表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先祖代々犬猿の仲すぎて、政略結婚させられました!  作者: 合澤知里


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/45

31.『幻の令嬢』

「え……?」


 全身から血の気が引いていった。何かの間違いだと思いたくて、俺はエマに問い返す。


「今……何て……?」

「私達は、離婚した方が良いと思う、って言ったの」

「何で!?」

 思わず声を荒らげる。


「何でだよ!? 結婚してからは、俺達は上手くやってきたじゃないか!! 最近はお互いに打ち解け合って、お前からもデートに誘ってくれる事だってあって、少しずつ、本当の夫婦と言える関係に近付いているって、そう思っていたのに……っ!!」


 嫌だ。エマと離婚なんて、考えたくも無い。

 俺はもう、エマが一緒に居てくれる生活を知ってしまった。想い人がいつもすぐ側に居る幸せを知ってしまった。

 今更、エマと離婚なんてしたくない。絶対にできるものか!!


「何で急にそんな事……! やっぱりあの夜会の日に、誰かに何か吹き込まれたのか? お前の態度が急に変わったのは、あの日からだもんな! あの夜会で一体何があったんだ!? エマ!!」

 思わずソファーから立ち上がり、エマの両肩を掴んで問い詰める。


「違うわ、あの夜会では、本当に何も無かったの」

「じゃあ何でだよ!? 何か俺に不満があるのか? 言ってくれ!! 何が何でも絶対に直すから!!」

「違うわ、マークに不満がある訳じゃないの。私達が別れた方が、マークが幸せになれると思うからよ」

「そんな訳あるか!! 何でエマと別れて、俺が幸せになるんだよ!!」

「だってマーク、好きな人がいるんでしょう!?」

「は……!?」


 俯いたまま視線も合わせてくれていなかったエマが、顔を上げて叫んだ。その表情は悲しそうに歪んでいる。


「……マークには、四年間もずっと想い続けてきた『幻の令嬢』が居るって聞いたわ。それなのに、私と結婚する羽目になってしまったのよね。私と別れて、その人と結婚した方が、マークにとって幸せだと思うのよ……。国王陛下だって、きっと分かってくださるわ。私とマークの結婚は、二人の、そして両家の不仲を改善する為のもの。その目的は達成されているのだから、これからはお互いに争わないと約束し、もっと親密になれるように努力すれば、離婚しても問題無いと思うの。そうすれば、マークだって次こそは、好きな人と結婚して、温かで幸せな家庭を築けるかも知れないじゃない。このまま私と結婚生活を続けるよりも、離婚した方が、マークは幸せになれるのよ」

 そう言って目を伏せるエマ。


 エマは、俺の幸せを思って、離婚を提案してきたのだろうか。

 そう思うと、少しだけ気持ちが落ち着いた。もしエマが俺の幸せを考えてくれていたのであれば、素直に嬉しい。

 だけど、その考えは間違っている。何故なら……。


「エマ、良く聞いて欲しい」


 エマを失ってしまうくらいなら、俺の気持ちを全部曝け出す。

 エマには引かれるかも知れない。だけど、このまま勘違いされたまま、エマと別れるような事だけは絶対に避けたい。

 俺の秘密をエマが知ってしまったら、エマはどう思うだろうか。四年もの間『幻の令嬢』の正体に気付かなかった事を軽蔑されるだろうか。俺の気持ちを重荷に感じてしまうだろうか。今度こそ完全に、取り返しもつかないくらい、俺は嫌われてしまうだろうか。そしてやっぱり、離婚を希望するのだろうか……。

 たとえそうなってしまっても、今俺の想いを伝えずに、勘違いされたまま離婚されてしまうよりは、マシだと思う。


 不安を感じながら、俺はゆっくりと口を開いた。


 ***


「俺が一目惚れして、四年間ずっと想い続けてきた『幻の令嬢』は……、エマ、お前なんだ」

「……へ?」


 私は耳を疑った。

 マークは何を言っているのだろう。『幻の令嬢』が私って……、そんな事ある訳がない。


「『幻の令嬢』って、確か、星が煌めく夜空のような美しい黒髪に、輝くエメラルドのような鮮やかな緑の目、純白のドレスよりも白く滑らかな肌の、清楚で可憐で妖精のような美しいご令嬢、なのよね? 私とは全然違うじゃない」

「少々誇張されている気もするが……、俺が四年間ずっと捜し続けてきた『幻の令嬢』は、間違いなくエマ、お前なんだよ。エマは成人したばかりの年に、国王陛下主催の夜会にだけは、デビュタントとして出席したんだろう? その夜会で、俺はエマに一目惚れしたんだ」


(確かにマークの言う通り、私はその夜会にだけは出席したけれど……)


「その時、丁度姉上に話し掛けられて、少し目を離した隙にエマを見失ってしまったせいで、何処の誰かも分からないままだったんだ。もう一度会いたくて、誘われるままにあちこちの夜会に出席して、お前の姿を捜したけれども、どんな夜会に出席しても、見付ける事はできなかった。そりゃそうだよな、エマは全ての夜会の招待を断って、魔法研究に専念していたんだから」


(まあ確かに、社交が面倒臭いから、仕事を言い訳にして、お父様とお母様とお兄様に丸投げして全部任せていたけれども……)


「エマはいつも、ローブのフードを目深に被っていたから、情けない事に、俺はお前の顔どころか、髪の色も目の色も知らなかったんだ。夜会での楚々とした姿と、日頃口喧嘩ばかりしていたお前の姿を、全然結び付ける事ができなくて……」


(あの頃は徹夜しまくりだったし、お化粧も面倒だったしで、国王陛下のお墨付きもあったのを良い事に、すっぴんとか隈とかを隠す為に常に被っていたものね……。夜会ではこれ以上ないくらい巨大で分厚い猫の皮を被って、ちゃんと公爵令嬢らしく振る舞っていたし……)


「漸くエマが『幻の令嬢』だと気付けたのは、結婚式で誓いの口付けの為にヴェールを上げた時だったんだ」

(だからあの時、あんなに硬直していたのか……)


 どうしよう。マークの話は筋が通っているし、聞けば聞く程、私が『幻の令嬢』であるように思えてきてしまっている。


「分かってくれたか? 俺は四年前から、ずっとエマの事が好きなんだ。だからエマと結婚できて、俺は今本当に幸せなんだよ。離婚なんて絶対にしたくない。このままお前と、本当の夫婦になりたいんだ」

 両肩を掴んだままのマークの手に、僅かに力が込められた。


(え、いやでも、私が本当に『幻の令嬢』だったのだとしたら……)


「……マークは、四年もの間、ずっと想い続けてきた『幻の令嬢』の正体が、長年嫌ってきた私だと知って、幻滅しなかったの?」

 恐る恐る疑問に思った事を尋ねると、マークは首を横に振った。


「確かに驚いたし、混乱したけれど、一からエマとやり直したいと思ったんだ。エマに嫌われている事は分かっていたから、俺が想いを告げた所で、エマに引かれるか重荷に思われるだけだと思っていた。だけど、気持ちを伝えないまま離婚されてしまうくらいなら、俺の胸の内を全部打ち明けて、情けなく縋ってでも、お前と別れたくない……! 俺はエマを愛しているんだ! 頼むから、別れるなんて言わないでくれ!!」

 必死の形相でマークに告白されて、私は目を見開いた。


(え、あの、ちょっと待って。という事は、本当に私が『幻の令嬢』で、マークは四年前からずっと、私の事が好きだったって事……!?)

 切なげな表情で、真っ直ぐに見つめてくるマークに、私の顔が見る見るうちに赤くなっていく。


「な……なななな、何で!?」

 思いっ切り狼狽えながら、私はマークを問い質す。


「何でマークは、私に一目惚れなんてしたのよ!?」

「何でって言われても……。本当に一目見た瞬間に好きになってしまったんだよ! 理由なんてあるか!」

 問い詰める私に戸惑いながらも、マークも語気を強める。


「ば、馬鹿じゃないの!? ちょっと好みの外見だったってだけで! 夜会に出席する貴族令嬢なんて、多かれ少なかれ猫を被っているに決まっているじゃない! 性格も何も分からないような状態で好きになって、四年も想い続けていたなんて……! あんた騎士団トップの総帥でしょ!? 一目惚れの相手がもし敵国のスパイだったらどうするのよ!? 色仕掛けであっさり陥落させられて、機密情報ホイホイ漏らしたり寝返ったり暗殺されたりしかねないじゃない! せめて中身を知ってから好きになりなさいよ!」

「し、仕方ないだろう! 中身を知る前に見失ってしまって、その後一向に見付からなかったんだから! それを言うなら、お前ももう少し貴族令嬢らしく、せめて国王陛下主催の夜会くらい参加しておけよ! そうすれば俺だってお前が何処の誰だか知る事くらいできたんだし! って言うか、今は中身を知っても好きなんだから問題ないだろう!」

「何で中身を知っても好きなままなのよ!? 普通嫌でしょこんな女! 家庭よりも魔法研究を優先して、魔法以外の事はさっぱり無頓着で、誰かに助けてもらわないとまともに生活できるかも怪しい女なんて!」

「俺が居ればまともに生活できるんだから問題ないし、お前の世話を焼くのは案外楽しいんだよ! お前が魔法研究を生き甲斐にしている事は分かっているし、それに夢中になっているお前の姿を見るのは好きだ! それに根気の要る作業を延々続けられる所とか、魔法に関しては誰にも負けない知識と腕を持っている所とか、凄いと思うし尊敬している! だからお前が魔法研究を優先しても一向に構わないし、ちゃんと俺と過ごす時間を作ってくれているだけで嬉しいし、お前が側に居てくれるだけで、俺は幸せなんだ!」


 言い争いが過熱しすぎて、お互いに肩で息をしながら対峙する。


(……何でマークは、こんなに嬉しい事ばかり言ってくれるんだろう……)

 素直になれずに反発してしまう私に、マークが掛けてくれる言葉の一つ一つが嬉しくて、有り難くて、目が潤んできてしまった。


「……一応訊いておきたいんだが……、エマは今でも俺の事が嫌いなのか? やっぱり俺の事を受け入れられずに、どうしても離婚したいと言うなら……、俺はお前の意思を尊重する。だけど、そうじゃないなら……、ほんの少しでも、俺の事を思ってくれているのなら、このまま俺との結婚生活を続けてくれないか……?」


 ずっと肩を掴んでいた右手を離し、壊れ物を扱うかのように、そっと頬に触れられた。切なげに震えるマークの目を見つめながら、マークの右手を両手で包む。

 照れ隠しなんてしている場合じゃない。マークは正直に自分の心を全て打ち明けてくれたのだ。私もその誠意に答えないと。もうマークとすれ違ったり、変に拗らせたりしたくないし、これからはマークと一緒に幸せになりたい。


「……今は、マークの事が嫌いじゃないし……好きよ。マークと本当の夫婦になりたいって、思っているわ」


 とても恥ずかしかったけれども、勇気を出して、私も素直に想いを告げる。一生懸命に私の想いを伝えると、マークは目を見開いた。


「……ほ、本当か!?」

「ええ」


 信じられない、とでも言いたげなマークに、何とか信じて欲しくて、マークの手に頬擦りしながら微笑みかける。マークの強張っていた表情が、ゆっくりと満面の笑みに変わっていったかと思うと、急に力強く抱き締められた。吃驚したけれども、嬉しくて、私もその背中にそっと腕を回した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ