24.両家との食事会
国境警備軍との合同訓練を終えて、私達は再び王都に帰って来た。
「……以上が今回の訓練における魔物の討伐数です。また、こちらの被害はありませんでした」
マークと一緒に帰還と訓練の成果を国王陛下に報告すると、国王陛下は嬉しそうに目を細められた。
「そうか。ご苦労だった。今回の訓練は、皆一致団結して殊の外充実したものになったと聞いている。今回の経験を活かして、これからも励むように」
「「畏まりました」」
報告を終えて退室しようとすると、国王陛下に呼び止められた。
「其方達も、以前よりも仲良くなったようで、何よりだ」
「……はい。お蔭様で」
私達が長年いがみ合っていた弊害を、今回の合同訓練で丁度実感して来た所だ。国王陛下やお付きの方々の生温かい視線を感じながら、私は過去の羞恥と色々な方々にマークとの仲を見守られている気恥ずかしさで、顔を赤らめつつ引き攣った苦笑いを浮かべるしかなかった。
魔法研究所に戻り、キンバリー辺境伯からお土産に頂いたジビエの燻製や、自由時間に立ち寄った店で購入した、干し肉や山菜や薬草、特産品の健康と美容に良いと言う温泉水等を、留守を守ってくれた部下達にお裾分けすると、皆目を輝かせて喜んでくれた。
そうして迎えた、訓練後初めての週末。
「き、緊張する……」
私は朝から準備に漏れが無いか、フローラ達と一緒になって、入念にチェックをしていた。
今日はキンバリー辺境伯領から持ち帰ったお土産を振る舞うという名目で、ベネット公爵家、ケリー公爵家を我が家に招き、昼食を一緒にする予定なのだ。
私とマークも大分仲良くなってきたし、それぞれの実家にも訪問して、お互いに受け入れられている手応えを感じてきたので、そろそろ両家の橋渡し役ができないか……と思っての試みなのだが、何せ両家が一堂に会するのは、私達の結婚式以来。それぞれの実家に、何とか私達の顔を立ててもらえるよう頼んではいるものの、何かの拍子に両家の間に亀裂が入り、更に険悪な事態になる事だけは何としても避けたい。でなければ、私達が政略結婚した意味が無くなってしまう。
この食事会は、言わば私のモルガン伯爵主人としての手腕が試されているようなものなので、緊張もひとしおなのだ。
(ううっ、こんな事なら魔法薬ばっかり作っていないで、伯爵夫人としてお茶会の一つでも開いて、お持て成しの練習をしておけば良かった……っ)
後悔しても後の祭りである。
お母様が主催されていたお茶会はどんなものだったか、コールマン伯爵家に呼ばれた時はどう持て成してもらっていたか、等を必死に思い出しながらフローラ達の助けを借りていると、ケリー公爵家からお義父様とお義母様とお義兄様が到着した。
「本日はお越し下さって、ありがとうございます」
「こちらこそ、お招きいただいて感謝する」
応接間で飲み物をお出しして歓談していると、今度はベネット公爵家一家が到着したと、サイラスが知らせに来てくれた。
「本日はお越し下さり、ありがとうございます」
「やあマーク君、お邪魔するよ」
「いらっしゃいませ、お父様、お母様、お兄様」
お父様達を応接間に通すと、それまでの和やかな雰囲気が一変して、緊張した空気になってしまった。
「……久し振りですね。結婚式の時以来ですか」
口火を切ったのは、お父様だ。
「……そうですな。変わらずお元気そうで、何より」
相変わらずの威圧感を漂わせながらも、ソファーから立ち上がったお義父様が歩み寄って右手を差し出し、お父様と握手した。お互いに険しい表情ではあったが、それなりに友好的な態度にほっとする。
「それでは皆様お揃いですし、早速食事にしましょうか」
マークと私が食堂に案内して、食事会が始まった。お土産の山菜やジビエの燻製等を使った料理を楽しんでもらいつつ、今回の合同訓練の思い出話を披露する。
「それでサラ様と意見交換して今後の研究の方針が決まりましたの来週から早速取り組む予定ですのよ本当に有意義な時間を過ごせましたわ!」
「エマ、楽しかったのは分かったからちょっと落ち着こうか」
「はっ! 申し訳ありません、つい……」
緊張のせいか、気付いたらまた大好きな魔法研究の話で暴走してしまっていて、お兄様に注意されてしまった。
やらかしてしまった。ベネット公爵家は兎も角、ケリー公爵家の方々にはつまらない話題で退屈させてしまったかも知れない。
「エマさんは魔法研究が本当に好きなんだね。流石は最年少で魔法研究所所長に就任されただけの事はあるよね」
「お、お褒めいただいて光栄ですわ」
ブレインお義兄様がフォローしてくださって、その優しさに私は心底感謝した。
「……ベネット公爵家の人間は、他の事は兎も角、魔法に関する事には天才的な才能を発揮されるからな」
それまで黙っておられたお義父様が静かに口を開き、驚いた私達の注目を集めた。
「……その『他の事』に関しては、てんで駄目な我々に代わり、真面目なケリー公爵家の方々に色々と負担をお掛けしてしまってきた事は自覚しています」
ぽつりと零したお父様の言葉に、私達は目を丸くする。
「……エマの事に関しても、マーク君には色々と面倒を見ていただいているようで」
「……いや、エマさんにはブレインが大変に世話になりました」
ぽつりぽつりと交わされ始めた両公爵家当主の会話に、私達は緊張しながら耳を傾ける。
「……エマさんのお蔭で、ブレインは日々健康を取り戻しつつあります。ブレインの体調に問題が無くなれば、私はブレインにケリー公爵位を譲り、隠居するつもりです。我々の間には色々とありましたが、次代の若者達にはそれを引き継がせない事。それが私にできる、最後の務めだと思っています」
「……私もアラスターの結婚式が終わり、生活が落ち着けば、ベネット公爵位を譲るつもりで準備を進めています。一度魔法研究に没頭すれば周りが見えなくなる私やエマとは違い、アラスターは比較的まともでしっかりしている。そちらに迷惑を掛ける事も少なくなるかと」
何だかとばっちりで私まで貶されたような気がするが、まあ事実ではあるので、取り敢えず口は噤んでおく。
「……ケリー公爵。色々と思う所はお互いにあると思いますが、今回のように子供達にその責を全て負わせるのは、貴方も本意では無い筈。国王陛下のたっての願いでもある事ですし、我々も少しずつでも、歩み寄る努力をしませんか?」
「……ベネット公爵。貴殿に言われずとも、そのつもりだ」
両公爵が歩み寄る意思を示してくださった事で、私達は顔を輝かせる。それまで張り詰めていた空気も解れて、皆が少しずつ表情を緩めた。
「……では、私達の責務は重大ですね、アラスター殿」
ブレインお義兄様が明るく話し掛け、お兄様もそれに頷く。
「そうですね。公爵家の次代を担う者同士、是非宜しくお願い致します」
「こちらこそ。身体が弱かったせいで、あまり社交界に顔を出していなかったので、色々教えていただけると助かります」
「分かりました。その代わりと言っては何ですが、領地経営について是非ご助言いただきたい」
「喜んで」
食卓が和やかな雰囲気に包まれてきて、私とマークは顔を見合わせて微笑み合った。両家の橋渡し役になるという目標は、無事に達成できたようだ。
ずっと肩に伸し掛かっていた重荷を下ろせたような気がして、私は大いに胸を撫で下ろした。




