九代真祖ベル
「で、お前は悪魔の九代真祖の1人、ベルとどういう関係なわけ?」
兼合さんは外に出てきてすぐ適当な公園のベンチに僕を座らせると自販機で買ったコーヒーを投げて寄越して僕の隣に腰をおろして単刀直入に聞いてきた
悪魔というのはいつからいるのかはわからないとされているがその中でも永く存在が確認されている九体の悪魔がいる
今の男はその中の1体、ベルと呼ばれる悪魔だ
核を破壊されれば記憶と一緒に真名が見えるので悪魔があえて偽名を使う理由はないがこいつの場合恐らく真名ではないだろう
そしてあいつは僕の
「僕の家族の仇です、僕の家族はあいつに目の前で皆殺しにされた、まぁ正確には死んでないですが起きないんだから死んだも同然ですよね……だから僕はあいつを殺すために、復讐のために因畏会に入りました、貴方に取り入ろうとしたのもあいつを殺す時に役に立つだろうと思ったからです」
僕はさっきあの悪魔に遮られた先の話を一息に話しきると缶コーヒーのプルタブに指をかけて開け一口飲んだ
ブラックコーヒーの苦味が口のなかにじわりと広がる
「ふーん、あのクラスの悪魔が一般家庭を襲うなんてそうそうないはずなんだが……腹が減ってたのか?」
「ははっ、そんな理由じゃありませんよ、折角だからお話ししますよ、どうして僕の家族が殺されたのか」
そこまで言ってから僕は止められる間もなく話し始めた
「僕の家族はみんな、父も母も兄も悪魔と共存できると考える人達でした、まぁ僕もそんな家で育ったんだから当たり前のように悪魔と共存出きると思ってましたよ、今考えれば反吐が出そうなくらい甘い考えですよね、そして、あれは僕が小学校に入学して少しした位の時だったかな、隣の家にあいつが引っ越して来たんです、家族を皆亡くしてしまい独りで引っ越してきたのだと、我が家は皆お人好しでしたからそんな話を聞けば放ってはおけなかったんでしょう、何かにつけてあいつに構うようになりました、そしてあいつも笑ってそれを受け入れていた、それからはいい隣人関係を築いていきました、一緒にお祭りに行ったこともあるし庭でバーベキューなんてこともありましたね、そんな風に仲良くしてたはずだったんですが僕が小学五年生くらいのとき、僕の誕生日パーティーが開かれることになって当然あの男も呼びました、パーティーは順調に進んでろうそくの薄明かりのなかケーキの火を吹き消して真っ暗になり電気が付いたとき、そこは地獄絵図に変わっていました、見たこともないような虚ろな目をして椅子に座る家族とそれと反比例するように笑顔を浮かべるあいつ、時間が止まって息が出来なくなったように感じました、みんなの名前を叫んでも誰も返事を返してくれなくて、そんな僕にあいつは言いました」
「誕生日おめでとう、これが私からの誕生日プレゼントだよ、喜んでもらえたかな? 沢山遊んでくれたお礼に、まぁたいして面白いものでもなかったが、じゃあ、また遊ぼうね」
「そう言ってあの男は消えました、その後のことはよく覚えていませんがもう家族と笑いあうことが出来ないんだということはよくわかりました、それからは因畏会の人に保護されて小学校、中学校と義務教育を受けて卒業して、因畏会に入ってあの男に復讐するために必死で勉強して畏因会に入った、そんな感じで今に至るわけです、だからあいつは腹が減ったとか機嫌が悪かったとかそんなことじゃなくて、そんなことすらなかったのにただの気まぐれで僕の家族を殺したんです」
はい、話は終わりですと僕は最後に言うと残りのコーヒーを一息に飲みきった
「……やっぱ真祖は何考えて行動してるのかわからねぇな、気持ち1つで国を滅ぼす奴もいれば逆に守ろうとするやつもいたりする」
兼合さんはそれだけ言うとため息を吐いて天を仰いだ
「ベルは真祖として古くから認識のある悪魔だから残っている情報も多い、ただ行動にむらっけがあるというかなんというか、しばらく年単位で残心すら発見されないときがあったかと思うと小さな町1つ潰して見せたり、いる国や地域も年表によってバラバラだ」
そう言って兼合さんはぶらぶらと手を振る
「詳しいですね」
「これでも封鬼委員の庶務長だからな、永く生きてる悪魔のことはある程度把握してる」
「無駄に変なところのスペック高いですよね兼合さんって……」
「バカにしてんのか?」
「誉めてるんですよこれでも」
僕はははっと笑う
「……まぁなんだ、折角色々話してくれたんだから俺も特別に1つだけならなんでも答えてやるよ、お前が興味のあることあればでいいけど」
「え、いいんですか?」
僕はつい驚いて聞き返してしまう
兼合さんが自分のことを話したことなんてないどころか自発的に話題を振ってくることなんてバディになって3週間ちょっとだが一回もなかったことだ
「ああ」
兼合さんは一言だけ返してプイッとそっぽをむいてしまった
「……ありがとうございます」
それを見て彼なりに僕に気を使ってくれたのだということが見てとれてやっぱりこの人は優しい人なんだと実感する
「ほら、気が変わらないうちに早くしろよ」
「……んー、じゃあせっかくなんで真剣に1つ聞いてもいいですか?」
「ああ」
「じゃあ聞きますね、兼合さんは何故そこまで人のために命を賭けられるんですか?」
僕は1つ咳払いをしてから切り出した
「あ? そんなことでいいのか?」
「はい、僕は自分のために畏因会に所属して悪魔の駆除をしていますが兼合さんは違いますよね? だから不思議なんです、何故他人のために死ぬかもしれない場所に飛び込んでいってそこまで出来るのかが」
ずっと気になっていたことだ
兼合さんは人のために動く
自分のために動いている僕とは正反対だ
その行動原理はいったいどこにあるのだろうか
「俺はな、自分が不幸だったとは思わない」
「……え?」
「片親だったしその親は親でネグレクトが酷いし親の連れてくる男はよく殴ってきた、貧乏だったから学校では虐められたし、親ネグレクト酷かったって言ったろ?でもそんな奴でも親は親、ガキだった俺は腐っても俺の唯一の家族だと思っていたそんな母も俺が中学の時にひき逃げて死んだ」
「……」
「回りの大人は俺に同情したし薄幸な子だと言ってきたさ、それでも漫画やアニメの登場人物、いや実在する人間、たとえばお前な、そんな奴らと比べれば俺なんて全然不幸じゃないだろ?」
「……」
僕ははいとは言えなかった
どっちのほうが不幸かなんてそんなの比べられなかった
「でも頭のなかではわかっていても心っていうのは知らず知らずに弱っていたんだろう、ある日心の底から楽しいと思ったことだってあった筈なのに生きている理由がわからなくなった、でも死ぬ理由はあった、でも死は選べなかったんだなこれが」
「……何故ですか?」
「何故? いっぱい理由はあった、死んだ後のことまで考えすぎて死ねなかった、でも一番の理由はこれだろうな、母が死んだとき小さい葬式で心の底から母の死を悔やんでる奴なんてひとりもいないように思えた、だから今、俺が死んだとしても誰も悔やんでくれはしない、誰も悲しんでくれやしない、誰も覚えていてくれはしない、そんなの嫌だったんだよ、だから捨てても構わないこんな命なら命を賭けて誰かを守って死にたいと思った、それは悪魔からでも交通事故からでも何でもいい、何かから人を守って死ぬ、俺がいた印を残すために、感謝されながら死ぬために、それが今の俺の目的、だから人を助けてる、それだけだ、結果を言えば俺は俺のために人を助けてるってことだ」
聞いていれば兼合さんの言いたいことは伝わってきた
それでもどこか頭のネジが外れていないと出てこない発想だ
この人も僕と似たようなものなのかもしれない
でも聞いていて思ったことが1つだけあった
「兼合さんは何故助ける対象を人にしたんですか? 初めて会ったあの日兼合さんは言いましたよね、悪魔の行動は悪ではないと、それなら社会的に悪とされている悪魔を守ろうとは思わなかったんですか?」
これが純粋に沸き上がった疑問だった
「あー、確かに誰かに感謝されながら死ねれば相手はなんだっていいな、でもそうならなかったのは……人の前に立つことを決めたのは何でだろうな、単純に人を嫌いになりきれなかったから、ってことなのかもしれないな」
そう言って兼合さんは軽く笑った
それは出会ってから初めて見る穏やかな笑顔だった
「……意外と色々考えてらっしゃるんですね」
「馬鹿にしてんのか?」
「誉めてるんですよ、何て言うんですかね、上手く言えないですけど僕はそういうの良いと思いますよ」
「……あっそ、じゃー答えたんだからこれで終わりな!」
兼合さんはプイッとそっぽを向いて歩き出してしまった
これはさすがの僕でも照れているだけだということがすぐにわかる
「……もう用事ないから俺は帰るけどお前は?」」
兼合さんはそう言ってちらりとこちらの様子を見る
「僕も帰りますよ、今日は嫌なやつにあっちゃいましたしね」
そうして僕たちは帰路に着いた
最悪な奴には会ってしまったが兼合さんのことを少し知れたことは素直に言えばまぁ嬉しかった
それだけで頑張ってチケットを手に入れたかいはあっただろう