17.プレゼント
馴染みの魔石店に足を踏み入れると、私に気付いた店長が顔を綻ばせた。
「いらっしゃいませ、ベネット所長! あ、今はモルガン所長でしたかね?」
「ええ。でも未だに慣れないのよね。自分が呼ばれている実感が無くて」
「そうでしたか。こればかりは慣れるしかありませんね」
「そうよね」
苦笑を浮かべる店長に、私も肩を竦める。
「今日は魔石に魔力を込めたいのだけど、良い物はあるかしら?」
「どんな効果にされるのですか?」
「防御魔法よ。良い物があれば結界級の効果を付与したいんだけど」
「それであれば……こちらの魔石で如何でしょう? これならモルガン所長の魔力でも耐えられると思います」
「わあ、流石ね! ありがとう」
この魔石店では、魔力が込められた魔石を装飾品等に加工して売るだけでなく、魔術師向けに魔力が込められる前の魔石も扱っている。こちらは店頭に並ぶ事は無いが、お店の人に頼めば、込めたい魔力に適した魔石を持って来てもらえるのだ。
店長に渡された、親指の爪よりも一回り大きい大粒の魔石に魔力を込める。宝石に勝るとも劣らない輝きを放つ出来に満足して、再度店長に渡す。
「この魔石を、ピンバッジに加工してもらえるかしら?」
「分かりました。ご自分用にですか? それとも何方かへのプレゼント用で?」
「あ、えっと、男性へのプレゼント用で……」
「ああ、新婚の旦那様にですね? 畏まりました」
ちょっと恥ずかしかったけれども、誤魔化して女性向けに可愛らしくされてしまう訳にはいかないので、正直に答える。挙動不審にでもなっていたのか、その一言だけで店長に贈る相手まで見抜かれてしまった。羞恥で顔が赤くなる。
「そ、それで、お支払いはどうすれば良いかしら? 私はいつも通り、お金でも魔力でもどちらでも構わないわ」
「勿論魔力に決まっているじゃありませんか!」
店長がほくほく顔で、まだ魔力が込められていない魔石をダースで持って来た。店長にも店頭販売用の魔石に魔力を込められる魔術師に伝手はあるのだが、私が魔力を込めた物の方が質が良く、見た目も美しく仕上がるので、高値で売れるのだとか。魔石の加工を待つ間、私は次々と大小様々な大きさの魔石に、それに合った効果の魔力を付与していく。
「お待たせ致しました。こちらで如何でしょう?」
ビロードの小箱に入れて見せられた魔石のピンバッジの出来に、私は満足して受け取った。店長も満面の笑みを浮かべて、私が魔力を付与した魔石を受け取る。
「ありがとうございました! 是非またご贔屓に!」
「ありがとう。また来るわ」
上機嫌の店長に見送られて、私は店を出る。
ピンバッジは至ってシンプルなデザインにしてもらったから、普段使いもできるし、正装した時でも見劣りはしないだろう。騎士団の軍服には装飾品を付けづらいのであれば、下に着るシャツに付けたりポケットの中に入れたりしても、そこまで邪魔にならないと思う。物理攻撃でも魔法攻撃でも跳ね返す結界級の防御魔法を付与しておいたから、きっと仕事の役に立つ筈だ。
(……マーク、受け取ってくれるかな? 喜んでくれるかな? これで仲直りできると良いんだけど……)
結婚してからも、騎士団総帥としてのマークしか見てこなかった事を改めて反省する。もし仲直りできたら、今度は少しずつでもマークの事を知っていきたい。マークの好きな食べ物、趣味、好きな色……。そうすれば、今はまだ程遠くても、何時かは本当の夫婦になれるだろうか?
家に着き、中に入ろうとしたら、玄関の扉に体当たりでもしたかのようにマークが飛び出して来た。
「エマ!! 帰って来てくれたのか!?」
今にも泣きそうなくらい悲愴感に溢れた表情のマークに、私は面食らう。
「ど、どうしたの? マーク?」
「お前が家出したのかと思って……、もう帰って来てくれないかも知れないと思っていたんだ」
「フローラ達に行き先を告げていた筈だけど?」
「いや、だって昨日あんな事になってしまったから……。コールマン伯爵家に行ったとは聞いていたけれど、お前の事だからその後そのまま研究所に行って帰って来ない事だって有り得ると思って……」
(今回はそのつもりは無かったけれども、うん、無いとは言い切れない)
マークの指摘に、私は半笑いになる。
「そ、その……、マークと仲直りしたいと思って、ララに相談しに行ったの。それで、これ……マークにプレゼントしたいんだけど……」
ピンバッジが入った小箱を取り出して差し出したら、マークが目を見開いた。
「これを……俺に?」
マークが恐る恐る手を伸ばして、小箱を受け取る。
「……開けても?」
私が頷くと、マークはそっと大切な物でも扱うかのように、ゆっくりと小箱を開けた。
「こ、これ……!? 本当に俺が貰っても良いのか!?」
「ええ。それ、私が魔力を付与した魔石なの。物理攻撃や魔法攻撃に対する防御効果があるから、仕事で使えると思うんだけど……」
気に入らなかったら、売ってくれても良い。きっと高値で売れるだろうから。
もしそうなってしまったら悲しいけれど、受け取ってもらう事も、身に着けてもらう事も、私は強制できないので、そうマークに告げようとしたら、それよりも早く全身が熱に包まれた。
「ありがとう、エマ……!! 滅茶苦茶嬉しい……!!」
身体を締め付けられて、何が起こったのか分からなかった私は、遅れてマークに抱き締められている事に気が付いた。
「マ、マーク!?」
「うわあぁぁぁごめん!!」
驚いた私が思わず声を上げると、マークは我に返ったように勢い良く後退って私と距離を取った。
「わ、悪かった!! エマのプレゼントが嬉し過ぎて……!!」
顔を赤くしたり青くしたりして、あたふたと慌てるマークに、私は目を瞬かせる。
「え、ええと……じゃあ、仲直り、って事で良いかしら?」
「も、勿論だ!!」
力強く即答したマークに、私は心から安心した。
「……エマ、本当にありがとう。凄く嬉しいよ。絶対に大切にする」
「どう致しまして。喜んでもらえて良かったわ」
気を取り直したのか、嬉しそうな笑顔を見せるマークに、私も微笑み返す。
「お礼に俺もエマに何かプレゼントがしたいな。何か欲しい物はあるか?」
「え? 要らないわよ。特に欲しい物なんて無いし」
「何かないのか? 新しいドレスとか、宝飾品とか、何でも良いぞ」
「この前プレゼントしてもらったじゃない。そう言えばそのお礼がまだだったわね。そのピンバッジでお相子……にはならないわね。私の方が貰い過ぎているわ。マークこそ何か欲しい物はないの?」
そう尋ねたら、マークに信じられないものを見るような目をされてしまった。
「いやお前、このピンバッジの価値分かっているのか!? これだけ大粒の魔石なら最高級の魔法効果がある筈だぞ! しかもこの輝きに透明度! 下手したら国宝級の代物だろう! まともに買ったらドレスや宝飾品とは桁が違う、とんでもない値段になる事くらい、一目見たら分かるだろうが!」
「ところがどっこい、私それに全くお金を出していないのよね。かかった費用は魔力を付与する前の魔石の材料費とピンバッジへの加工賃だけだから、そこまで高くない上に、お代は全部魔力払いでしたものだから、実質タダよタダ」
「……お前の魔力がとんでもないという事が良く分かった」
何故かマークは力が抜けたようにその場にしゃがみ込み、両手で顔を覆って、それから無言になってしまった。




