悪魔からの汚染
ゆっくりと目を開けると2人の人影ががいた
誰なのかは黒い靄がかかりわからない
僕は必死でその影達に向かって声を出そうとするのにどれだけ絞り出しても音にならない
そうすると一人の影が喋りだした
「お前のせいだ、お前がベルに目をつけられたせいでお前の家族は死んだのに今度は俺達まで巻き込むのか、お前のせいで俺達も死ぬんだ」
声と一緒にその人にかかっていた靄も晴れる
そう僕に向かって喋っているのは兼合さんだ
見た目も声も兼合昴で間違えない
だからこそ僕は何も言い返せない
音にならない声を出そうとするのを止める
「わたしもあなたさえいなければこんなとこになんてならなかったのに」
僕はその姿に戦慄して息を飲んだ
そう語る姫沢さんの全身は血塗れでそれが本人の血液なのか他人の血液なのかすらわからない
目を閉じて耳を塞ぎたいのに身体が動かない
その間もどんどん二人の責める声は大きくなっていく
やめろ
やめろやめろやめろ
頭のなかで同じ言葉を繰り返す
僕が悪いことなんて指摘されなくてもわかっているのだから
ひたり
近づいてきた兼合さんの手が頬に触れた瞬間身体の硬直が解けて叫びながら勢いよく振り払った
「うわぁあああ!!」
僕は叫ぶのと同時に頬に触れていた何かを勢いよく払いながら上半身を起こした
「うわっ、びっくりしたぁ」
そんな僕を見て兼合さんが驚いて声をあげる
「こ、こは……」
今僕がいるのは先ほどまでの歪んだ世界ではない
清潔感のある白一色の部屋に消毒液の独特なツンとした匂い
「ここ病院な、お前悪魔に刺されて気を失って搬送されたんだよ、あと触って悪かったな、魘されてたから気になって」
「っ!! あのあと、僕が倒れた後はどうなったんですか!? 悪魔は! 姫沢さんとフランツさんはっ!」
僕は兼合さんに掴みかかる勢いで身を乗り出すが直ぐに吐きそうなほどの背中の痛みに身体をベットの上でうずめる
「とりあえず落ち着け、あの後悪魔はすぐに追想で消えた、桃香もフランツさんも無事だし見てわかるように俺も無事、悪魔の攻撃で出来た怪我は治りにくいし何度も受けて慣れてなきゃかなり痛い上に気持ち悪りぃだろうからそんないきなり動かないほうがいいぞ」
兼合さんはそんなことを言いながら背中を擦ってくれる
「……はい」
僕は痛みを和らげるためと落ち着くために深く深呼吸をする
それにしても嫌な夢を見た
起きてもなおあの刺さるような空気の感覚を忘れられない
「あー、お前悪魔の攻撃のさいに受けるダメージ以外の汚染って習ったか?」
そんな僕を見て思い出したように聞いてくる
「汚染っていうと悪魔を殺した時に出る砂塵に触れると悪魔のそれまでの記憶の破片が見える記憶汚染を起こすということは習いましたがそれ以外は……」
僕は背中の痛みに耐えながら答える
「やっぱり美化委員の研修では教えないんだな、まぁ美化委員は前線に出るとはいえ戦闘は封鬼委員の役目だからな」
「どういうことですか?」
「悪魔からの汚染ってのは全部で3つあるんだよ、1つがさっき上がった記憶汚染、お前の言った通りだ、で、次が精神汚染、これは悪魔の攻撃を受けると起きるんだけど、お前ももう体験してるんじゃないか?」
言いながら兼合さんは僕のほうを指差す
「……なんのことでしょうか?」
もう体験していると言われて思い当たるのは1つしかないが何故か夢の内容を兼合さんには知られたくなくて目線を下げながら少し言葉を濁した
「……さっき飛び起きただろ、悪魔から受けた攻撃は傷にはならず黒化して精神にフィードバックする、悪夢を見たりな、大体は本人の心のマイナスな部分が肥大化する、だからさっき変な夢でも見て飛び起きたんだとしてもそれは事実ではないから気にする必要ないってことだ」
そこまで言われてつい顔を上げれば兼合さんと視線がかち合う
数秒目が合った後にたまりかねたのか兼合さんがふいっと目を反らした
ああ、これはきっと兼合さんなりに気を使ってくれているのであろう
兼合さんはいつもそうだ
いつもわかりずらいことこの上ないがこうやって励ましてくれる
でも本人はそんな気遣いに対して何かお礼でも言おうものなら照れて拗ねてしまうのだから天の邪鬼なことこの上ない
「……そういえば、3つ目の汚染は何なのでしょうか?」
だからあえて僕は話題を反らした
「ああ、もう1つな、これは他の2つよりけっこう厄介なんだが一一」
「はいはいそこまでだ昴の坊っちゃん、それ以上は畏因会の規律違反だぞ」
そんな声と一緒にがらがらっと戸が引かれてフランツさんが入ってきた
「あれ、そうだっけ?」
「そうだっけじゃないぞ、感情汚染についての詳細は封鬼委員以外に教えるのはご法度だ」
フランツさんはやれやれというようにかぶりをふる
「フランツさん! ご無事で何よりです」
「よおリゲルの坊っちゃん、あんたこそ目が覚めたみたいで良かったよ」
言いながらフランツさんはココアの缶を兼合さんに投げて渡して僕にもコーヒーの缶を差し出してくれたので頭を下げて受け取る
「あの、姫沢さんは?」
僕は辺りを見渡すが姫沢さんの姿は見えない
てっきりフランツさんと一緒にいるのだとおもったのだが僕が最後に見た姫沢さんのとても動揺した姿を思い出して不安に狩られる
「だーかーらー、落ち着いて座ってろ!」
また身を乗り出しそうになった僕を兼合さんが押し止める
「昴の坊っちゃんもひどい怪我なんだから無理するな」
そんな兼合さんの肩を今度はフランツさんが押さえる
「やっぱり兼合さんも怪我ひどいんですかっ!?」
僕は兼合さんとの距離を詰める
「いや、俺はこんぐらいの怪我慣れてるから……」
そうすると兼合さんは歯切れ悪くなり身を後ろへと引く
「どっちも重症だ! いいから落ち着け!」
「……はい」
「……すいません」
フランツさんの一声で揉み合いになりかけていた僕達2人ともそれぞれ離れて姿勢を正す
「あと桃香嬢ならそこの扉の影にいるぞ」
そう言ってフランツさんは入り口の扉を示す
「……で、何で姫沢さんはそんなところにいるんですか?」
扉から顔を少しだけ覗かせている姫沢さんに声をかける
「リ、リゲルくん、目が覚めたみたいで何よりです」
「ありがとうございます、あの、入ってこないんですか……?」
僕がそう言えば肩をピクリと震わして恐る恐る部屋へ入ってきた
「なんでそんなにビクビクしてるんですか……」
ベットのすぐそばまで来てもこちらを直視しようとしない姫沢さんに問いかける
「だ、だって! あんなに1人で十分とか啖呵切っといて結果無様な醜態晒してリゲルくんに守られて、本当に情けない……」
そこまで言うと姫沢さんは顔を両手で覆ってうずくまってしまった
そんな姫沢さんの様子を見ながら今回の件で僕達二人の間に相違点があるのだと気づいてどう伝えるべきか少し迷ってから口を開いた
「何度も言いますが会って早々喧嘩売ってきた相手を元々格好いい人だなんて思ってないので醜態どうこうは問題ないです」
「くっ……」
姫沢さんは顔から手を離すと悔しそうに呻く
「守られた云々も僕は最初に守ってもらった恩を返しただけですのでお気になさらず、借りっぱなしは嫌なんですよ、っていうか何度も言うけど今回狙われたの僕のせいですし……あとまぁそもそも血液を見て取り乱したこと事態醜態だとも思っていませんが」
「な、なんであれが醜態じゃないと思えるんですか」
「これも何度も言いますが苦手なもののない人間のほうが珍しいですからね、僕にだって苦手なものの1つや2つあります」
「っ……じゃあ桃香は今回の件はリゲルくんに貸りだなんて思いませんからね! リゲルくんも桃香に貸りだなんて思わないでくださいね」
姫沢さんはゆっくり立ち上がると腕を組んでふんっと鼻を鳴らした
「勿論そのつもりです」
「……良かったな桃香、初めての友達が出来て」
そんな僕達のやり取りを見ていた兼合さんがニヤニヤしながら姫沢さんの肩をはたいた
「別にリゲルくんは友達じゃありませんっ!」
「否定するのそっちなのな」
兼合さんが苦笑いをしながら返す
「まぁとりあえず全員無事にあの場を乗り越えられたことを祝おうや、リゲルの坊っちゃんが退院したらになるが退院祝いも兼ねて何かやらないか?」
「あ! それでしたらこんなのはどうでしょうか?」