13.ケリー公爵家
夜会の次の週末、私達は約束通りケリー公爵家にお邪魔した。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「よく来たな」
応接間と思われる部屋に案内されると、相変わらず威圧感満載のケリー公爵に睨まれたが、にっこりと笑みを浮かべてスルーする。
私の事が気に食わないのなら、わざわざ呼び付けないで欲しい。そうしたら私も今頃神経をすり減らす義実家訪問などではなく、楽しい魔法薬作りに精を出せていただろうに。
重厚感漂うテーブルを高級なソファーが取り囲む広い部屋には、ケリー公爵夫人の他にも若い男女が居た。恐らくマークの兄姉だろう。
「結婚式で顔を合わせていた事と思うが、改めて家族を紹介しよう。長男のブレインに、長女のアリスだ」
「マークの兄のブレイン・ケリーです。宜しく」
「こちらこそ宜しくお願い致します」
マークと同じ髪と目の色を持つブレイン様は、筋骨隆々で如何にも騎士という体格のマークとケリー公爵とは違って、意外にも線が細い美青年だった。心なしか、あまり顔色が良くないように見える。
あまり社交界の噂に詳しくない私だが、代々優れた騎士を輩出してきた武芸が得意なケリー公爵家の、嫡男は何故かあまり表舞台には現れず、領地経営に精を出していると言う話を耳にした事くらいはある。だけど、彼について知っている事はそれくらいだ。
「姉のアリスですわ。今はランドルフ侯爵家に嫁いでいるから、滅多に顔を合わせる事は無いと思うけれども」
「そうでしたか。本日はわざわざお越しくださったようで、ありがとうございます」
私の義姉に当たるアリス様は、気が強そうな肉感的な美女だった。結婚する前は、緩く波打つ美しい赤髪とルビーのような真紅の目から『赤薔薇姫』と称され、持て囃されていたとか何とか。私を見る冷たい視線が、ケリー公爵夫人とそっくりだ。
勧められたソファーにマークと並んで腰掛ける。正面のソファーにケリー公爵夫妻が、左右のソファーにブレイン様とアリス様が座り、私は持参した手土産を差し出した。
「こちらつまらない物ですが、どうぞお納めください」
「これは……魔法薬か?」
「はい。私が作りました。マークにも手伝ってもらいましたの」
手ぶらで義実家を訪問する訳にもいかないので、頭を悩ませた結果、休みの日に沢山作ってしまう割には、あまり使う機会が無く、家に有り余っている魔法薬を持って来たのだ。然るべき所に持って行けば高値で売れる、質の良い物ばかりである。
私一人で作った物ならば、何が入っているか分からないとか難癖を付けられる可能性もあるけれども、マークにも手伝ってもらったとなれば、文句があってもマークの手前、言いづらいに違いない。私は持て余している魔法薬を減らせるし、高価な手土産を用意できるし、ケリー公爵家に文句も言われない。一石二鳥、いや三鳥の素晴らしいアイデアである。
「へえ、マークも手伝ったのか。これにはどんな効果があるんだい?」
興味があるのか、綺麗に箱に詰めたうちの一本を手に取り、ブレイン様が尋ねてきた。
「そちらは魔力回復薬ですわ。他にも体力回復薬、治癒薬に、少ないですが万能薬も入っております」
「……疲労に効果的な薬はある?」
「それでしたら、こちらの体力回復薬がお勧めですわ」
ブレイン様は素直に私が勧めた薬瓶を取り出した。
「試しに飲んでみても良いかな?」
「勿論ですわ」
「ちょっと、ブレイン……!」
ギョッとするケリー公爵夫人を尻目に、ブレイン様は勢い良く薬瓶の中身を一気に飲み干した。
「ああ、これは本当に良く効くね! 大分疲れが取れたよ。ありがとう」
(大分?)
顔色が良くなり、笑顔を見せるブレイン様の言葉が、私は気になった。
自分で言うのも何だが、私は作った魔法薬には絶対の自信を持っている。市場で安価で売られているような、効果が中途半端な粗悪品とは雲泥の差で、体力回復薬は完璧に体力を回復させるし、治癒薬はどんな怪我でも治してしまう筈だ。
(それなのに、まだ疲れが残るっていう事は……)
私は貼り付けていた淑女の微笑みの仮面を剥がし、真顔でブレイン様に質問する。
「失礼ですが、ブレイン様はお疲れになりやすい体質なのでしょうか?」
「ああ……そうだね。子供の頃から身体が弱くて、少し無理をするとすぐに寝込んでしまうんだ」
「何かのご病気なのですか? お医者様は何と仰っているのですか?」
「ちょっと、貴女には関係ないでしょう!」
声を上げたケリー公爵夫人を制して、ブレイン様は苦笑を浮かべる。
「先生は、何処も悪くなく、体質的なものだろうって言っているよ。こんな身体だから、父上達のような立派な騎士になる事は早々に諦めたけどね」
「そうですか。では失礼ついでに、ブレイン様の魔力はどれくらいのものですか?」
「何ですの、さっきから立ち入った事をズケズケと! これだからベネット公爵家の人間は!」
ケリー公爵夫人が声を荒らげるが、それでもブレイン様は答えてくれた。
「母上、マークと結婚して義妹となった彼女に、隠すような事でもないでしょう。……俺の魔力はあるにはあるけど、とても少なくて、魔法を使える程のものではないんだ。父上も妹も弟も、身体が強くて火魔法が得意だけど、俺は病弱で魔法も使えない。でも、幸い領地経営には向いているみたいだから、今は父上に代わって領地の殆どを任せてもらっているんだ。それにこれでも一応長男だから、ケリー公爵位は俺が継ぐ予定だけど、俺に何かあったら家を継ぐのはマークになるから、ケリー公爵夫人になる心構えはしておいて損は無いと思うよ」
(それは困る。ただでさえ一生独身で気ままに魔法研究に勤しむ人生を送る予定だったのに。伯爵夫人という立場でさえ辟易しているのに、公爵夫人だなんて冗談じゃない。面倒臭い以外の何ものでもないわ)
力の無い作り笑顔を浮かべるブレイン様に、うっかり口を滑らせてしまいそうになった。危ない危ない。ケリー公爵一家が揃っているこの場でそんな事を言おうものなら、激怒されて永遠に両家の仲が拗れてしまう。
「兄上、そんな事言わないでください」
「仕方ないじゃないか。本当の事なんだから」
「……一応心に留めてはおきますが、その必要は無いと思いますわ」
無難な返答を選びながら、私は自分の考えを確かめるべく口を開く。
「もし宜しければ、私にブレイン様の魔力を診させていただけないでしょうか?」
「何なのよ貴女! 図々しい! いい加減にしなさい!!」
怒鳴るケリー公爵夫人を制したのは、ケリー公爵だった。
「君には何か、考えがあるのか?」
百戦錬磨の強面の威圧感に負けずに、私はケリー公爵を見据える。
「お話を伺った限りでは、ブレイン様の体質には、魔力の流れが関わっている可能性があります。お医者様から病気ではないと診断されているのに、私が作った体力回復薬を飲んでも、疲れが完璧に取れないのがその証拠ですわ。通常の場合、魔力は身体を巡り、魔法を使用する時に放出されますが、この循環が上手く行かずに魔力の流れが滞り、身体に悪影響を及ぼす場合があります。そういう方は往々にして、魔法使用時の魔力の放出も上手くできない為に魔法が使えず、魔力も少ないと診断されがちなのです」
「……では、君ならブレインを治せると?」
「それは診させていただかないと分かりませんわ」
「……良いだろう。では、ブレインを診てやってくれ」
「貴方……!」
ケリー公爵の許可を得て、私は立ち上がり、ブレイン様の隣に座る。
「それではブレイン様、少々お手をお借りしますわ。魔力の流れを診る為に、私の魔力をブレイン様に流す必要がありますが、お互いの魔力の相性が悪いと、不快感や痛みを感じる場合があります。まずは少しだけ流して様子を見ますので、何か異変があるようでしたら仰ってください。その場合は無理をせずに中止し、魔力の流れにも詳しいお医者様を紹介致しますので、改めて診ていただきましょう」
「分かった。宜しくお願いします」
「では始めます」
少しずつ手から魔力を流しながら、ブレイン様の様子を観察する。どうやら魔力の相性は、良くは無いが悪くも無いと言った所か。これなら本格的に流しても問題は無さそうだと思いながら、念の為にブレイン様に確認する。
「如何ですか? 気持ち悪くなったり、痛みを感じたりはしませんか?」
「ああ、大丈夫だ。問題無い」
「では、診察を始めますね」
魔力を増やし、その流れに集中する。思った通り、ブレイン様の体内の魔力は不自然に溜まっていて、その先の流れが細くなっている場所が幾つかあった。
「やはり魔力の流れが滞っている場所がありますね。流す魔力を増やして、滞りを解消します。異変を感じられるかも知れませんが、極力我慢してください。どうしても無理なら仰ってください」
「わ、分かった」
私の魔力で滞っているブレイン様の魔力を無理矢理押し流し、細い流れを押し広げる。流石に苦痛を感じたのか、ブレイン様の手が私の手をきつく握り締めた。正直痛いが、本当に苦しいのはブレイン様なのだ。頑張って耐えていらっしゃるのに、私が中断させてなるものか。
滞りを解消し、魔力が問題無く循環し始めた事を確認して、私は魔力を止めて手を離した。
「滞りは全て解消しました。ご気分は如何ですか?」
脂汗をかいていたブレイン様は、ハッとしたように自分の身体を見下ろし、腕や肩を動かしながら立ち上がる。
「凄い……!! 疲労感が綺麗に消えたよ! 身体が凄く軽く感じる! こんなに気分が良いのは生まれて初めてだ!!」
目を輝かせ、満面の笑みで喜ぶブレイン様を目にして、胸を撫で下ろした私も充実感でいっぱいになった。




