獅子と笹守
「火がヤバイな……」
現場に到着して様子を見た兼合さんがぼそりと呟く
燃えていたのは普通の一軒家
火の勢いは強くなり他の家にも飛び火しそうなぐらいだ
そして回りには野次馬とそれを制している雑務と数組の封鬼委員と美化委員のペアがいる
「消防にはもう連絡がいっています、しばらくしたら到着すると思いますが……」
「ていうかこんだけ封鬼委員がいる上で俺まで呼ばれるとかかなり力の強い悪魔なんじゃねぇか?」
「そうですね……」
「けっこう集まってきたね!」
そんな会話をしていればこの場にはとても似つかわしくない明るい声が聞こえた
その場にいたほとんどの者が声のしたほうに顔を向ける
「火を付けただけで獲物がそっちから寄ってきてくれるんだから人間って馬鹿だよねー」
声を上げたものは燃え盛る家の屋根の上に立っていた
その男は目も髪も燃え盛る炎のように真っ赤で腕に一匹の赤い蛇を巻き付けていた
そしてその赤い片目の下にある小さい星の模様が特徴的だった
それを確認した封鬼委員はそれぞれ武器を構える
だが兼合さんは刀に手を置いただけで抜くことはしない
「武器なんて構えてる場合じゃなくない? 火を消さなきゃもっと燃え広がるし、何よりこの家の中にはまだ子供が一人残ってるよ? 助けに行かないでいいのかな?」
そう男は言ってけらけらと笑う
「お前は俺が戻るまで下がってろよ」
「え? 兼合さん!?」
それだけ言うと兼合さんは止める間もなく家の中に飛び込んでいった
「あはは! 一番面倒臭そうなのが勝手に死にに行ってくれたね、後はー、まぁ問題ないかな、ちゃっちゃと殺してちゃっちゃと食べちゃおうか」
男はそう言うと炎を纏った大剣を抜いた
「えっ……」
大剣を抜ききった瞬間屋根の上から男が消えた
「うわっ!」
ギインッ!
男の軽い叫び声と鉄と鉄が激しくぶつかる音が響く
そちらを見れば屋根から一瞬で降りてきた男の攻撃を一人の封鬼委員が剣で受け止めておりそのまま封鬼委員数名と男の戦いが始まった
「皆さんはできる限り離れてください!!」
残った雑務と僕達美化委員は集まっていた野次馬を避難させることを優先する
だがいきなりのことで野次馬達はほぼパニック状態でありなかなか思ったように動いてはくれない
「だから馬鹿だなぁ、ただの火事だと思って野次馬してるところに悪魔が出てきた、しかも目の前で人が死ぬかもしれない、そんな奴らの統率が取れるわけないじゃん!」
男は数人からの攻撃を軽くいなしながら一人の封鬼委員の腕を力強く切った
「ぐわぁ!!」
だが腕が飛ぶことはなかった
切られた腕は力なくだらりと下がり見えている手は真っ黒になっている
悪魔の攻撃は身体を破壊するものではない
悪魔から受けた攻撃は精神へダメージを与える
剣での攻撃であれば切られたところは黒ずみ激痛に襲われる
今のように腕を切り落とせばその先の部分が黒ずみに変わり力が入らず動かせなくなる
「ちょっと弱すぎるんじゃないかな?」
封鬼委員は数名、悪魔は1体なのに状況は明らかに劣勢である
兼合さんはまだ戻ってはこない
このままでは死人が出るかもしれない
「っ! 兼合さん!! 早く戻ってきてください!!」
僕はどうしようもなくなり大声で家の中に叫んだ
「誰だぁ! あの塵の名前を叫んでる奴はぁ!!」
そんな僕の叫び声に返ってきた返事は初めて聞く声だった
ドゴォ!
その声のすぐ後に大きな衝撃音が辺りに響く
衝撃音の後に悪魔の立っていた場所に大きな土埃がたつ
土埃が晴れたその場には派手な金髪の男性と小柄な少女が立っていた
男の手には大剣が握られておりどうやらそれで悪魔の立っていた場所に攻撃をしたようで地面が大きく抉れていた
「新手かぁ、ちょっとめんどそうなの来たな……時間かけすぎると餌逃げちゃうんだけど」
悪魔自身はすんでのところで避けて距離を取ったようでやれやれとこちらを観察している
「お前か? あの塵の名前を呼んでたのは」
そんな悪魔を気にすることもなくその男はこちらを見る
「……そのゴミというのが兼合さんのこであれば僕ですが」
腕に畏因会の腕章を付けているがいきなりゴミだのなんだのと言っているのを聞いているため少し身構える
「ああそう身構えなくていい、お前は新しいあいつの相棒か、嫌な役回りだなまったく! オレはお前のこと嫌いじゃないからあの塵の相手に疲れたら言え! オレが上に掛け合ってやろう!」
「嫌いじゃないって、僕達初対面じゃないですか……?」
こんな派手な見た目の人一回会っていれば忘れることはないと思うのだが
「初対面だと思うぞ! だが気に入った! 見たところ150ないだろ身長、ちっちゃくて良いな!」
そう言うとぐっと親指を立てた
なんだこの人は、初対面でケンカを売っているのか?
「申し訳ありません、新しく美化委員に入られたリゲルさんですよね? この人悪気はないんです」
「いえ、大丈夫です……」
一緒にいた小柄なほうの女性が謝る
なんだろう、この人には少し見覚えがあるような気がするが思い出せない
「あのさー、無視されるのはちょっといただけないんですけどー」
悪魔が業を煮やしたように会話に割ってはいる
「笹守、火消せるか?」
「今持っているコアに水関連のものもありますから可能です」
「よっし! んじゃ任せた」
「任されました」
「じゃあ相手してやるよ塵が!」
それだけ叫ぶと男は悪魔に飛びかかっていった
「リゲルさんはこちらへ」
そんなやり取りを呆然と見ていれば笹守と呼ばれた女性に呼ばれた
「な、なんでしょうか?」
「リゲルさんはまだ現場数が少ないでしょうからコアを実際に使ったところは見たことがないでしょうからよく見ていてくださいね」
「は、はい!」
「コアは強力な悪魔の核を砕いた時に出る塵を整備委員が採取して固めたものです、そこまではわかりますね?」
「はい!」
「それをこうして砕くことで一回だけその悪魔の有していた追想を発動することができます、今回使うのは雨を降らすものですね」
説明を終えると手のひらの上の青い球状の物体を握りつぶした
その瞬間燃え盛る家に豪雨が降り注ぎすぐに炎は鎮火した
「コアは大変貴重なものですから普通は使いませんが今回は中に人がいること、消防がまだ到着できず回りに燃え広がる恐れがあることから使いました、これでこちらは問題ありませんね、あちらももう終わるでしょう」
その人は手をパンパンと払うと視線を悪魔のほうへ戻したのを見て僕も視線を向ける
そこで目にしたのはほとんど一方的にやられている悪魔だった
「おいおいどうした! さっきの威勢はぁ!」
男は叫ぶと燃え盛る大剣を持っていたほうの腕を切り飛ばした
「っ! くそ! こいつを食い殺せ!!」
悪魔の叫び声で蛇が男のほうに飛びかかっていく
「こんなん当たると思うか?」
男はそれをひょいと避ける
「にしてもお前……頭が高けぇぞ?」
それだけ言うと男は大剣を横になぎ払って悪魔の両足を切り落とした
「っ!!!」
「悪魔の分際でオレを見下ろすんじゃねぇよ、終わりだな」
地面に転がった悪魔の首筋に剣を突きつける
「んじゃ面倒だけど核探すかー」
その言葉を聞いた悪魔の口角が少し上がったのが見えたときだった
「大河さん!! 後ろの蛇です!」
笹守と呼ばれている女性が叫んだ
だが男が振り向く前に逃げようとする大蛇の顔が2つに裂けた
「っ! 兼合さん!」
大蛇を切ったのは肩に子供を抱えた兼合さんだった
「よく見ろ馬鹿、そっちじゃなくてこっちの蛇の目玉が核だ、逃げられてんじゃねーよ」
「生きてたかこの塵が」
「悪かったな死んでなくて」
「あぁぁあぁあぁ!!!」
そんな会話を遮るように悪魔が叫び声をあげる
昨日と同じく砂になった悪魔の一部が兼合さんを取り巻く
取り巻き出して数秒の後兼合さんが口を開く
「少し長かったがまぁ楽しそうで何よりだ、悪いなフィム」
フィム、と兼合さんが呼んだ瞬間昨日のように悪魔の身体がパンッはぜた
「おい、これパス」
「あ、はい!」
兼合さんは僕に抱えていた子供を預けるとどさりとその場に座り込んだ
見た限り子供に外傷はないのを確認して保険委員へと引き継ぐ
「リゲルさん、お疲れ様です」
「あ、ありがとうございます」
「改めて挨拶を、わたしは美化委員第三庶務長笹守楓です、あっちはわたしの相棒の封鬼委員第四庶務長獅子大河さんです」
名前を聞いてすぐに思い出した
なぜ見覚えがあったのか
僕の所属する美化委員の上位7人の一人なのだから知らないわけがない
「も、申し訳ありません! こちらから挨拶するべきでした!」
「ああ、そんなことはお気になさらず、それよりもこれから頑張ってくださいね、いかんせんこちらの大河さんとそちらの昴さんは……ほら」
笹守さんは2人のほうを指差すので私もそちらを見れば
「相変わらずの死にたがり野郎だなお前は、悪魔の炎のなかに飛び込むなんて自殺行為だぞ」
「うるせえな、子供も助けた俺も死んでない、代々円だろ」
「そういう問題じゃねーんだよ、あ! 立つんじゃねえぞ頭が高けえ」
「お前がその足りない身長伸ばせや、あと悪魔に逃げられるまえにとどめ指してやったんだからお礼の一つぐらいないわけ?」
「なるほど、本気で死にたいようだな……あとお前がやらなくてもオレがちゃんととどめさしてたし、オレの相棒がちゃーんと気づいてたからな! お前みたいなすぐ相棒に逃げられるぼっちじゃねーんだよこっちは」
「よし殺す」
「やんのか!?」
2人は今にも取っ組み合いを始めそうな勢いだ
「ほら、あんな感じなんですよ、犬猿の仲っていうんですか?」
「あはは……」
他の委員達がせっせと事態の収集のために動くなか子供のように言い合う2人を見て僕はから笑いするしかなかった
「はい、終了です2人とも、大河さんは元気が残ってるんでしたら働きなさい、昴さんは記憶汚染もありますが悪魔の炎で怪我も酷いんですから保険委員の指示に従ってください、これ以上続けるようでしたら……怒りますよ?」
そう言って笹守さんは2人のほうを見た
「わ、悪いすぐに動く!」
獅子さんはばっと立ち上がって働いている他の委員の元へと走っていった
「……ご、ごめんなさい」
謝った
あの兼合さんが少し顔を青ざめて
「わかったら早く保険委員の元に行ってくださいね」
「はい……」
兼合さんはふらふらと立ち上がると保険委員のほうへと向かっていった
「じゃあリゲルさんも昴さんに付いていってあげてくださいね、相棒なんですから」
「わかりました!!」
僕は慌てて兼合さんの元へと走った
うん、きっとこの人は怒らせてはいけないタイプの人なんだろうと思いながら
「兼合さん」
僕は保険委員の治療設備の付いた車に乗り込む兼合さんに声をかけた
「あ、どうした?」
「怪我は、大丈夫ですか?」
「なんも問題ない」
兼合さんはこちらを見ることもなく手当てのために上着を脱ぐ
「っ……」
半裸になった兼合さんの上半身は絶対に今日の炎だけではないだろう黒くなった傷がたくさん刻まれていた
やはり封鬼委員として前戦に立つ以上怪我も多くなるのだろう
「あー、悪魔から受けた傷ってのはな、なかなか完治しないんだよ、痛いのも慣れたし別にそれほど苦じゃないからそんな顔すんなよ」
「……はい」
僕のほうをちらりと見ると兼合さんは気まずそうに説明する
そんなに酷い顔をしていたのだろうか
「……お前は怪我ない?」
「僕は大丈夫です」
「あっそ」
自分で聞いてきておきながらたいして興味なさそうに返事が返ってくる
「今日はもう仕事もないだろうし別に先に帰ってていいぞ」
「……いえ待ってます、まぁ子供を助けに入ったのはなかなかかっこよかったですよ」
出会ってから今のところあんまりいい印象はないがこれは本当のことだ
なんの迷いもなく炎のなかに飛び込んでいったのはかっこよかった
それが本人や獅子さんが言うように死にたがりなのだったとしても
「なんですかその顔」
兼合さんは変なものでも見たような顔をする
「いや、お前人誉められたんだな、っていうかお前男だろ? 男だよな? 男にかっこよかったとか言われてもなぁ……」
「……前言撤回やっぱ最低ですねあなた、僕先に帰ってますから勝手にどうぞ」
「あ、ちょっ一一」
僕はもう振り向くことなく車から降りると声を遮ってドアを閉めた
「ははっ! あの塵やっぱ馬鹿だなー、まぁ双葉ちゃん、あんまり気にするなよ、あいつ普段誉められることなんてそうないから照れてるだけだぜ」
車の近くで動いていた獅子さんが僕の顔を見て笑いながら背中をバシバシと叩いた
「なるほど、っていうかちゃんはやめてくれませんか?」
「いいじゃねーかちゃんで、ちっちゃいんだから」
この人と兼合さんが犬猿の仲なのは同族嫌悪というやつなのではないかと僕は思った
まぁ確かにあの性格であれば誉められることなんて早々ないことだろう
僕は1つため息を吐いて車にうつかった
まぁ本当にどうしようもない
仕方ないから待っててやることにしよう