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先祖代々犬猿の仲すぎて、政略結婚させられました!  作者: 合澤知里


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20.苛立ちの原因

(ん……)


 ふと意識が浮上し、やけに身体が怠いなと思いながら、私はゆっくりと目を開けた。目に入ってきたのは、最近見慣れてきた家の寝室の天井だ。久々に途轍もない空腹を感じる。喉も渇いてカラカラだ。だけどその前にトイレに行きたい。


「エマ、目が覚めたのか!?」

「うわっ!?」


 急に視界いっぱいにマークの顔が飛び込んできて、私は吃驚して完全に覚醒した。マークはやけに顔色が悪く、目の下に隈までできている。


「大丈夫か、エマ!?」

「いやそれこっちの台詞なんだけど。どうしたの? そんな顔色しちゃって」

「お前の心配をしていたんだよ!」


(心配? 心配されるような事、何かあったっけ?)

 うーんと首を捻った所で、一人で勝手にブチ切れて結界を張って閉じ籠もってしまった事を思い出して、サアーッと血の気が引いていった。


「ご、ごめんなさい……! ちょっとお願いを聞いてもらえなかったからって、あんな事しちゃって……!!」

 慌てて私は頭を下げる。


 どうしてあんな些細な事で、あそこまで怒ってしまったのだろう。マークにもお兄様にも魔法研究所の皆にも、多大な迷惑を掛けてしまったに違いない。いや、お兄様と魔法研究所の面々にとってはいつもの事かも知れないけど……、少なくともマークには、こんな顔色をさせてしまう程凄く心配をかけてしまった事だけは確かだ。あんなヒステリーを起こしてしまった以上、もういい加減マークだって私に愛想を尽かしてしまっていても不思議じゃない。

 そう思った途端、心臓がギュッと握り締められたように痛み、じわりと視界が滲んだ。


「いや、俺の方こそ悪かった。少し待つくらいどうって事無かったのに、エマの頼みを聞こうとしていなかった」


 落ち込む私の耳に届いたのは、意外にも、マークの謝罪の言葉だった。私は戸惑いながら顔を上げる。


「これからは、どんな小さな事でも、お前の頼みを蔑ろにはしない。……だから、もう二度とあんな事はしないでくれ」

「え、ええ……。ごめんなさい……」


 お兄様に怒られた時よりも、お父様とお母様に呆れるように溜息を吐かれた時よりも、マークの悲しくて辛そうな表情が胸に刺さった。

 今回の事に関しては、私が全面的に悪いのだから、もっとマークは怒っても良いのに。まるで自分の方が悪いように罪悪感を漂わせているマークに、かえって胸が締め付けられるように痛み、苛立ちを抑えられなかった事を大いに悔やんで反省した。


 その後、トイレを済ませた私は、全身に浄化魔法をかけ、体力回復薬を飲んで食事を詰め込む。


「お前、ずっと飲まず食わずだったんだから、しっかり食べろよ」

「食べているわよ。あんまり見られると食べにくいんだけど」

 隣で呆れたような表情をしながら、見張るような視線を寄越してくるマークに口答えする。


「旦那様は心配していらっしゃるのですよ。奥様を抱きかかえて帰宅された時に、あまりに軽いと嘆いておられましたから」


 空いた皿を片付けながら教えてくれたリリーの言葉に、私はピタリと手を止めた。

 そう言えば、私は魔法研究所で倒れた筈なのに、何時の間に家に戻って来ているのだ。抱きかかえて、って言う事は、もしかしなくてもマークに運ばれてしまったって事だよね?


「ご、ごめん、マーク! 私重かったよね!?」

「だから軽かったって言っているだろう。お前はもっと肉を食べろ」


 私はどれだけマークに迷惑を掛けてしまったのだろう。穴があったら入りたい気持ちに駆られながら、マークに言われた通りに、とろとろに煮込まれた柔らかい肉の塊を口いっぱいに頬張った。


 翌日、出勤した私は、お兄様や研究員達に平謝りした。幸い皆いつもの事だと全然気にした様子も無く、笑い飛ばしてくれたのだけど。


(本当、何であんなに怒ってしまったんだろう……)


 知らず知らずのうちにストレスが溜まっていたのだろうか、それともお腹が空いていたのかな、等と反省しつつ、悶々と過ごしていたのだが。

 その答えは、数日後に判明した。


(腰が痛い……)


 私は立っているのも座っているのも辛くて、朝からベッドに横になったままだ。今日が休みで本当に良かった。こんな状態じゃ仕事にも碌に集中できていなかっただろう。

 コプリ、と血の塊が出て行く感触がする度に、もしかして漏れていないよね? と一々気になってしまうのが煩わしい。そのまま濡れた物が貼り付いているような感触が続くのも気持ち悪い。そして何よりも腰が怠くてずっと鈍痛が続いている。生理なんて嫌いだ。

 私は元々生理不順だったけれど、結婚のドタバタがあったからか、よくよく思い出してみれば何と半年振りだった。そりゃ痛いよな、と溜息を吐く。私の場合はこなかったらその分だけ、次回の苛立ちや痛み等の症状が増してしまうのだ。先日、怒りを抑え切れなかったのも絶対その所為だろう。本当に最悪だ。


 痛みを堪えながら横になっていると、寝室の扉がノックされた。


「エマ、体調が悪いんだって? 大丈夫か?」


 入室して来たマークが、私のベッドの横に椅子を持って来て座った。ローズかリリーにでも聞いたのだろう。


「ええ、まあ……。大した事無いんだけど。ちょっと腰が痛くて」

 生理だ、なんて事は流石に言えない。


「その……月のもの、か?」

「!?」

 気まずそうな表情をしたマークに、まさかの直球で言い当てられた。


(え、何て返事すれば良いの、これ!?)

 男性から生理かと問われる初めての事態に狼狽して、セクハラだと怒れば良いのか、どう見ても心配してくれているから正直に答えるべきなのか、赤くなりながら返答に困っていると、マークは眉を下げて微笑んだ。


「やっぱりか。エマが癇癪を起こした時から気になっていたんだ。俺の姉上も一緒だったから」

(え、そ、そうなの!?)


 思わぬ所で義姉の生理事情を聞かされ、どう返事すれば良いのか目を白黒させて悩んでいると、マークが立ち上がって寝室から出て行き、やがてティーセットを手に戻って来た。


「……それは?」

「ハーブティーだ。姉上がこういう時、少しはマシになると言って飲んでいたから、エマにも効くかなって思って。材料はオリヴァーに言えば幾らでもくれるから」

「あ、ありがとう……」


 手際良くハーブティーを淹れてくれるマークに驚きながら、腰に枕を当てて身体を起こし、カップを受け取って口を付ける。温かいハーブティーが胃に流れ込むと、身体が少し温まり、痛みが気持ちマシになったような気がした。


「ありがとう。少し楽になったわ」

 空になったカップをマークに渡しながらお礼を言う。


「それなら良かった。姉上はベッドに横になって、お腹を温めれば楽になっていたけれども、エマはどうなんだ?」

「あ……私は腰なの」

「そうか。それならもう少しこっちに来れるか?」


 マークに促され、ベッドの端に移動して俯せになると、掛け布の間から入って来たマークの手が腰に当てられた。触れられた部分がじわりと温かくなる。


「あ……痛みが少しマシになってきたわ……」

「俺は火魔法が得意だから、こういう事ならできるんだ。姉上は自分でお腹を温めていたけれども、腰は自分ではやりにくいだろ?」

「ええ。ずっと当てていると、腕が痛くなってくるから……。マークはどうしてこんなに詳しいの?」

 疑問に思って尋ねてみると、マークは苦笑した。


「ケリー公爵家では、騎士に必要な体調管理法を叩き込まれるからな。女性の身体についても例外じゃない。数は少ないけれども女性の騎士もいるから、将来出世した時に部下の体調にも気を配れるようにと、色々教わるんだ。例えば遠征で移動の最中に月のものになってしまったら、休憩をこまめに取ったり、馬ではなく馬車に乗せたりした方が良いだろう?」

「それはそうだけど……、そんな事まで教わるのね」

「女性にとっては大切な事だからな。子供を産むなら欠かせない事だし、きちんと定期的になるかどうかで健康状態を把握する事もできる。内容が繊細だから、あまり出しゃばると不快な思いをさせてしまうかも知れないが、理解がないよりもある方が断然良い筈だ」

(そうなんだ……。ちょっと意外だわ。ケリー公爵家って脳筋なだけじゃなかったのね)


 マークの素晴らしすぎる気遣いに感心しながら、以前持っていたケリー公爵家への偏見を恥じた。ベネット公爵家では……お母様が何か言っていたような気もするが、少なくとも私は、そんな事を気にした事も無く、煩わしくて不快だし、結婚をするつもりも無ければ子供を産むつもりも無かったので、生理なんかこない方が良いとしか思っていなかったと反省した。


(……結局、結婚はする羽目になったけれども、子供はどうなるんだろう……)

 ふと浮かんだそんな考えを、私はすぐに脳内から抹消した。


 ……私達はまだ、そういう行為をした事すら無いのだ。考えたって仕方がない。

 マークは子供が欲しいのだろうか。私はその時がきたらどうするのだろうか。マークと結婚したのが私でなければ今頃……なんて連鎖的に浮かんできた疑問は即座に蓋をして厳重に封じて、私は目を閉じて、ただマークの手の温かさを感じていた。

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