38.国王陛下の不満
食事会が終わり、俺達の為に集まってくれた両家の皆様をお見送りする。
「マーク、今日は本当にありがとう!」
見送りを終え、満面の笑みを浮かべてお礼を言ってきたエマに、俺は目を見張った。
「いや、俺の方こそ、俺の望みに付き合ってくれてありがとう」
元々、このやり直しの結婚式は、俺がやりたくてやった事だ。
最初の結婚式は険悪な雰囲気の中で行われ、俺が情けない所ばかりを曝け出してしまい、一生に一度の事なのに、良い思い出が全くと言っていい程無いものだった。それにアラスター義兄上の結婚式に出席させてもらった時に、幸せそうなお二人を見ていたら、とても羨ましくなってしまい、自分達の結婚式をやり直したいという思いが日に日に強くなっていったのだ。
だが、エマは元々結婚願望が無かったのだから、結婚式にあまり思い入れなど無いかも知れない。エマに相談した所で、わざわざ結婚式をやり直すくらいなら、魔法研究をしていたい、と言われそうな気がしてならなかった。アラスター義兄上経由でベネット公爵家の方々に相談すると、それならいっそエマにはサプライズにしてしまった方が良いだろう、とのアドバイスも頂いたので、結局エマには黙って進める事にしたのだ。俺としてはエマに希望があったら取り入れたい、とは思っていたものの、ベネット公爵家の方々全員一致で『自分には分からないので任せる、としか言わないだろうから聞くだけ無駄』とバッサリ切り捨てられてしまったのだが。
「エマに黙って、勝手に実行してしまってごめん。できるだけエマに似合うものを考えたつもりだったけど、せめてウェディングドレスの希望くらいは聞いた方が良かったよな?」
結婚式やウェディングドレスには、女性は色々と拘りがあるだろうから、エマがそうであったなら申し訳なかったな、と思いながら尋ねたが。
「え、希望なんて全然無いし、どうせ私には分からないってお任せにしていただろうから、そんな事気にしなくて良いわよ」
流石はベネット公爵家の方々だ。仰っていた通りである。
「私はわざわざ結婚式をやり直す程の事ではないと思っていたから、事前に相談されていたら、きっと断っていたわ。だけど今日、マークにサプライズでしてもらって、こうしてもう一度結婚式を挙げて、皆に祝福してもらえて、とても幸せだなって思ったの。マーク、色々と準備が大変だったでしょう。本当にありがとう」
「い、いや、喜んでもらえて何よりだ」
自己満足で行ったやり直しの結婚式で、こんなにエマに喜んでもらえるとは思っていなかった俺は、嬉しさのあまり、暫くの間だらしなく表情を緩めっ放しになってしまった。
だが、この二度目の結婚式に、一人だけ不満を抱いた方がおられたのだ。
数日後、朝の会議を終え、それぞれの職場に戻ろうとした俺達は、国王陛下に呼び止められた。
「其方達、最近はとても仲が良いそうだな。何でも結婚式をやり直したのだとか」
数日前の結婚式の事をもうご存知とは、流石は国王陛下である。耳が早い。
「はい。一度目の式の時は、まだ両家が険悪で、俺も醜態を曝してしまって、良い思い出がありませんでしたので。先日、丁度一年の結婚記念日を機に、結婚式をやり直す事に致しました」
照れながら答えた俺に、国王陛下は笑顔のままで尋ねた。
「何故私も招待してくれなかったのだ?」
(ん?)
俺はピシリと固まった。
「……恐れながら、国王陛下はお忙しいのではないかと気を遣ったつもりでおりました。それに、結婚式と言っても二度目になる為、一度目の招待客全員を改めて招く程の事でもなく、親族だけを招いた小規模なものの方が良いかと思いましたので」
「そうか……。それならば仕方ないな。だが其方達二人の仲を取り持ったのは私なのだから、一声くらいは掛けて欲しかったぞ」
「それは……申し訳ございません」
何処か拗ねたように口を尖らせている国王陛下に、俺は平謝りする。
いや、確かに国王陛下のお声掛けで俺達の結婚が決まったので、俺達にとっては大恩人ではあるのだが、まさか国王陛下が二度目の式にも出席したがるとは思わなかった。気に掛けていただいているのはとても嬉しいが、二度目の結婚式なので、親族だけを呼んだ小規模なもので十分だと思っていたのだが、せめて声くらいは掛けた方が良かったのだろうか?
どうしたら良いか分からず硬直していたら、隣からエマが助け船を出してくれた。
「申し訳ございませんでした、国王陛下。ですが、先日の結婚式は、マークが私にサプライズで計画してくれたものなのです。きっと、国王陛下にまでお声掛けをしてしまったら、折角内緒にしている私にまで伝わってしまいかねないと考えたのですわ」
「む……そうか。もし私が出席するとなると、スケジュールの調整や護衛の手配等でどうしても大事になってしまうからな。モルガン総帥のサプライズであったのならば、それも致し方あるまい」
まだ残念そうにはしているが、国王陛下は引き下がってくださった。流石はエマだ。
「だが、私が其方達を気に掛けている事は覚えておいてくれ。何せ、私の命で其方達を結婚させたのだからな」
「ありがとうございます。ですが、マークと結婚できて、私は今とても幸せですので、ご心配なさらなくても大丈夫ですわ」
笑顔で答えたエマに、俺は顔を赤くする。国王陛下は、エマの言葉に目を丸くした後、安堵したように微笑まれた。
「そうか。それならば良かった。私が見るのは其方達の仕事の顔が殆どで、私的な部分はあまり見られないからな。噂には聞くが、本当に二人が仲良くやっているのか、気になっていたのだ」
「そうでしたか。国王陛下にそこまで気に掛けていただけて、とても光栄ですわ」
「ついては、是非其方達の夫婦としての顔も見てみたいものだな。今度私が開く夜会で、是非見せてはくれないか?」
(うん?)
俺もエマも、国王陛下の発言に目を点にした。
そう言えばそろそろ国王陛下主催の夜会の招待状が届き始める頃だ。これは夜会を欠席しがちなエマに、出席しろという遠回しな催促なのだろう。
「……そう仰られますと、何だかとても恥ずかしいので、お見せできるかどうかはお約束できませんが、夜会には是非出席させていただきますわ」
国王陛下に直接言われてしまうと、いくらエマでもそう答えざるを得ないだろう。変わらず笑顔で国王陛下に答えるエマの口元は、僅かに引き攣っていた。
「そうか。楽しみにしているぞ、モルガン所長。いや、モルガン伯爵夫人」
「お招きいただき、大変光栄ですわ」
俺達は一礼し、国王陛下に見送られて会議室を出た。俺もエマも、何だかどっと疲れてしまった。




