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1.先祖代々犬猿の仲

「……マ……エマ……おいエマ!!」

 右腕を掴まれ、肩を揺さ振られて耳元で叫ばれ、作業に没頭していた私ははっとして顔を上げた。


「え? お兄様?」

「え? じゃない!! お~ま~え~! 俺が昨日あれ程言っておいたのに、また徹夜したな!!」


 お父様譲りの艶のある黒い短髪に、お母様譲りのサファイアのような青い目、女性にも人気がある折角の端正な顔立ちを、鬼のような形相に変形させたお兄様に怒鳴られ、急いで研究室の窓の外を見た私は、とっくに朝日が昇っている事に漸く気付いて愕然とした。


「え、嘘!? もう朝になってるのおぉぉ!?」


 私はエマ・ベネット。先祖代々魔法に優れた由緒あるベネット公爵家に生まれた。その例に漏れず私も幼い頃から魔法が大好きで、三度の食事や睡眠そっちのけで強過ぎる魔法への探究心を拗らせまくった結果、今ではヴェルメリオ国随一の魔法研究所の所長として、来る日も来る日も好きなだけ魔法研究に明け暮れられる理想的な環境を手に入れている。

 ……が、しかし、この地位には代償が付き物で。


「お兄様お願いです!! 今日の朝一の会議はお兄様が代行で……」

「所長であるお前が絶対に出なきゃならない会議だから代行は無理だって言ったよな!」

「そ、そう言えばそうだった……」

 もうすぐ始まる会議から逃げられない事を思い出した私は、一気に気が重くなった。


 魔法以外は全く興味を持てない私は、重要な会議の最中でも、ついつい研究している魔法について考え始めて話を聞き流してしまったり、普段の睡眠不足が祟ってうとうとと船を漕ぎ出したりしてしまう。貴重な魔法研究の時間が削られるし、私には向いていないので、副所長であるお兄様が代わりに出席してくださった方が、余程スムーズに事が運ぶと思うのだが。


「俺は昨日視察に行く前に、せめて今日は少しでも寝ろって何度も釘を刺したよな! お前昨日も徹夜していたよな! 二徹で会議になんか出たら、お前絶対寝てしまうよな!!」

「ごめんなさい……。ちょっとだけ、切りの良い所まで進めたらちゃんと寝ようって思っていたの……」

「その言い訳は聞き飽きた!!」

 怒鳴り声を上げていたお兄様は、心底呆れ切ったように深い溜息を吐き出した。


「仕方ない……。視察に行ったのは俺なんだから、報告も兼ねて俺も同席させてもらうか……。お前一人を出席させたら、絶対に途中で寝て大恥をかくのは目に見えているからな……」

「ありがとうお兄様! お兄様が副所長で本当に良かったわ」

「全く……。さっさと支度して来い。どうせ昨日は風呂にも入っていないんだろう?」

「あら、そんなの面倒だし時間がかかるわよ」


 言うが早いか、私は頭の天辺から足の爪先まで服ごと浄化魔法をかけた。身支度なんてこれで十分だ。


「……お前、一応公爵令嬢なんだから、もう少し身だしなみに気を遣ってくれ……」


 頭を抱えるお兄様を尻目に、私は魔法研究所の制服である黒いローブに付いているフードを深く被り直した。このフードはとても重宝している。何しろ浄化魔法では消せない目の下の隈を隠してくれるし、口元だけ何とかすれば、化粧をする必要もなくなるからだ。常態化している研究室での仮眠の後、髪に寝癖がついていても、瞬時に隠してくれる優れものなのである。

 大分前、三徹した直後に国王陛下にお目にかかった際に、お付きの方にフードを脱げと咎められたが、脱いだら何故か顔を引き攣らせた陛下から、フードを常時被っていて良いとのお墨付きを得た事もあって、これが私の定番スタイルになっているのだ。


 眠気覚ましのコーヒーだけ飲んで、私はお兄様と一緒に研究室を出た。これから会議だと思うと気が重い。そして集中力が切れてしまった事で、途端に眠気が襲ってくる。


「……会議の内容は俺が把握して後で伝えてやるから、会議の間だけは寝ないでくれよ」

「いつも申し訳ありません、お兄様。助かります」


 歩きながらでも気を抜いたら閉じてしまう瞼を懸命に持ち上げながら会議室を目指していると、途中で嫌な奴に出くわした。


「これはベネット所長とベネット副所長。お二人が一緒の所を見ると、今日の会議もまたお二人でのご出席ですか? 相変わらず魔法しか取り柄が無く一人では何もできないご令嬢と、その尻拭いに追われる過保護な兄君と見える」


 嫌味ったらしい声の主は顔を見なくても分かる。マーク・ケリー騎士団総帥だ。燃えるような赤い短髪に、鮮やかなオレンジ色の目、しっかりと鍛えられた筋肉を身に纏った体格の良い男を睨み付ける。

 ヴェルメリオ国の双璧をなす、魔法を得意とするベネット公爵家と、武芸を得意とするケリー公爵家は、先祖代々犬猿の仲だ。同い年である私達も、子供の頃から何かにつけてずっと比較され続けてきたせいで、長年互いに対抗心を燃やし、手柄を競い張り合ってきた、目の上のたんこぶなのである。


「あらケリー第一騎士団長。ああ違った、最近総帥に昇進されたばかりでしたっけ? そんなまだ青二才な貴方も今日の会議に出られるのかしら? 先祖代々脳筋なのだから、高度な議論が飛び交う会議など、出るだけ時間の無駄じゃなくて?」

「そちらこそ出るだけ時間の無駄だろう。国王陛下もご出席なさる会議だと言うのに、毎回身が入る様子も無く、聞いているのかいないのか分からないような有様ではないか。魔法研究所所長失格としか思えないが?」


(げ、バレてた)

 痛い所を突かれたが、これくらいで怯むような私ではない。


「魔法研究所は完全に実力主義ですから。私だってお兄様に所長になっていただいた方が、魔法研究に全ての時間を費やせるのですが、魔法に関しては私の右に出る者がおりませんので仕方ありませんわ。それに副所長であるお兄様だって、私と同様に優秀な頭脳をお持ちなのですから、お兄様にも会議に出席していただいた方が議論もより深まるというもの。腕っぷしだけしか取り柄が無い何処ぞの筋肉馬鹿とは違いますわ」

「何だと!?」

「あら、お心当たりがお有りなのかしら?」


 私はほくそ笑む。簡単な挑発で激昂するあたり、自分がその筋肉馬鹿だという自覚はあるようだ。


「ぐっ……言っておくが、騎士団だって完全に実力主義だ! 剣の腕は勿論だが、それに加えて知略も巡らせられる頭脳が無ければ、騎士団総帥という地位まで昇り詰める事は不可能だからな!」

「あらそうでしたの。意外ですわ。私が魔法研究所所長に就任してからというもの、何かにつけて作戦の立案や計画の修正はほぼ全て、私とお兄様が主体になって行ってきたように思うのですが?」

「くっ……! 相変わらず口だけは達者なようだな! この陰険魔術師共め!」

 ケリー総帥は悔しそうに私達を睨み付けて捨て台詞を吐くと、足早に会議室に向かって行った。


「口喧嘩で私に勝てた事など無いのだから、いい加減学習すれば良いのに。毎回毎回出会い頭に突っかかってくるのも止めてもらいたいものだわ」

「言っておくがエマ、あの男が言っている事は、遠からず的を得ているからな。突っかかられるのが嫌なら、日頃から突っ込まれる要素を無くす努力くらいはしろ」

「はぁい……」

 あの男を言い負かしてやった達成感に浸る間もなく、お兄様に水を差され、私は口を尖らせる。


 あの男のせいで朝から不快な思いをさせられ、私は不貞腐れながら会議室に入室した。苛立ちのせいで眠気が覚めた事だけは唯一の救いだった。

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