35.春先の討伐
長かった冬が、漸く終わる気配を見せてきた。
今年の冬は例年よりも寒くて、よく雪が降った。寒いのが苦手な私には辛かったけれども、今年はマークが魔道具店で買ってくれた小箱を携帯して温風を出していたお蔭で、毎年悩まされていた霜焼けは随分ましだった。
「最近漸く少し暖かくなってきたわね。早く春がこないかしら」
「そうだな。俺も早く暖かくなって欲しい」
暖かい研究所の中で仕事をしている私達よりも、建物の外で訓練したり、街中を見回りに行ったりする騎士団の人達の方が、思いは切実のようだ。頭が下がる思いになり、より早い春の訪れを願う。
だけど、春はその訪れと共に、災難も持ってくるのだ。
「国境沿いの西の山で、魔獣が現れたとの報告が相次いでいる。モルガン総帥、騎士団を派遣し、状況把握と対処を頼む」
「畏まりました」
朝の会議で、国王陛下から知らされた報告に、私は気を引き締めた。
春先は魔獣が冬眠から目覚めて活発化してくるのだ。何時でも支援できるようにしておかないと。
「モルガン所長は騎士団の支援を」
「はい、畏まりました」
会議後、魔法研究所へと戻る道すがら、騎士団棟に戻るマークと打ち合わせする。魔法研究所に戻ってお兄様と相談し、早急に精鋭達を騎士団に同行させる手配をした。
「先日西の山に派遣した部隊は、一致団結して順調に魔獣を討伐しているとの事です。こちらは一安心できるかと」
後日、会議でマークが国王陛下に現状を報告し、私は胸を撫で下ろした。
「そうか。ご苦労だな。引き続き頼む」
「はい、畏まりました」
「それと、今度は東の森でも魔獣が出没しているとの報告が入った。しかも例年よりも数が多く、苦戦していると聞く。念の為に其方達も行ってくれるか?」
「「畏まりました」」
という訳で、私はマーク達と一緒に東の森に向かう事になった。
「エマ、ついでにまた勝負するか?」
森に入る前に、マークが挑発するように口角を上げて尋ねてきた。
「何言っているのよ。今回は遊びじゃないのよ? 前回は万が一の事が無いように、念入りに準備して臨んだ訓練だから余裕があったけど、今日は何が起こるか分からないんだから」
「じゃあしないのか?」
「しないとは言っていないわ」
お互いに顔を見合わせて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「なら決まりだな! 今度こそ俺が勝つ!」
「今度も私が勝ってみせるわ!」
何だかんだで相変わらず負けず嫌いの私達は、同行してくれた部下達の呆れたような視線を感じながらも、森に足を踏み入れる。
暫くすると、人よりも大きな蜥蜴の魔獣が現れた。私達に気付いて、火を吐いてくる。私は咄嗟に結界魔法で全員を覆って防いだ。
「怯むな! 取り囲むぞ!」
私がそのまま囮になって魔獣を引き付けている間に、マークの指示で全員で魔獣を取り囲む。一斉に攻撃を加え、最後はマークに首を刎ねられて、魔獣は土煙を上げて地面に倒れた。
「……ねえ、今のはどっちのポイント?」
「俺……と言いたいが、お前も囮になって協力してくれていた事だし、引き分けという事にしておくか」
「そうね」
死骸の処理を終え、そのまま森の奥へと進んでいると、風魔法が微かな羽音を運んできた。皆に注意を促して進むと、巨大な蛾のような魔獣の群れに出くわした。鱗粉に毒が含まれていて、吸い込むと身体が徐々に麻痺していき、下手をすれば心臓まで動きを止めてしまうので厄介だ。私が風魔法で飛び散った鱗粉ごと纏めて一ヶ所に集めた所を、マークが火魔法で焼き尽くした。
「……これは?」
「……引き分けで」
更に足を進めていると、何故か部下達が目を輝かせて話し掛けて来た。
「モルガン所長! さっきからお二人共、息がピッタリですね!」
「え?」
唐突に言われて、私は目をぱちくりさせる。
「そうそう。何の打ち合わせも無く、風魔法で一ヶ所に集めた途端に、すかさず纏めて燃やして、あっという間に片付けたり!」
「モルガン所長が魔獣を引き付けている間に、総帥が首を刎ねたり!」
「流石ご夫婦だけの事はありますよね! 凄かったです!」
「そ……そうかしら……?」
部下達に揶揄われて気恥ずかしくて戸惑いながらも、悪い気はしなかった。
やがて私達は小川に辿り着いて、そこで休憩を取る事にした。騎士達よりも体力が少ない魔術師達を気遣って、マークがこまめに休憩を取ってくれるお蔭で、私達も何とか遅れずに付いて行けている。
(どうでも良いけど、ちょっと運動不足かしらね? 最近机に齧り付いてばかりだったから……)
森の獣道を歩いてパンパンになったふくらはぎを揉みながら、私は日頃の運動不足を反省した。下手をすれば明日は筋肉痛になっていそうだ。
(体力では完全に騎士団には敵わないものね。心なしか去年よりも休憩を取ってくれているみたいで助かるわ。私達が足を引っ張っていなければ良いけど)
「エマ、魔獣の気配はするか?」
「下流の方からするけど、まだ大分先ね。暫くはこのまま川沿いに下って行って大丈夫よ」
「そうか。助かる」
休憩を終えて、頑張って歩いていると、風魔法が運んでくる魔獣の気配が、段々近くなって来た。
「マーク、そろそろ慎重に近付いた方が良いわ。魔獣は群れでいるみたいだし」
「分かった。エマ達はそのまま魔獣に向かってくれ。俺達が先に回り込んでから仕掛ける。二方向から挟み撃ちにしよう」
「分かったわ」
先を行くマーク達を見送りながら、魔獣達に気付かれないようできるだけ静かに近付く。視界が開けた先にある沼には、大蛇のような魔獣が巣を作っていた。
暫くそのまま待機していると、やがて沼の向こう岸にちらほらと騎士団の服が見え隠れし始めた。合図が送られ、騎士団が一斉に魔獣の群れに向かって行く。私達も木陰から出て、魔獣達に魔法攻撃を開始した。
「ハアッ!!」
次々に魔獣を斬り捨てながら、その死骸を足場にして、マークが沼に踏み込んで行く。どうしても沼に入ると動きが鈍くなりがちだが、流石はマークだ。足元の悪さを物ともせずに魔獣に立ち向かっていて、こんな時なのに格好良いとか思ってしまった。
(いけない、集中しなきゃ!)
私も負けじと風の刃を作り出して魔獣を倒していく。魔獣が勢い良く吐き出す水を食らって吹き飛ばされてしまったり、避けた拍子に足を滑らせたりして沼に落ちた人もいたが、どんどんと魔獣は数を減らしていった。
「オラァァッ!! ……これで最後か?」
最後の1匹をマークが倒して、魔獣の群れは全滅した。
「……終わったみたいね。皆、お疲れ様」
「おい、こちらに被害はないか!?」
それぞれの部下を労い、味方の無事を確認する。騎士達の中には全身ずぶ濡れや泥だらけになってしまった人達や、軽い擦り傷や打撲を負った人達もいたものの、重傷者は一人もおらず、ほっと胸を撫で下ろした。
魔獣の死骸を処理する傍らで、ずぶ濡れになってしまった人達の服や髪を乾かしたり、魔法薬を配るのは部下達に任せて、私は泥だらけになった人達に浄化魔法をかけていく。
「ありがとうございます、モルガン所長!」
「どう致しまして」
「もうすっかり乾いたよ、ありがとう!」
「風邪を引かないでくださいね」
「魔法研究所の薬は流石だな! もう綺麗に治ったよ!」
「それは良かったです」
あちこちで騎士達と魔術師達が笑顔を見せていて、私とマークは顔を見合わせて微笑み合った。
誰もがすっかり打ち解けた様子で、仲が良さそうに雑談している。今まで見た事が無かった光景だ。これからもお互い親睦を深めていけたら良いなと思う。
「エマ、お前今何匹倒した?」
「6匹よ」
「勝った! 俺は7匹だ!」
「何ですってえ!?」
得意気な笑みを見せるマークに、私は悔しさを隠せずに思いっ切り睨み付ける。
「見てなさいよ! 次は絶対私の方が多く倒してやるんだから!」
「次も俺が絶対に勝つ!」
「たかだか1匹多く倒したくらいで、調子に乗っているんじゃないわよ!」
その場で口喧嘩を始めた私達は、皆から向けられた生温かい視線に気付く事は無かったのだった。




