36.マークの願望
東の森の魔獣を粗方討伐し、私達の任務は終了した。
「やった! 勝ったぞー!!」
「嘘でしょう!? 悔しいぃぃっ!!」
今回の討伐は2ポイントの僅差でマークに負けてしまった。滅茶苦茶悔しい。大袈裟に喜んでいるマークを見ていると、段々腹が立ってきて、横っ面を引っぱたいてやりたくなる。
「じゃあエマ、俺が勝ったんだから、俺の言う事を聞いてくれるよな!?」
「あーもう! 分かったわよ! 聞けば良いんでしょう聞けば!」
自棄になって叫ぶ私とは対照的に、マークは上機嫌で私に告げた。
「家に帰ったら、当分の間、フローラの言う事に従ってくれ」
「はあ?」
何でここでフローラが出てくるのだ。訳が分からずにぽかんとする私を置き去りにして、マークは王都への帰還準備をするよう、部下達に指示を出し始めた。
そして、王都の我が家に帰ったのだけど。
「奥様、討伐お疲れ様でした。まずは疲れを癒しましょうね」
「え……ええ……」
フローラの指示の下、お風呂上がりにローズとリリーに全身をマッサージされ、香油を髪や肌に塗り込められていく。あまりの気持ち良さに、私はついうとうとしてしまった。
(てっきり無理難題を言われるのかと思っていたけど、どういう事……??)
マッサージはその日以降、毎日の様に行われた。それだけでなく、マークに買ってもらったオルゴールを使ってまで、私に十分な睡眠を取らせようとしたり、今まで以上に肌や髪のお手入れに熱心になったり、爪の先まで磨かれたりと、フローラ達が奮闘するようになってしまった。
(私にもっと綺麗になれって事なのかな……?)
マークと結婚してからは、フローラ達が頑張ってくれているので、以前よりも身だしなみは整うようになったと思っていたのだけれども、まだ不十分だったのだろうか。反省しながらも、フローラ達に身を任せる。
お蔭で自分でも分かる程、髪の指通りや肌の調子は良くなったのだが、その分休日、魔法薬作りに充てられる時間が減ってしまった。ちょっとストレスを感じるのだが。
(……まあ、これでマークが喜んでくれるなら良いけど……)
そんな生活が一ヶ月程続いた休日。
「さあ奥様、起きてくださいな。今日は大切な予定がありますよ」
「えー……? 今日くらい思う存分魔法薬を作りたかったのに……」
休みだというのに朝早くから起こされ、私は寝惚け眼でベッドから起き上がる。朝食もそこそこに、何故か朝からお風呂に入れられ、身体の隅々まで洗われ、全身を念入りにマッサージされていく。
(大切な予定って何だろう……? 朝からこんな事されているって事は、マークがどうしても行きたい夜会があって、一緒に出て欲しいって事なのかな? それにしてもこんなに早く起こさなくても良いでしょうに……)
半分うたた寝をしながらもマッサージが終わると、コルセットをぎゅうぎゅうに締められ、フローラ達にドレスを着せられて、私は目を疑った。
「えっ、何これ、ウェディングドレス?」
私が着せられたのは、純白のドレスだった。気付けばヴェールまで用意されている。目を白黒させているうちに、ローズとリリーに化粧を施され、ヴェールを着けられて、私は何処からどう見ても花嫁姿になってしまった。
「エマ、支度はできたか?」
「お、お父様!?」
何故だかサイラスに案内されてお父様が部屋に入って来て、私は馬車に乗せられた。
「えっ、お父様、何処に向かっているの?」
「すぐに分かるさ」
ここまでくると薄々予想していた通り、到着したのは教会だった。しかも、私達が結婚式を挙げた教会だ。
お父様にエスコートされて中に足を踏み入れると、一斉に拍手が起こる。ベネット公爵家とケリー公爵家の面々が勢揃いしていて、赤い絨毯の先には花婿姿のマークが立っていた。
目を丸くしながら、私はマークに引き渡される。
「エマ、凄く綺麗だ。一目惚れし直してしまったよ」
「マーク、これどういう事?」
私が尋ねると、マークは心底幸せそうに笑った。
「俺達の結婚式は、正直に言って散々だっただろう? だから、結婚記念日の今日、式をやり直そうと思って」
「あ……」
マークの言葉に、私は目を見開いた。
そう言えば一年前の今日、私達は結婚したんだった。ごめんすっかり忘れていた。
「この前、アラスター義兄上の結婚式に招待していただいて、とても良い式で羨ましくなって……。俺達の結婚式も、思い出深いものになるように、やり直したいと思ったんだ。……嫌だったか?」
「ううん、そんな訳ない。吃驚したけど、とても嬉しいわ!」
私は満面の笑みを浮かべて、マークに答える。
嬉しくない訳が無い。結婚願望がまるで無かった私だって、お兄様とララの結婚式は、ちょっぴり羨ましくなってしまったのだ。良い思い出が一つも無かった私達の結婚式をやり直せるなんて、とっても幸せだ。
きっとマークは、随分前から時間をかけて、この日の為に色々と準備をしてくれていたのだろう。こんなに思い遣りのある素敵な男性と結婚できて本当に幸せだと、私の方こそマークに惚れ直してしまった。
あの日のように、私達は並んで神父様の前に立つ。
「マーク・モルガン。貴方はこの女性を妻とし、生涯愛し抜く事を誓いますか?」
「はい、誓います」
「エマ・モルガン。貴女はこの男性を夫とし、生涯愛し抜く事を誓いますか?」
「はい、誓います」
一年前とは違って、私達は心からの誓いの言葉を述べる。
「では、誓いの口付けを」
マークが恭しく私のヴェールを上げ、幸せそうに微笑みながら、私の両肩に手を置いて、そっと唇を合わせた。
(……何か、長くない?)
てっきりすぐ終わるものと思っていたのに、何時までも唇を合わされ続け、何となくマークの執念のようなものを感じてしまった。そう言えばマークはファーストキスを不本意な形で私に奪われる羽目になってショックだったとか言っていたっけ、なんて思っていると、漸くマークの唇が離れていった。
衆前で熱烈だと取られかねない程長くキスをされた上に、これ以上ないくらいに幸せそうな笑みを浮かべているマークを目前にして、私は赤面する。
「おめでとう、マーク、エマさん!」
「二人共おめでとう!」
「ありがとうございます!」
「とっても綺麗よ、エマ!」
「本当におめでとう!」
「皆様、本当にありがとうございます!」
両家の皆様に盛大な拍手で祝福されて、私はマークと顔を見合わせて微笑み合う。
一年間、色々あったけれども、こんなに素敵な結婚式を挙げられるなんて、夢にも思っていなかった。とても幸せだ。
「マーク、これからも宜しくね」
「勿論だ、エマ!」
マークは嬉しそうに、今度は私の頬にキスしてきた。
「ちょっとマーク! 人前だってば!」
「今日くらい良いじゃないか!」
全員の注目を集めている中でキスをされてしまって、とても恥ずかしかったけれども、喜色満面の笑みを浮かべているマークを見ていると、今日くらい良いか、という気になってしまった。




