30.幸せな夫婦
爽やかな秋晴れの空が美しい休日、お兄様とララの結婚式が行われた。
「アラスター、ララ、結婚おめでとう!」
「ありがとうございます、父上!」
「とても綺麗よ、ララ!」
「ありがとうございます、お義父様、お義母様。不束者ですが、どうぞ宜しくお願い致します」
「そんなに畏まらなくても良いのよ、ララ。可愛い姪が遂に義娘になってくれて、とても嬉しいわ。アラスターをどうぞ宜しくね」
「はい、勿論です、お義母様!」
実の娘のように……いや、下手をすれば実の娘である私以上に、姪のララを可愛がってきたお母様は、お父様と一緒になってララを大歓迎している。美しいウェディングドレスに身を包み、普段よりもずっと綺麗な花嫁姿を披露しているララと、何時になく凛々しい花婿姿をしているくせに、時折ララに見惚れて鼻の下を伸ばしているお兄様に、私も遂にこの日がきたのだと、感慨深くなってしまった。
「ララ、アラスター、本当におめでとう!」
「ありがとう、お父様!」
「ありがとうございます、叔父上。若輩者ですが、これからもどうぞ宜しくお願い致します」
「もう義父と呼んでくれても構わないのだよ、アラスター」
「はい。では義父上、ララは必ず幸せにしますので、ご安心ください」
「うん、うん……。頼んだよ、アラスター。妻も天国で喜んでくれている事だろう」
私達の母方の叔父でララの父親であるコールマン伯爵は、今にも泣きそうなくらいに目を潤ませて涙声になっている。懸命に堪えている叔父様と固く握手を交わすお兄様、その隣で涙ぐみながらも幸せそうな笑顔を見せているララに胸が熱くなり、私の方がうっかり涙を零しそうになってしまって、そっと目尻を指で拭った。
「アラスター義兄上、どうか姉上を宜しくお願い致します」
「ああ、ケヴィン、任せておけ。ララは必ず幸せにする」
「ケヴィン。これからは、お父様をしっかり支えてあげてね」
「はい。任せてください、姉上。どうぞ末永くお幸せに!」
ララの弟で私達の従弟、ケヴィンとも、お兄様はしっかりと握手を交わした。ケヴィンはまだ未成年だが、姉のララと良く似ていて、年の割には大人びている。数年前に亡くなられたコールマン伯爵夫人に代わって、今まではララが色々と頑張ってきたけれども、跡取りであるケヴィンも成長してきた事だし、これからのコールマン伯爵家は彼が居れば大丈夫だろう。
「お兄様、ララ、ご結婚おめでとうございます」
人が途切れたのを見計らって、私達がお祝いを言いに行くと、二人共嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ありがとう、エマ、マーク」
「来てくれて嬉しいわ、エマ。モルガン総帥も、本日は私達の式にお越しくださってありがとうございます」
「お二人共、本日はご結婚誠におめでとうございます。どうぞ末永くお幸せに」
二人を祝福するマークの隣で、私はララに笑い掛ける。
「これからも宜しくね、ララお義姉様」
「エマ……その呼び方やっぱり慣れそうにないから、今までみたいにララでお願いするわ」
ララならそう言うだろうと思っていた私は、口元を引き攣らせたララと一緒になって吹き出し、声を上げて笑ってしまった。
本当に良い結婚式だ。お兄様もララも、皆に心から祝福されて、幸せそうに笑い合っている。大好きな二人の心からの笑顔が眩しくて、私は目を細めた。
(……やっぱり、結婚式はこうでないと、ね)
一触即発の緊迫した空気が漂う中、全く気持ちが籠っていない誓いの言葉を述べ、祝福よりも今後を心配されてしまうような、不安に満ちた結婚式を挙げる夫婦など、私達だけで十分だ。
私の分まで、二人には幸せになって欲しい。心からそう思う。でも、しっかり者のお兄様とララの事だから、私が心配しなくてもきっと大丈夫だろう。たとえ何かあったとしても、必ず二人で乗り越えて幸せになるに違いない。本当にお似合いの二人だ。
「良い式だったな」
帰りの馬車の中で、マークが微笑みながら話し掛けてきた。
「ええ、本当ね。お兄様とララには、幸せになってもらいたいわ」
私もマークに微笑み返す。
(……勿論、マークにも)
私と離婚すれば、マークも次こそはあの二人のような、幸せに満ちた結婚式を挙げる事もできるだろう。マークと一緒に居られる時間も、後僅か。家に帰ったら、私はマークに離婚を切り出さなくてはならない。だからせめて、今はマークと過ごせる最後の穏やかな時間を噛み締めていたい。
「……どうかしたのか? エマ」
これが最後なのだから、とマークをじっと見詰めていたら、マークに怪訝な顔で尋ねられてしまった。
「べ、別に何でもないわ」
慌てて目を逸らして誤魔化したけれども、マークの何かを問うような気遣わしげな視線は、家に帰るまで続いてしまった。
マークと一緒に居られる最後の時間まで何だか気まずい雰囲気で終わってしまったなんて、私達は余程縁が無かったのだろうと悲しくなる。一旦自分の部屋に戻った私は、楽な服装に着替えた後、深呼吸を数回繰り返して、気持ちを整えてから、意を決してマークの部屋へと向かった。
***
結婚式用の正装から着替えた俺は、話があると言うエマの訪れを、自室で今か今かと待っていた。
先日、ケリー公爵家の夜会に出席した日から、エマが急に余所余所しくなってしまった原因が漸く分かるのだ。夜会の時は、泣かされるようなやわな女じゃないと主張するエマが嘘を言っているようには見えず、また実際に過去に俺がコテンパンに叩きのめされた事も一度や二度じゃなかった為、目にゴミが入ったと言うエマの言葉を信じ、エマと一緒になって家族を宥めた。だが、その直後に今まで見せてくれていた笑顔が消え、時折暗い表情をするようになってしまったエマを見ていれば、何かあったのだと悟らずにはいられなかった。
俺達は夫婦なのだから、何でも話して欲しい。エマの力になりたい。
その思いを訴え、エマに聞き入れてもらえた時は、とても嬉しかった。エマに少しは頼ってもらえたのだと。悩みを話してもらえる関係になれたのだと。
エマの悩みを解決できたら、また以前のような屈託の無いエマの笑顔を見られるに違いない。少しだけでも、またエマとの距離を縮められないだろうか。
今日結婚式を挙げられた、あのお二人のような、幸せな夫婦に、俺達もまた一歩近付けないか。
そう思っていたのに……。
ノックの音に反応して、即座に扉を開けて部屋の中に招き入れ、ソファーまでエスコートして、その向かいに腰掛けた俺に、エマは俯いたまま、目も合わせずにこう切り出したのだ。
「ねえ、マーク……。私達、離婚した方が良いと思うの」




