11.国王陛下の夜会
そして訪れた夜会の日。
面倒臭いなと思いながらも、フローラ達の手を借りて、私は綺麗に磨き上げてもらった。
「エマ……とても綺麗だ。良く似合っている」
私の姿を見るなり、目を丸くして息を呑んだマークは、心底眩しそうに私を見つめてきた。
「……ありがとう。貴方も素敵よ、マーク」
お世辞だと分かっているけれども、そんな目で見つめながら微笑まれると、心からの言葉だと勘違いしそうになる。
無難なお礼を返しておいたけど、マークはお世辞抜きで本当に素敵だった。金の刺繍で縁取られた黒のジュストコールは、マークの体格の良さを引き立てている。白いクラヴァットに映えるクラヴァットピンやカフスボタンと言った小物はエメラルドで統一されており、いつもよりも洗練されていて格好良く見えた。
対する私は、マークが贈ってくれた赤のドレス。白いフリルが胸元や袖に付いていて、上品な感じがする……気がする。いや、ドレスの事は良く分からないのだけど。
首飾りに耳飾り、編み込みながら一つに纏めてもらった髪を彩る髪留めにもルビーが使われているし、靴も赤。おまけにドレスの裾にはオレンジの糸で刺繍が施されている。お互いの髪と目の色をふんだんに取り入れているのは良いが、ここまでくるとやり過ぎではなかろうか。いくら私達の仲を知らしめる為とは言え、流石に小っ恥ずかしい。
大人しくマークにエスコートされ、馬車で王宮へと向かう。
さて、仕方がないから開き直って、化け猫でもしっかりと被るとするか。
王宮に着き、マークに差し出された腕に手を絡め、淑女の微笑みを浮かべて足を進める。普段履かない高いヒールの靴は歩きにくいけれども、一晩我慢するくらいならどうって事は無い。
会場に入ると、私達に気付いた人々がざわめき始めた。
「マーク・モルガン伯爵だ……! じゃあ、隣にいるのがエマ・モルガン伯爵夫人か!?」
「嘘だろう!? 彼女があのモルガン魔法研究所所長なのか……!?」
「そう言えば、彼女はローブ姿しか見た事が無かったな……!」
耳に入ってくるざわめきを聞きながら、そう言えば私はエマ・モルガンになったんだっけか、と改めて思う。職場でモルガン所長と呼ばれても、今一つ自分の事だとピンと来なくて反応が遅れる。改姓手続きとかも色々と煩わしかったし、やっぱり結婚って面倒臭い。
(エマ・モルガンねえ……。慣れないわ……)
意識しておかないと、挨拶時にうっかりエマ・ベネットと名乗ってしまいかねない。何だか気が重くなってきた。やっぱりもう帰っても良いかな?
「エマ! お前達も来ていたのか」
私達を見付けたお父様とお母様が近付いて来た。
「エマ、貴女どうしたの? 夜会に出席するなんて珍しいじゃない」
「国王陛下から頂いた招待状に、ご丁寧に私の名前まで記されていたのよ。来ない訳にはいかなかったわ」
「ああ、それでか……」
納得したように苦笑する私の両親。
「ベネット公爵、それに公爵夫人、ご無沙汰しております。結婚式の時以来、碌にご挨拶もできずに申し訳ありません」
マークが緊張した様子で、深々と私の両親に頭を下げた。
「ああ、気にしなくて良い。ずっと険悪だった両家の仲を、いきなり取り持てだなんて気が重いだろう。まずは二人が仲良くなってから、ゆっくりと家同士の付き合いに発展させていきたい、と言う二人の意思を、我々は尊重するよ」
意外とマークに友好的なお父様の態度に、私は少しばかり戸惑う。
「それにアラスターから聞いていますわ。エマは昔から魔法に関する事に一度集中したら、周りの事が一切入ってこないのに、モルガン総帥が毎日研究所に来て気付かせてくださるお蔭で、漸く人並みの生活ができるようになっているとか。貴方は娘の恩人ですわ」
嬉しそうにお礼を言うお母様に、私は複雑な気持ちになる。
「不束でマイペースで魔法にしか興味を持たない、少々変わり者の娘ですが、どうかこれからも見捨てないでやってくださいませ」
「私からも宜しく頼む、モルガン総帥」
「は、はい! お任せ下さい!」
マークに頭を下げる私の両親。結婚式の時はマークを敵視していたのに、えらい変わり様である。
(何か、私よりもマークの事を歓迎していない……?)
国王陛下にご挨拶しに一緒に移動しながらも、私をほったらかしてマークと楽しそうに会話する両親に、ちょっと不貞腐れたくなった。
国王陛下の所に赴き、夜会にご招待いただいたお礼を述べる。私達は仕事で陛下のお顔を拝見する機会も多いので、挨拶は簡単に済ませた。
「今日は来てくれたのだな、モルガン所長。二人も少しは仲良くなったみたいで、何よりだ」
寄り添う私達の姿を見て、国王陛下は嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「陛下へのご挨拶も終わった事だし、一曲踊らないか? エマ」
国王陛下の御前を失礼すると、何処かそわそわした様子でマークが誘ってきた。まあ、今日の夜会の目的を考えると、当然と言えば当然なのだが、緊張でもしているのだろうか?
「ええ。喜んで」
淑女の微笑みを浮かべたまま、マークが差し出してきた手を取り、ダンスフロアに進んで踊り始める。
「……意外と上手いんだな」
踊り始めてすぐ、マークが目を丸くして言った。
「当たり前でしょ。一応公爵家の娘として、一通りの淑女教育は受けていたもの」
「いや……、お前の事だから、淑女教育を放り出して、魔法研究をしていてもおかしくはないと思っていたんだ」
バツが悪そうに告げるマーク。どうやら大分私の事が分かってきたらしい。
「お母様が授業を終えてからでないと、魔法研究をしてはいけないって厳しかったの。早く魔法研究がしたかったから、猛スピードで課題を終わらせていたわ」
「ああ、そういう事か……。本当、お前の魔法への執念って凄まじいよな……」
苦笑を浮かべながらも、ダンスをしている間のマークは、何処か楽しそうだった。
曲が終わり、喉の渇きを覚えて飲み物でも取りに行こうかと思った時だった。
「久し振りだな、マーク」
「ああ、お久し振りです、父上、母上」
厳めしい顔で私達に声を掛けて来たのは、ケリー公爵夫妻だった。思わず顔が引き攣りそうになるのを懸命に堪えて微笑みを保つ。
「ご無沙汰しております、ケリー公爵、ケリー公爵夫人」
我ながら完璧な淑女の礼を披露したが、私に注がれるお二人の視線は、以前と変わらず冷たいままだった。
「ケリー公爵、その後お身体の具合は如何ですか?」
確かケリー公爵は、私達の政略結婚の話を聞いて憤りのあまり倒れていたんだった、と思い出して尋ねてみる。
「フン。君に心配される程、やわな身体をしていない」
「そうでしたか。お元気そうで何よりです」
相変わらず威圧感を放ちながら私を睨み付けてくるケリー公爵の視線を、にっこりと笑って受け流す。
「マークと結婚しておきながら、我がケリー公爵家に挨拶にも来ないなんて。余程お仕事がお忙しいのかしら? そんな事で栄誉ある騎士団総帥の妻が務まるのかしらね?」
「申し訳ございません。私がご挨拶に伺えば、ケリー公爵の具合がより悪化してしまうのではないかと心配しておりましたの」
ケリー公爵夫人の嫌味には、私も嫌味で返してやる。今思い付いた言い訳だが、どうやら私の発言は的を射ていたらしく、お二人の口元が僅かに引き攣った。
「父上、母上。俺達の結婚は両家の仲を結ぶ為のものです。もう少しエマに対する態度を改めていただかないと、ケリー公爵家は王命に従う気は無いと、国王陛下に誤解されてしまいかねませんよ」
マークが一歩前に進み出て、私を背中に庇うようにして言った。
「マ、マーク、私は別にそんなつもりは……」
「そうだぞ。お前の気にし過ぎだ。儂は誰に対しても態度は変わらん。……まあ良い。近いうちに我が家に挨拶に来るように」
ケリー公爵の言葉に、ギョッとした私は思わず淑女の仮面が外れかかる。
「父上、前にも言ったように、まずは俺達二人が仲良くなってからと……」
マークも焦ったようにケリー公爵に抵抗している。
(良いぞ! もっと言え!)
「あら、貴方達が仲良く一緒に通勤したり、休憩時間中に一緒に食事をしていると言う噂は、私達の耳にも入っていてよ。それくらい関係が良好なら、問題ないのではないかしら」
(ちょっとおぉぉ! あんたのせいよどうしてくれるのよ!)
ケリー公爵夫人の指摘に、私は思わずマークの背中を睨み付けた。
「そ、それは……」
「それにお前達の服を見ても、順調に仲を深めている様子ではないか」
(やっぱりやり過ぎだったのよ……!)
ケリー公爵の指摘に内心で頭を抱えたが、マークの好きにさせていた私にも責任はある。マークが完全に言葉に詰まってしまったのを見て取った私は、マークの背中に隠れたまま小さく溜息を吐くと、腹を括ってマークの隣に立った。
「……畏まりました。後日お伺い致しますわ」
全力でお断りしたかったが、どうせいずれは通らなければならない道だ。微笑みを浮かべた私の返答に一旦は満足したのか、ケリー公爵夫妻は頷いて去って行った。
「エマ、俺の両親がすまなかった。無理をする必要は無いからな」
「良いわよ。もう行くって言ってしまったもの」
「すまない……。何か嫌な事があったら、すぐに俺に言ってくれ。俺がエマを守るから」
マークに両手を握られ、真剣な目で言われて、一瞬ドキッとしてしまった。
「あ……ありがとう。頼りにしているわよ」
「ああ! 任せてくれ」
嬉しそうに笑みを見せるマークを何だか直視できなくなって、私はそっと視線を逸らした。
何とも面倒な事になってしまったが、まあ何とかなるだろうと思い直す。向こうが友好的な態度を取ってくれるのなら私も礼を尽くすつもりだが、喧嘩を売ってくるのなら買ってやるまでだ。
そう決めた私は、未だに私の両手を握っているマークの手を今すぐ振り解いてやろうかと思ったものの、先程私を庇ってくれた広い背中を思い出し、まあ良いかとそのままにしておいてやった。




