10.夜会の招待状
(はあ……。今週は何だか仕事した気がしないな……)
休日、私は魔法薬を作りながら、気を緩めれば溜息が出そうになるのを堪えていた。
今までは好きなだけ魔法研究に打ち込めていたのに、マークとお兄様が手を組んでしまったせいで、今週は昼休憩の時間になるときっちり昼食を摂らされ、定時を過ぎれば迎えに来たマークに強制的に家に帰らされる日々だった。お蔭で研究が大幅に遅れてしまっている……と言いたい所だが、何故か就業時間中の集中力と効率が上がったのか、思っていたよりは遅れが少なく、私が不完全燃焼だと感じているだけだと言われかねないので、二人に文句も言いづらい。
(あーあ、思う存分魔法研究したーい休日出勤したーい昼夜問わず仕事したーい……)
何故今日は大人しく休んでいるのかと言えば、マークに咎められたからである。新婚なのに私が休日出勤してしまったら、私に歩み寄る気が無く、やはり私達は仲が悪いままなのではないかと国王陛下に思われてしまうとか何とか。仕方なくオリヴァーが収穫して天日干しにしてくれていた材料を使って、魔法薬作りに精を出してはいるものの、今週は徹夜をしていない為に回復薬を使う必要が無かったので、薬はどんどん増える一方である。そのうち保管場所に困ると、フローラ辺りから文句を言われてしまうかも知れない。
「はい、こっちは終わったぞ」
「あ、ありがとう。次はこれ宜しく」
かと言って、他にする事も無いので、マークに手伝われながら魔法薬を作り続けている。
全く、マークも別に手伝わずに、少しずつ引き継いでいると言うモルガン伯爵としての仕事とやらをすれば良いのに。こうして傍で手伝いながら見張られていたら、隙を見て家を抜け出して研究所に行けないじゃないか。
「旦那様、奥様、お手紙が沢山届いております」
手紙の束を手に厨房にやって来たのは、執事のサイラスだ。マークが手を止めて受け取り、中身を確認していく。
「どれもこれもお茶会や夜会の招待状だな。どうやら皆、俺達が結婚した事が余程気になっているらしい」
「無理もありますまい。ヴェルメリオ国の二大公爵家出身のお二人がご結婚された事は、今社交界で最も話題になっておりますから」
マークとサイラスの会話に、私はげんなりしてしまった。
「マーク、あんたが行く行かないは勝手だけど、私は全部パスでお願い」
「おい、俺達は新婚なんだから、行くなら夫婦一緒にだろう」
「嫌よ。夜会なんて面倒臭い。ドレス選びやら化粧やら入念に支度して、表面上はにっこり笑ってお世辞の言い合いに腹の探り合いをしているような無駄な時間を取られるくらいなら、全部魔法研究に充てたいわ」
「お前、それで今まで夜会に出席しなかったんだな……」
マークが呆れたように頭を抱えている。
「そうよ。お父様達に代表で行っていただいたり、仕事にかこつけて断ったりしていたわ」
「全く……。分かったよ。最低限のものだけに絞って……っと、これは流石に断れないな」
マークが私に見せてきたのは、国王陛下主催の夜会の招待状だった。ご丁寧に、マークと私の二人の名前が記されている。
「うげっ……。何とかして断れないかしら? それか、マークだけ代表で行ってもらうとか……」
「できる訳ないだろう。他のものなら兎も角、国王陛下直々のご招待だぞ。ここは二人揃って出席して、仲直りしたとアピールしておかないと」
「で、でもほら、国王陛下とは二人共割と仕事で顔を合わせているし、最近は喧嘩している所も見られていないんだから、ある程度分かってくださっているんじゃないかしら……?」
「だからって夜会に出なかったら、やはり表面上だけなんだって思われてしまうんじゃないか? それに、アピールするのは国王陛下だけじゃなくて、貴族連中にもしておく必要があるだろう。そう考えたら絶好の機会じゃないか? どうせ国王陛下相手に断る事なんてできないんだから、この夜会にだけは出席して、俺達が仲良くしている姿を周囲に見せ付けておけば、後は何かと理由を付けて断ってしまっても問題は無いだろう」
何とか夜会から逃げたかったが、国王陛下から直々に指名されてしまったのなら仕方がない。こうなったらマークの言う通り、最小限の手間で最大の効果を発揮する為に、この夜会にだけは出席するしかない。
「分かったわ。その夜会にだけは出席しましょう」
溜息をつきながら私が答えると、何故かマークもサイラスも嬉しそうに目を輝かせた。
「そうか! じゃあ早速エマのドレスを仕立てないとな!」
「はい。では至急腕の良い仕立て屋を呼び寄せましょう」
「え? ちょっと、わざわざ新しくドレスを作る必要は無いわよ? つい最近お母様が仕立ててくださったばかりの物が幾つかあるから」
そう、流石にデビュタントの時は夜会に顔を出したものの、それ以降は魔法研究をしたいが為に全てすっぽかしていた私は、着る機会も無いドレスなど作る必要も無く、碌に持っていなかった。だが結婚が決まった時に、流石にまともなドレスが一着も無いのは公爵家の娘として恥ずかしいからと、お母様が用意してくださったのである。
「え? ……だ、だが、夫婦として出席する初めての夜会だし、俺達の仲が良いとアピールするのなら、俺が贈ったドレスを着てもらった方が、より効果的だと思うんだが……」
急に明らかに肩を落としつつ、捨てられた子犬のような目で私の顔色を窺ってきたマークに戸惑う。
折角最近作って一度も袖を通した事が無いドレスがあるのに、そんな余計なお金を使わなくても良いんじゃないかと思ってしまうが、夜会に出席する目的を考えると、確かにマークが言う事にも一理ある。
「……まあ、くれるって言うなら、有り難く貰っても良いけど……」
私の言葉に、マークは再び目を輝かせた。
「そうか! なら、是非贈らせてくれ。サイラス、仕立て屋の手配を頼む!」
「はい、畏まりました」
そうしてあれよあれよと言う間に、その日の午後には仕立て屋がやって来て、私は採寸され、見本のドレスを試着しながらの意見交換が始まった。
「こちらにお持ちしたドレスの中で、奥様のお気に召した物はございますか?」
「えーと……どれも素敵だと思うわ」
着せ替え人形のようにあれこれ試着させられ、疲れ果てた私は苦笑しながら答える。今までドレスに全くと言って良い程興味が無かった私に、ドレスのセンスを求めないで欲しい。
「俺は二番目と五番目に試着したドレスが良いと思うな。五番目の物は胸元や袖のフリルがエマの雰囲気に合っていると思うが、二番目のような露出が少ないドレスの方が良い」
「分かりました。では二番目のドレスを主体に致しまして、五番目のようなフリルを付ける方向に致しましょう。奥様はドレスの色や細かい部分のデザインに何かご希望はございますか?」
「ええと……特に無いわね……」
「色は赤かオレンジ……いや、赤の方がエマは似合いそうだ。フリルの部分は白が良いな」
「赤かオレンジ……ああ、旦那様のお色を取り入れるのですね。では、赤のドレスにオレンジの糸で刺繍をするのは如何でしょう?」
「それは良いな!」
何故か私よりもマークが楽しそうに次々と希望を口にしている。
……まあ、お金を出すのはマークなんだし、好きにしてくれれば良いんだけど。
「ああ、それから、このドレスに合う靴やアクセサリーも幾つか見せてもらえるか?」
「はい。こちらにお持ちしております」
(まだ試着するの!?)
その後、私は靴もあれこれと履かされ、結局マークはドレスだけじゃなく、靴やアクセサリーまで一緒に注文してしまった。
……まあ、私は別に何でも良いんだけど。




