33.幸せな日々
「よし、次!」
そう言って訓練場を見回した俺は、部下達が一人残らず地面に倒れ込んでいる事に漸く気が付いた。
「マーク……お前少しは手加減しろよ。全員使いものにならなくなったらどうするんだ」
俺の足元で上半身だけ起こしたアランが、息を切らしながら言う。
「わ、悪い……」
俺は苦笑しながら、全員に暫しの休憩を告げた。部下達はよろよろと立ち上がって、日陰に座り込んだり、水分を補給したりしている。俺も軽く汗を拭っていると、息を整えたアランに声を掛けられた。
「絶好調みたいだな、マーク。これだけの人数を相手に稽古しても平然としているとは。何か良い事でもあったのか?」
「ああ!」
俺は満面の笑みで答える。
長年片想いをしていたエマと漸く想いが通じたのだ。俺は今、幸せの絶頂にいる。
エマに離婚を切り出された時には、心臓が握り潰されるかと思う程のショックを受けたが、俺の幸せをエマが願ってくれていたと分かった時は、まだ望みがあると安堵すると同時に、エマが俺の事を考えてくれていたのだと単純に嬉しかった。方向性は思いっ切り間違っていたが。
もう二度とそんな間違いを起こさせない為にも、意を決して俺の想いを全て打ち明け、エマに大いに戸惑われながらも、好きだと言ってもらえた時は、天にも昇る心地だった。想いが通じ合い、エマと漸く本当の夫婦になれて、もうエマが愛しくて堪らない。
普段は飄々としているのに、ベッドでは真っ赤になって目を潤ませたり、蕩けた表情を浮かべて可愛い声を上げたり、無我夢中で俺に抱き付いてきてくれたり。そんなエマの新たな一面を知る度に浮かれて、衝動に任せて何度も抱き潰してしまった。初めてだったエマに無理をさせてしまった罪悪感はあるにはあるが、あんなに可愛い姿を見せられてしまったら、同じく初めてである俺が簡単に止められる訳が無い。これはもう可愛過ぎるエマが悪い。
「はあ……エマが可愛過ぎて辛い」
「惚気かよ。訊くんじゃなかった」
今朝もエマと一緒に出勤して別れたばかりだと言うのに、もう会いたくなってしまって溜息を零したら、アランに呆れ果てたように言われてしまった。
「……まあ、夫婦仲が良いようで何よりだな」
「ああ。ありがとう!」
何だかんだ言いながらも、いつも俺を心配してくれる親友に笑みを浮かべてお礼を言ったら、アランはウッと口元を押さえ、急にブラックコーヒーが飲みたくなったと言い出した。眠気にでも襲われたのだろうか?
エマとの幸せな日々は、怖いくらいに順調に過ぎていった。平日はお互い仕事だが、昼休憩はエマの元を訪れて一緒に食事をし、仕事が終わればまたエマを迎えに行き、共に家に帰る。休日は増えてきたモルガン伯爵としての仕事をこなしつつ、エマの魔法薬作りを手伝い、偶にデートを楽しむ。それに加えて、今では毎晩、エマとベッドを共にできるのだ。やり過ぎるとエマに怒られるので、極力手加減はしているが。
愛する人が何時も側に居てくれて、抱き締めて愛を囁くと、同じ想いを返してくれる。こんなに幸福な生活があるだろうか。
そう言えば、一時は何故かエマと作った魔法薬が何処かに隠されていた。不思議に思いつつ、市販の物を買って来て使っていたら、そのうち元の場所に戻されていたが。
エマが作った物なので、エマがどうしようと勝手だが、やはり市販品よりもエマが作った魔法薬の方が性能が良いので、できれば俺も使わせてもらいたい。……と言っても、実際に飲むのは俺ではなく、専ら俺がエマに飲ませてばかりではあるのだが。
そんな日々を過ごしているうちに、エマは二十一歳の誕生日を迎えた。
「エマ、誕生日おめでとう!」
「ありがとう、マーク!」
プレゼントの首飾りを渡すと、エマは目を輝かせて喜んでくれた。疲労軽減や癒しの効果がある魔石を使った首飾りは、魔法研究に夢中になりがちなエマの疲れを取ってくれればと思って選んだものだ。エマが自分で魔力を込めた物よりは劣るだろうが、高い効果を持つ事を念入りに確認して購入した首飾りは、少々値は張ったものの、エマの笑顔が見られるのなら安いものである。
「嬉しい……! ありがとうマーク! 大切にするわね!」
「喜んでもらえて何よりだ」
プレゼントを手にはしゃいでいるエマに目を細めていたら、エマも何かを取り出した。
「マークも、二十一歳のお誕生日おめでとう!」
「覚えていてくれていたのか……!」
「当然でしょう?」
そう、エマの誕生日であるこの日は、実は俺の誕生日でもある。
……まあ、同じ日に生まれたという事もあって、幼い頃は互いに意識して張り合っていた面もあったのだが。
とは言え、エマと夫婦となった今では、同じ誕生日で良かったとすら思っている。エマと一緒にお互いの誕生日を祝い祝われる事ができて、嬉しくない筈が無い。
「ありがとう、エマ!」
エマから手渡されたプレゼントを受け取って、いそいそと開封していく。綺麗に包装された小箱の中には、魔力を増強する効果がある魔石が付いたカフスボタンが入っていた。
「マークの剣の腕はヴェルメリオ国随一ではあるけれども、任務中以外の時とかで、帯剣が許されない場合もあるじゃない? そんな時に剣が無くても魔法で戦えたら良いかなって思って。マークは火魔法も上手だもの」
エマの説明に、胸が温かくなる。エマがくれる物なら何でも嬉しいが、俺の事を考えて選んでくれた物となると、喜びもひとしおだ。
しかも魔石は、その辺の宝石も顔負けの輝きを放っていてとても美しい。と言う事はやはり……。
「エマ、この魔石はお前が?」
「そうよ。私が魔力を込めたの」
胸を張って答えるエマ。相変わらず国宝級の代物をいとも簡単に作り出してしまうエマに脱帽する。
「ありがとう、エマ! 大切にする!」
「どう致しまして。私もこれ、大切にするわね! ねえ、マークが着けてくれない?」
「勿論!」
早速身に着けてくれると言うエマに、目を輝かせた俺は一も二も無く首飾りを受け取って、丁寧にエマの首に着けた。
「どう? 似合うかしら?」
「ああ、とても良く似合っているよ!」
俺が贈ったプレゼントを身に着けてくれるだけでも嬉しいのに、胸元に視線を落として、照れ臭そうに頬を染めてはにかむエマに舞い上がってしまって、思わず抱き締めてキスをする。
「ちょっと、マーク! 皆見ているのに!」
使用人達が居る前でキスをされ、真っ赤になって怒るエマ。そんなエマも愛らしいと思ってしまうのだから、俺はもう、相当エマに溺れてしまっているなと実感しながらも、だらしなく顔が緩むのを止められなかった。




