37.心からの感謝
式を終えた私達は、皆様を家にお招きして食事会をする事になった。ただ、妊娠中のアリスお義姉様は、悪阻が治まったので式には出席してくださったとは言え、大事を取って旦那様であるランドルフ侯爵と一緒に先に帰られたのだけれども。
家で食事会をするだなんて、やり直しの結婚式同様、何も知らされていなかった私はまた驚いたけれども、家に帰ったらすっかり支度が整っていて舌を巻いた。
(これだけの準備を私に全く気付かせずに進めていたマークも皆も凄いわね……。いや待てよ、私が日頃から魔法研究以外に興味が無さ過ぎるのが悪いのかしら?)
自分の悪癖に、内心で苦笑いしてしまった。
「本日は私達の結婚式にご出席くださって、ありがとうございました」
マークが礼を言って皆で乾杯し、食事会が始まった。
「いきなり結婚式をやり直したいから出席してくれなんて連絡が来て、驚いたけれども嬉しかったわ。エマったら、何時の間にマーク様とそんなに仲良くなったの?」
ララが揶揄うように尋ねてくる。
「ええと……、まあ色々ありまして」
「色々?」
「その……誤解とかすれ違いがあったんだけど、全部解消したと言いますか……」
「へえ~、どんな?」
にこにこと笑顔を浮かべながら、ララが圧を掛けてきて、私は目を泳がせる。
「俺が長年好きな人が他にいるんじゃないか、なんてエマが誤解していたので、必死になってすれ違いを解消したんですよ」
マークがフォローしてくれて、私はうんうんと頷く。何だか緊張で喉が渇いてしまい、私はグラスに手を伸ばした。
「何せ、俺が長年片想いしていたのは、他ならぬエマなんですから」
「!?」
私は飲みかけのシャンパンを危うく噴き出す所だった。皆も驚いたらしく、目を白黒させている。
「え……ちょっと待って、マーク、貴方が長年捜していた、『幻の令嬢』ってまさか……」
「ええ、お察しの通り、エマですよ」
「「「ええーっ!?」」」
お義母様の問いにあっさりと答えたマークに、全員が驚愕した。
「え、いや、あの、マーク!? 何もこんな席でそんな事言わなくても……!」
慌てる私に、マークは微笑みを向けた。
「もうお前に誤解されて、離婚だなんて言われるのは御免だからな。以前は想い人が目の前にいたのに全然気付かなくて、毎日の様に口喧嘩を繰り広げていた俺の馬鹿さ加減を露呈するみたいで、誰にも話すつもりは無かったけれど、そのせいでお前に誤解されたり、外野に余計な横槍を入れられたりするくらいなら、もう恥を晒す覚悟で言ってしまった方が良いかと思って」
「マーク……」
マークは何でもない事のようにさらりと言ってのけたけれども、その決意をするまでにはとても葛藤したのではないかと思う。私としては、ちょっと恥ずかしくもあったので、私達二人だけの秘密にしておけば良いのではないかと思っていたけれども、あの日……ケリー公爵家の夜会で、あの女性が言っていた事を、マークなりに気にしていたのかも知れない。もしかしたら、だけど、マークは第二第三のあの女性のような人が現れて、今度は私が標的になる事を気にしてくれたのではないだろうか。
だとしたら、こんなにもマークに大切にしてもらって、幸せだな……なんて思ってしまった。
(どうしよう。顔が熱い……)
絶対に今顔が真っ赤になっているだろうなと思いながら、私は手でパタパタと扇ぐ。
「ええっと……と言う事は、『星が煌めく夜空のような美しい黒髪に、輝くエメラルドのような鮮やかな緑の目、純白のドレスよりも白く滑らかな肌の、清楚で可憐で妖精のような美しいご令嬢』って言うのが、エマって事よね??」
「止めてララ。それ思いっ切り誇張されているから。余計な形容詞を全て取っ払った髪と目の色くらいしか合っていないから」
「いや、猫を被っている時は合っていると思うぞ」
「止めてマーク。恥ずかしいから」
何だか精神がゴリゴリと削られていくような気がするのは、気のせいだろうか。
「マーク、エマさんが『幻の令嬢』だという事に、何時気付いたんだ?」
「結婚式でエマのヴェールを上げた時ですよ、兄上」
「お前、それまで気付かなかったのか……?」
「はい。恥ずかしながら」
呆れたように溜息をつくブレインお義兄様に、マークが苦笑した。
「ああ……エマは昔から猫を被るのだけは得意だったからな。何て言うか、うちの娘が申し訳ない」
「いやあの、気付けなかった俺が悪いので」
お父様がマークに謝っていたけれども、これは何の謝罪だろうか。何だかもう訳が分からない。
「ええと……要するに、マークは長年想っていたエマさんと結婚できたという訳なのね? 良かったじゃない」
「はい。国王陛下のお蔭です」
お義母様に訊かれたマークは、幸せそうな笑顔になった。
「……そうだったのか。国王陛下には感謝しなければならないな」
お義父様がぽつりと呟く。
「もしかして、国王陛下は全部分かっておられた上で、この話を持ち出されたのか?」
「はい。確信は無かったそうですが、エマが『幻の令嬢』ではないかと推測されておられました」
「成程。流石は国王陛下だ」
お兄様が感心したように頷いた。
「結局我々は、国王陛下の手の中で踊らされていたようですな」
「全くだ」
お互いに苦笑しながらも、普通に会話しているお父様とお義父様。国王陛下の一計が無ければ、永遠に目にする事が無かった光景に違いない。
「ですが、二人にとっても、両家にとっても、良い縁談だった事は、今日の二人を見ていれば明らかですわね。国王陛下に感謝を申し上げなくては」
お母様が微笑み、皆が頷いた。
「マーク君、これからもエマが色々と迷惑を掛けるだろうが、どうか宜しく頼むよ」
「迷惑だなんてとんでもない。勿論です、義父上」
(お父様、何故私がマークに迷惑を掛ける前提なんですか?)
いやまあ違わないだろうけど、と思いながらも不貞腐れていると、お義母様が私に頭を下げた。
「エマさん、マークと結婚してくれて、本当にありがとう。貴女と結婚できて、マークはとても幸せそうだわ。これからもどうぞ息子を宜しくお願い致します」
「え? いいえ、私の方こそ、マークにはいつも助けてもらってばかりで……。まだまだ未熟者ですが、こちらこそ宜しくお願い致します」
私が頭を下げ返すと、お義母様は嬉しそうに笑ってくださった。
『貴方は本気で、マークを幸せにする覚悟はありますの?』
何時かお義母様に訊かれたその問いに、漸く答えを出せた気がする。
私はマークが好きだ。愛している。だから、マークと一緒に幸せになる。
改めてその決意を胸にする事ができて、私は今日、この場に集まってくださった皆様に、そしてこの計画を立てて実行してくれたマークに、心から感謝した。




