初任務
「おい、ここで本当に間違いないのか?」
「その筈ですが……」
事前に他のペアと落ち合う予定だった場所には誰もおらず対象の悪魔が移動したためそれを尾行したのだろうと結論を出して再度連絡をとろうとしたが連絡が付かなかったため僕の持ってきていた残心を追う機械【心追】を使って1つの倉庫の前までたどり着いた
だがたどり着いたまではよかったがそこはあまりにも静かだった
連絡が取れないということは交戦中である、というのが一番有力だっただけにこうも静かだと不気味だ
「心追の反応を見る限り倉庫の中にいるようですが……」
「おい」
倉庫に近づいて扉に手をかけたところで兼合さんに呼び止められた
「なんでしょうか?」
「あー、なんだ、一応忠告だけど心の準備はしとけよ、連絡が取れない上にこんだけ静まり返ってんだ最悪の事態も考えられる」
「……わかりました」
兼合さんの言いたいことはすぐに分かった
連絡が取れず辺りも静か
仲間が悪魔に喰われた可能性があるということだろう
「あと少し下がれ、俺が開ける」
手で制されて僕は少しも後ろに下がる
「行くぞ……」
それだけ言うと兼合さんは勢いよく扉を開けた
「っ……」
「あらぁ? 今日は良い日ねぇ」
中に入ってすぐ目に入ったのは地面に倒れ伏せている男と膝を付いて力なく項垂れている男、そして項垂れた男のクビに手をかけた髪の長い女だった
男達の腕には腕章がありすぐに合流予定だった仲間だと分かった
その場の光景を確認してすぐに聞こえてきたのは間延びした女の声だった
「美味しそうなご飯が探しに行かないでも次から次へと来てくれてぇ」
「……そいつから手を離せ」
次に聞こえたのは本当にさっきと同じ人物から発せられているのかと思えるほど低くなった兼合さんの声だった
「いいわよぉ話しても」
それを聞いて女はパッと手を離した
「くすっ、だってもう食べ終わってるしぃ」
手を離された男はそのまま床へと倒れ込んだ
「なかなか美味しい心だったわよぉ、憎しみに満ちていて……貴方の心も、なかなか美味しそうねぇ、でもそっちの小さい子のほうがもっと美味しそう」
「……」
「あら、そんな顔しないで? 美味しそうだけど私あなたのことは食べないから」
僕が無言で睨み返せば女はくすくすと楽しそうに笑った
「話したいことは終わったか? じゃあ悪いがこれから畏因会の活動を執行させてもらう」
兼合さんはそれだけ言うと腰の刀を抜く
長さは脇差し程度、刃の部分は両刃になっている独特な剣だ
「私のことを殺す気なのねぇ、怖いわぁ、そんな怖い人には……死んでもらいましょうか?」
女はそう言うと目を強く見開いくと叫んだ
「追想縛り一一」
「おい! 目ぇ閉じろ!!」
だが女が言いきるより前に兼合さんが怒鳴った
「え? は、はいっ!!」
そう言われて反射的に僕は目を閉じる
「ぎゃあぁ!!」
目を閉じた瞬間女の断末魔が倉庫中に響いた
「よーし、もう開けて良いぞ」
それからすぐにまた兼合さんの声が聞こえて僕は目をそろりと開けた
「な、なんだったんですか?」
目を開けて入ってきたのは床に尻餅をついて両面を手で覆いながら苦しんでいる女と刀の血を払う兼合さんだった
「こいつ、追想使うときに目を見開いただろ? その瞬間目の中の光彩が変わった、だから目を合わせるないし目に関係する追想だと判断した、だから目を瞑って真っ先に目を潰した」
ああ、さっき予習し忘れていたが悪魔はそれぞれ追想という力を持っている
一例を上げれば何もないところから炎を生み出したり幻覚を見せたり身体能力が高かったりと三者三様であり完全に同じ追想を持った者はいないと言われている
「くそ、くそぉ! お前は一体何なんだぁ!」
この女の追想は恐らく初見で防ぐのが難しい追想だったのだろう
だから最初の2人はそれにやられて食われた
そしてこの狼狽ぶりを見るに兼合さんの言っていることも正しかったのだと推測できる
女は目を押さえて必死で後退りをするがその距離を兼合さんは摘めて刀を振り上げた
「俺は封鬼委員第二庶務長兼合昴、まぁお前に恨みは、それ程ないが……大義のために君を殺そう」
それだけ言うと兼合さんは思い切り刀を振り下ろした
パリンッ!
刃は一閃女の目元を覆っていた右手の項の紅い核を切り裂いた
女は耳が痛くなるほどの絶叫を上げると身体の一部が砂のようになり兼合さんのほうに流れていき一瞬で兼合さんを包み込んだ
「兼合さんっ!!」
「近づくなっ! お前まで飲み込まれるぞ!」
慌てて近づこうとした僕を強い声で制する
声で制されたおかげで近づき過ぎなかった
それでも砂粒が少し身体に纏わり付く
「っ!!」
その瞬間見たこともない誰かの記憶が頭の中にフラッシュバックした
「い、いまのは……」
僕は後退りして尻餅をついた
「……こういうのばっかだと少し楽だな、そのまま眠れ、ナツ」
兼合さんがナツ、と呟いた瞬間女の身体がパンッとはぜた
「……終わったのでしょうか?」
「ああ」
それだけ言って兼合さんは刀を鞘に戻した
悪魔の殺しかたというのは至極単純である
狼男に銀の弾丸、吸血鬼に十字架なんていうように特殊な道具を用意する必要はない
まず悪魔の身体には悪魔の力を司る紅い核がどこかにある
それは悪魔によりそれぞれ違う場所にあるのでまず見つけなければいけないのだが今回は手の甲という比較的見つけやすい場所にあった
その核に強い力をぶつけて破壊する
打撃、斬撃、強い力なら何でもいい
だが破壊すればいいだけではない
破壊してもそのまま放っておけば核はすぐに形が戻る
それではどうするのか
これもそんなに難しいことじゃない
形が戻る前に真名を呼べばいいのだ
真名を呼ぶ、なんて初対面では難しいのではと思うだろう
だが核を破壊したものには悪魔の記憶の欠片、というのだろうか、そういうものが見えるらしい
先ほど近づきすぎて僕にも少しだけ流れ込んできたものだ
ただ詳しいことはよくわからない
委員が違えば仕事も目的も違うので美化委員の研修期間に習うことはなかったのだ
だがその関係もあり核を破壊すれば真名もわかるのだ
だから核を見つけて破壊して真名を呼ぶ
どういう原理かはわからないがそうすれば悪魔は消える
そこまでが封鬼委員の仕事
その後が僕達美化委員の仕事だ
「あとは僕が手配しますね」
僕は端末を取り出して倒れた部員のための保険委員の手配、今消えた悪魔の痕跡などを整備委員、放送委員に伝えるために記録を取り始める
「任せる、疲れるんだなーこれが」
兼合さんはそう言ってどさりと座り込んだ
見ていた限り兼合さんは一度刃を振るっただけだが今は見るからに疲れきっているようだった
「もうすぐ他の委員のかた立ちも到着すると思うのでゆっくりしていてください、何か飲み物とか買ってきましょうか?」
来る途中で色々あったとはいえ僕達美化委員の仕事はバディの封鬼委員の補佐である
疲れているのであればその疲れを減らさなければいけない
「ココアが飲みたい、めちゃくちゃ甘い奴な」
「……探してきます」
この近くの自販機にココアはあっただろうかと思い出しながら僕は探しに行くことにした
初めての任務はとりあえずちゃんと終われたようで緊張した空気からやっと抜け出した僕は深く息をした