26.初めてのデート
あっと言う間に、マークと約束したデートの日になってしまった。
失敗した。デートは来週末以降にしてもらって、それまでにララの所に行って、デートに際しての心構えでも教えてもらっておけば良かった。滅茶苦茶緊張する。
私の事だ。折角劇場とかに連れて行ってもらっても、秒で寝落ちしてしまって、マークに呆れられてしまいそうで怖い。
(デートなんて初めてだから、どう振る舞えば良いか分からないわ……)
だけど、マークとデートと言うのは、私達がもっと仲良くなるには、とても良い案だと思ったのだ。
婚約者同士であるお兄様とララも、時々デートで楽しそうに何処かに出かけて行って、お互いにとても幸せそうな表情を浮かべて帰って来ていた。お父様とお母様も、ごく偶にだけど、二人で出かけていて、仲睦まじくしていたし。
……私とマークには、恋愛感情なんて無いけれども……、デートをすれば、少しはあんな風に仲良くなれるだろうか?
期待と不安の入り混じった気持ちを抱えながら、ローズ達に支度を手伝ってもらう。マークには動きやすい服装で、と言われていたので、白いレースで縁取られた、薄いエメラルドグリーンの夏らしいワンピースを身に着け、歩きやすい踵の低い靴を履き、髪は軽く纏めてもらい、化粧を施してもらって、私の支度は整った。
「とても良くお似合いですよ、奥様」
「そ、そうかしら……変じゃない?」
「変だなんてとんでもない。きっと旦那様も思わず惚れ直してしまわれるに違いありませんわ」
リリーの褒め言葉に、思わず苦笑してしまう。惚れ直すも何も、マークは最初から私に惚れてなどいないんだけど……。
いつもなら気にせずそのまま出かけてしまう所だけれども、今日は鏡の前で横を向いたり後ろ姿を確認したりと、何だか妙に気になってしまう。そんな事をしているうちに、フローラが呼びに来てしまって、私は急いで玄関に向かった。
「お待たせしてしまってごめんなさい」
「いや、気にしなくて良い。……そのワンピース、良く似合っているよ。綺麗だ」
「あ、ありがとう」
マークに褒められて、少しどぎまぎしてしまう。リップサービスだと分かっていても、やっぱり嬉しい。
「……マークもその格好、とても素敵だと思うわ」
「そ、そうか? ありがとう」
マークが嬉しそうにはにかむ。白いシャツとクラヴァットに、私のワンピースと同じ色のサマーベストと黒のズボン。お揃いの色を身に纏っている事に気付いて、何だか気恥ずかしくなる。
マークにエスコートしてもらって馬車に乗り、向かった先は、植物園だった。ここなら少なくとも秒で寝る事は無いと、ほっとしてしまったのは内緒である。
黄色いマリーゴールドや、色取り取りのグラジオラスやダリア、大きくて見応えのあるヒマワリも綺麗だけれども、ラベンダーやローズマリー等の薬草としても使える花の方にどうしても目が行ってしまう。気付いた時には、これだけ質が良い物を綺麗に育てるには何に気を付ければ良いのか等、係の人を質問攻めにしてアドバイスを貰って満足した後で、マークそっちのけで私だけ楽しんでしまっていた。
「ご、ごめんなさいマーク、薬草の事になったら、つい色々訊きたくなってしまって……」
折角のデートなのに、マークを放っておくだなんて、パートナーとして失格だ。そう思って項垂れる。
「気にしないでくれ。エマが夢中で楽しむ姿を見られた方が、俺も嬉しいから」
笑顔で優しい言葉を掛けてくれるマークに、胸を打たれる。こんな私を受け入れてくれるなんて、マークはどれだけ懐が深いんだろう。
植物園を出て、少し遅いランチに向かう。マークがお気に入りだと言うレストランは、やっぱりお肉が美味しかった。デザートの種類も豊富で、カットフルーツを閉じ込めたカラフルで涼し気なゼリーは、見た目も綺麗で味にもとても満足した。
レストランを後にした私達は、様々なお店が建ち並ぶ大通りに向かった。
「人が多いから、逸れるなよ」
そう言ってマークが差し出してきた手に、私は自分の手を乗せる。何度かエスコートしてもらった事だってあるのに、何故だかマークと繋いだ手を意識してしまう。大きくて厚みがあって、剣を扱っているせいか皮膚がしっかりしている手はとても温かくて、何だかドキドキしてしまった。
(……マークは、こんな風にデートをするのは慣れているのかな?)
マークは貴族令嬢達からも人気があったから、きっとデートなんて何度もした事があって、手を繋ぐ事だって慣れているに違いない。魔法研究ばっかりしてきた為に、男性経験がこれっぽっちも無くて、手を繋いだくらいで動揺しているのは私だけだと思うと、何だかちょっと悲しくなってしまった。
(駄目駄目、折角のデートなんだから、今はそんな事考えない!)
緊張を紛らわせようと、大通りを歩きながら左右のお店を眺める。可愛らしい小物が並べられていたり、綺麗な色の服が飾られていたり、美味しそうなお菓子の匂いが漂っていたり。こうしてマークと手を繋いで見ているだけでも気分が高揚してくるけれども、マークは一体何処に向かっているんだろう?
「エマが気になる店があったら、寄るから言ってくれよ」
「え、ええ」
通り過ぎて行くお店を見ている私に気付いたのか、マークが声を掛けてくれたけれども、わざわざ寄って見たいと思える程のお店は今の所無く、そのまま足を進める。
「着いたぞ、ここだ」
マークが連れて来てくれたのは、何と魔道具店だった。思わず目を輝かせるが、ハッと我に返る。
「マ、マーク、私こんな所に入ったら、さっき以上に暴走してしまう自覚有るんだけど!」
「構わないさ。今日はエマに楽しんでもらう為に来たんだから。何なら気に入った物があったら全部買ってやるよ。この間のピンバッジのお礼もまだだったしな」
「だ、駄目よそんな事言ったら! 下手したらお店に並んでいる物全部買わされる羽目になるかも知れないんだからね!?」
自分の暴走っぷりは自分で良く分かっているので、折角マークに忠告したと言うのに。
「ああ、構わないぞ。何なら店ごと買い上げるか?」
笑顔でマークがそんな事を言うものだから、開いた口が塞がらなかった。
「ちょっとマーク、絶対に私を甘やかさないでよ!? 寧ろ止めて!」
「分かった分かった」
そんな会話を交わしながらお店に入った私は、所狭しと並べられている魔道具にすぐに意識を奪われ、片っ端から手に取って観察し始める。内部に組み込まれた魔石を動力源に、特定の条件で魔法を発動する魔道具は、様々な種類があってどれも興味深い。対になっていて、片方に魔力を込めるともう片方に居場所が伝わる腕輪、冷風や温風が出て夏の暑さや冬の寒さを緩和してくれる小箱、蓋を開けると入眠効果や覚醒効果のある曲が流れるオルゴール、どれも作り手の独創性や工夫が満ち溢れていて、見ていて全く飽きないしとっても楽しい。
「何か、気に入った物はありましたか?」
私があれこれ見ていると、お店の奥に座っていた中年の男性が声を掛けて来た。この店の店長さんのようだ。
「ここに置いてある魔道具は、誰が作ったの?」
「大半は私が作った物ですが、全部、と言う訳ではありません。亡くなった妻の作品もありますし、最近は子供達にも後を継がせる為に練習させていて、売り物になると判断した物も置いてありますので」
「成程ね。道理で簡単な術式しか使っていない物があると思ったわ」
私がオルゴールを手に取って言うと、店長さんは頭を掻いた。
「お見通しでしたか。それは私の長女が作った物です。お目汚しになってしまい申し訳ありません」
「逆よ。簡単な術式しか使っていないのに、これだけ精度が高い物ができるなんて……。貴方の娘さん、才能あるわ。きちんと魔法を学ばせたら、将来魔法研究所に勤めるようになるかも知れないわよ」
「え……!? ま、またまたご冗談を。たかが平民の魔道具店の娘が、王宮に勤める魔術師になれる訳が……」
お世辞だとでも思われたのか、愛想笑いを浮かべる店長さんに、何時の間にか隣に立っていたマークが、私の肩を抱いて反論する。
「彼女は俺の妻で魔法研究所所長のエマ・モルガンだ。ヴェルメリオ国一の魔術師の言葉が、信用できないとでも?」
「え!? あ、貴女があの魔法研究所の所長なのですか!?」
店長さんを睨むマークに苦笑しながら、目を白黒させて狼狽えている店長さんに訴える。
「簡単な術式しか使えなくても、創意工夫で、これだけの魔道具に仕上げる娘さんの才能は、絶対に磨けば光ると思うの。このまま埋もれさせてしまうのは勿体ないわ。私が強制できる事ではないけれども、是非娘さんを魔法学校に通わせてもらえないかしら」
店長さんは私の言葉を信じてくれたようだけれども、力無く俯いてしまった。
「……そうしたいのは山々ですが、店を開いた時の借金がまだ返し切れておらず、そんな余裕は……」
「心配は要らないわ。入学試験で優秀な成績を修めたら、奨学金が貰えるから。これだけの物が作れる娘さんなら、きっと問題無いと思うわ」
「そ、そうなのですか……!?」
表情を明るくした店長さんに、私は微笑みながら頷いた。
「魔法研究所は身分にかかわらず、優秀な人物を採用しているの。貴方の娘さんが来てくれる日を、楽しみにしているわ」
「あ、ありがとうございます……!」
少しでも力になれたら良いなと思いつつ、冷風や温風が出る小箱をあるだけ全部、そして自分用に娘さんが作ったと言うオルゴールを購入する。自分で買うつもりだったのに、私が財布を取り出す前に、マークが素早く支払いを終えてしまった。
「マーク、どうもありがとう。大切にするわね」
「気に入ったのなら何よりだ。あの娘さんも、何時か魔法研究所に来てくれると良いな」
「ええ。今から楽しみだわ!」
その後はケーキ屋さんに立ち寄り、季節限定だと言う桃のケーキに舌鼓を打って、家に帰った。小箱は食堂や厨房、寝室等家のあちこちに置き、オルゴールは枕元のナイトテーブルに水差しと並べて置く事にした。
きっと私はこのオルゴールを見る度に、楽しかった今日のデートを思い出すだろう。私にとっては一生の思い出になる一日だったけれども、マークにとってもそうだったら良いな、と思いながら、私は口元を緩ませる。何だかマークとの距離が、今日一日で少しだけ縮んだような気がして、私は枕を抱き締めながらベッドに身を投げ出した。




