王陛下の前を辞した。
「何だか、今までになく緊張したわ……」
すっかり一仕事終えた気になっていたら、マークに手を差し出された。
「折角だし、一曲踊らないか?」
「ええ、良いわよ」
マークの手を取り、ダンスを楽しむ。一曲踊り終わったけれども、何故かマークは離れなかった。
「……マーク?」
「エマ……、もう一曲踊っても良いか?」
「良いけど」
そのまま次の曲が始まり、私達は二曲目を踊り始める。
「……マークって、ダンス好きだったっけ?」
「お前限定でな」
「え?」
マークの言葉に、私は目を瞬かせる。マークは何だか凄く楽しそうに笑っていて、ちょっとときめいてしまった。
二曲目に続いて、三曲目が始める。流石に私もちょっと恥ずかしくなってきた。立て続けに三曲も連続で踊るという事は、私達はとても仲が良い夫婦です、と露骨にアピールしているようなものなのだから。
「マ、マーク、これ踊ったら絶対に休憩するからね!」
「ああ。一緒に休憩しよう」
私は息が上がってきているのに、マークの息遣いは全く乱れていない。流石は現役騎士団総帥。相変わらずの底無し体力に、恨めしくなってしまった。
漸く曲が終わり、私達は壁際に移動する。マークが飲み物を取って来てくれて、渇いた喉を潤した。
「おーいマーク、顔が緩んでいるぞー」
気の抜けた声がして顔を上げると、見覚えのある男性が近付いて来ていた。
(ええと……、思い出した。確か、アラン・ランドルフ第二騎士団長だわ)
「お前な、いくら美人の奥さんとラブラブ両想いになったからって、幸せオーラだだ漏らし過ぎなんだよ」
「実際幸せなんだから良いじゃないか。何しろエマは俺が五年間思い続けた初恋の相手なんだからな」
マークの言葉に、私もランドルフ第二騎士団長も、その場にいた周囲の人々までもが、ピタリと固まった。
「え……ええー!? いやそんな事聞いていないんだが!? って事は何か!? お前があれだけ捜し続けていた『幻の令嬢』が、モルガン所長だったって事か!?」
「ああ。結婚式の時に漸く分かったんだ」
ランドルフ第二騎士団長が驚きのあまり声を大きくしたせいで、ますます周囲の注目を集めてしまった。人々が一斉に騒めき出す中、堪らず私は声を潜めてマークに抗議する。
「マーク、何でそんな話をよりによって今ここでするのよ!?」
「ああ、アランには何時か言っておかなきゃなって思っていたし、ついでに周囲への牽制も兼ねて」
「牽制なんてする必要ないでしょう!?」
「ある。お前は自分の魅力が全く以て分かっていない。今日ここに入場した時から、お前がどれだけ視線を集めていると思っているんだ」
「そんなの、夜会に滅多に出席しない私が珍しいだけに決まっているじゃない!」
私の言葉に、マークは溜息をつく。
「これだもんな。アランは俺の気持ち、分かってくれるよな?」
「あー……、うん、分かるわ」
「何でですか!?」
ランドルフ第二騎士団長は、同情するかのようにポンポンとマークの肩を叩いている。どんどん騒がしくなる周囲の話し声も止まらず、私は恥ずかしさのあまり、今すぐこの場を逃げ出したくなってしまった。




