23.合同訓練
翌日、マーク率いる第一騎士団と、私に同行してくれた魔術師達と、キンバリー辺境伯率いる国境警備軍は、訓練予定地である北の国境に面した魔獣が潜む森に到着した。
予め能力を考慮して決められた小隊に別れ、森に足を踏み入れる。魔獣に出会い次第戦闘開始で、必要があれば発煙筒を駆使して連携するのだ。
(さて、魔獣は何処に居るのかな?)
得意の風魔法を使って、音や臭いで周囲を探る。左前方、少し離れた場所に小さな魔獣の群れが居るようだ。小隊のメンバーに伝えて警戒しながら向かうと、大きな木に巣食う、蝙蝠のような見た目に角を生やした魔獣の群れを見付けた。
キイィィィ!!
魔獣の方も私達に気付いたようで、咆哮を上げながら次々と向かって来る。この魔獣自体は左程強くないが、咬まれると少々厄介だ。風の刃を作り出して次々と斬り捨てるが、数が多くて鬱陶しい。
「こいつら!!」
「このっ!!」
メンバーも剣を振るって応戦してくれ、何とか無傷で全て討伐する事ができた。その数、凡そ50。
「何とか一段落って所ですね」
「ええ。でも気を付けて。血の臭いを嗅ぎ付けて、大型の魔獣が来るかも知れないわ」
他の魔獣の餌になってしまわないよう、死骸を燃やして片付けていると、遠くの方でズシン、ズシンとこちらに向かって来る足音が聞こえた。音の方向に向かうと、巨大な牙を持つ熊のような魔獣が現れた。
ガオォォォッ!!
こちらに向かって突進して来る魔獣に向かって、風の刃を繰り出す。首尾良く首を切り落とすと、魔獣の巨体は地面に倒れた。
「おおっ! 流石モルガン所長!!」
「感心している場合じゃないわよ。まだ遠くだけど、複数の魔獣の気配がするわ」
次に現れたのは、立派な爪と牙を持つ狼が巨大化したような魔獣達だ。それも私達を取り囲むようにして、じりじりと距離を詰めて来ている。
「皆、私が動きを止めるから、後は頼むわよ!」
追い込まれた振りをして、私達は一ヶ所に集まった。魔獣達が一斉に襲い掛かって来たタイミングで、結界魔法を展開しながらちょっと苦手な雷魔法を使う。
ギャオォォォン!!
魔獣達の動きを止めた所で、手分けして次々に止めを刺していった。
やがて訓練終了時刻が近付き、私達は森を出て次々と合流した。小隊の代表者として今日の成果を纏め、報告しに行く。
「モルガン所長! そちらはどうでしたか?」
声を掛けて来たのは、国境警備軍第二隊隊長のジャンヌさんだ。過去の合同訓練の際に、男性が多い状況下で数少ない同性である彼女と知り合い、私達はすぐに仲良くなった。姉御肌の美人さんで、風魔法を得意とする者同士、すぐに打ち解け合って、魔獣の情報や弱点を教えてもらったり、お礼に効率の良い風魔法の使い方を教えたりと、彼女には随分お世話になっている。
「こちらは問題無いわ。魔獣の群れに遭って多少手こずったくらいかしら」
「そうでしたか。群れに遭っても怪我人を出さない辺り、流石はモルガン所長ですね」
「小隊の皆が協力してくれたからよ。そちらはどうだったの?」
「こちらも問題ありませんでした。私達の方は単独行動の魔獣ばかりで、群れには出くわさなかったので」
ジャンヌさんと一緒に報告を終えると、マークの姿を見付けた。
「マーク、そっちはどうだったの?」
「ああ、こっちは問題ない。成果は大型の魔獣が5頭、それに群がって来た中型が32頭って所だな。そっちは?」
「こっちは大型の魔獣が1頭、中型が26頭、小型が51匹よ」
「って事はポイントで言うと……121対134か。クソッ! 見てろよ、明日は絶対に巻き返す!」
「ふふん。やれるもんならやってみなさい!」
そうこうしているうちに、全小隊が合流したようだ。今日の所はこちら側に被害は無し。上々の成果である。
「皆、今日はご苦労だった。明日に備えて身体を休めるように!」
キンバリー辺境伯が労い、国境警備軍の砦に戻って休息を取る。翌日、翌々日と別の場所に向かい、私達は順調に魔獣を討伐していった。
そして迎えた合同訓練最終日。
「708対711……。クッソー、後もう少しだったのに!」
「危ない危ない……。もうちょっとで負ける所だったわ」
終わってみれば僅差で辛うじて賭けに勝利した事が分かって、私は胸を撫で下ろす。
「悔しいが、約束は約束だ。お前の言う事を何でも一つ聞いてやるよ。さあ何でも言え!」
マークに促されて、私は考え込んでしまった。
「……それが、思い付かないのよね」
「は?」
休憩時と帰宅時は魔法研究所まで足を運んでくれたり、休日は魔法薬作りを手伝ってくれたり、私の些細なお願い事も可能な限り叶えようとしてくれたりと、マークは本当に私に良くしてくれている。賭けを持ち出したのは私だけれど、私はこれ以上、何をマークに望むんだろう?
「ごめん。ちょっと考える時間を貰っても良い?」
「あ、ああ……。別に良いけど……」
マークはすっかり拍子抜けした表情をしているが、思い付かないものは仕方がない。取り敢えず後でゆっくり考える事にして、私達は浮かれ気分で砦に戻った。合同訓練最終日の夜は宴会が開かれるのだ。キンバリー辺境伯が今回の合同訓練に参加した皆を労って、賑やかな宴会が始まった。
「モルガン所長! 訓練中は本当にお世話になりました! ありがとうございました!」
「こちらこそ本当にありがとう。皆のお蔭で助かったわ!」
マークとの賭けにも勝って上機嫌な私は、まずは小隊のメンバーで乾杯する。お酒が進むにつれて、皆あちこちのテーブルにお邪魔して、騎士団や魔術師、国境警備軍関係なく入り乱れて盛り上がり始めた。
「やっぱりモルガン総帥は凄いっすね! 是非また今度手合わせしてくらさいよ!」
「勿論。次は来年かな?」
顔を真っ赤にしてマークに絡んでいるのは、国境警備軍副司令官のジョーさんだ。ジャンヌさんの旦那さんでもある彼は、火魔法と剣を使う戦闘スタイルがマークと似ているとかで仲が良いらしい。今回も訓練が終わってから、二人が砦の訓練場で手合わせしている姿を見掛けた。
「ジョー副司令官、飲み過ぎですよ」
「ああ~? 良いじゃねえか。こんな機会一年に一回しかないんらからよ!」
呂律が怪しくなってきたジョーさんを窘めているのは、国境警備軍第一隊隊長のラシャドさん。強面だが、相変わらず真面目で面倒見が良い人だ。
「今年は皆、怪我も無く終わる事ができて何よりです。それにメンバー同士で良い連携が取れる小隊が多かったという報告を聞きました。これは貴女方の影響でしょうか?」
隣に座ったキンバリー辺境伯が尋ねてきて、私は首を捻る。
「私達の影響……?」
「毎年、騎士達と魔術師達の間に、何処かぎこちなさを感じていましたが、今年は上手く協力し合っていた印象があったもので。違っていたら失礼」
キンバリー辺境伯の指摘に、私は目を見開いた。
もしかして……もしかして、だけど。
こういった事がある度に、私達が『向こうには絶対に負けない!』等といがみ合っていた影響が、少なからずあったのだろうか。私達二人の、家同士だけの諍いだと思っていたのに、騎士達と魔術師達にまで悪影響を与えていたのだろうか。今回はお互いにそんな姿を見せずに、お互いに楽しみながら競争していた事で、それに感化されて騎士達と魔術師達の仲も改善されたのだろうか。
そうだとしたら、今までの自分達がとても恥ずかしい。私達に政略結婚を命じた国王陛下のお気持ちが、漸く分かったような気がした。
「何にせよ、とても良い傾向です。今後も続くと良いのですが」
「……はい。これからは、きっと今の状態が維持できると思いますわ」
もう二度と、マークといがみ合っていた以前のような関係には戻らない。お互いに楽しそうに笑い合う騎士達や魔術師達、軍の人達を見ながら、そう心に誓った。
(……願わくば、マークともっと仲良くなれたら良いな……)




