トラウマ、そして……
「……目的達成までのらりくらりとしてたかったんだけど来ちゃったかー、オレは強くないから手加減してくれると嬉しいな」
男は大きなため息を吐くと短剣を構えた
「安心してください、すぐに殺してあげます、そうしたらもう面倒くさいことなんてないですね?」
キィンッ!!
ひと飛びで悪魔との間合いを詰めた姫沢さんの拳が短剣を的確に叩き落とすとそのまま顔面に拳がめり込む
「ぐっ……」
男が呻きながら吹き飛ぶことなく数歩後ろへと下がる
その瞬間血飛沫が飛んだ
「……え」
それを僕が視認したのと同時に姫沢さんから戸惑いのような声が漏れる
「まさかこいつ……」
それもそうだ
何故なら悪魔に血は流れていない
それなのに男の顔からは鼻血が飛び散り唇を切ったのであろう口元からは血が流れていた
ということはこいつは
「そう、オレは人間さ」
男は顔を嬉しそうに歪めてくつくつと笑った
「何がそんなにおかしい?」
この男が人間だったところで現状2対1であることに代わりはない
それに人間であれば追想に気を付ける必要だってない
状況はこちらが優勢だ
「今の状況わかってないんじゃねーの? よーく見てみろよ」
男は笑いながら目の前の姫沢さんの頭の上に手をぽんっと置いた
「……姫沢さん?」
頭に手を置かれても姫沢さんは微動だにしない
心配になって名前を呼ぶが返事は帰ってこなかった
静まり返った空気のなか聞こえるのはハッハッという姫沢さんの苦しそうな呼吸音だけだった
「とりあえず、さっきのお返しだっ」
男は言葉と同時に姫沢さんの腹に一発蹴りを入れる
「姫沢さん!!」
女性のなかでも華奢な姫沢さんは勢いで吹き飛ばされるも受け身を取ろうともしない
僕は叫ぶのと同時に飛び出していた
「っ!」
間一髪地面にぶつかる前に受け止めるも僕自身体格のいいほうではないため尻餅をつく
それでも姫沢さんが自身の力で動こうとすることはない
「一体どうしちゃったんですか!? 姫沢さん!!」
顔を覗き込めば目の焦点が定まることなく動き続けている
そして男を殴ったほうの手をもう片方の手で押さえているが震えが止まらない
「その子、血がダメなんだろ?」
男は姫沢さんに飛ばされた短剣を拾いながら続ける
「心的外傷、つまりトラウマってやつ、悪魔じゃダメだ、あいつら血が通ってないからな、だからオレがあんた達の対策に回されたってわけだ、人間なら嫌でも戦えば血が出るからな、事前情報って大事だよなー、強けりゃ勝てる訳じゃないってことだ」
拾った短剣の重みを確認するように何度か放り投げてから男は構えた
「……まだ僕がいます」
そう言って一呼吸置いてから僕は姫沢さんの前に立った
「お前の戦闘についての情報もちゃんとあるんだが、護身術すらままならなかったお前に何が出来るってんだ?」
男は嘲るように笑う
全くもってその通りである
だからといって仲間を見捨てて自分だけ逃げるなんてのはもってのほか
自身のせいでこうなっているというのにそんなことをするほど腐ってはない
「忠告してやるよ、オレ強くはないけど弱いってわけでもないから今すぐそいつの前から退け、この廃墟で死ぬ予定じゃないからなお前は、だからお前だけ無傷で帰ればいいじゃねーか、なあ?」
「……おあいにく様、僕は人間の身でありながら悪魔に付くような頭の沸いたあなたとは違いますので」
「そーかよ、じゃあ寝てろ」
男はそう言うと短剣の柄を振り上げる
「それ、振り下ろしたらあなたが怪我をすることになりますよ」
僕は一か八かの賭けに出た
「……は? なに言ってんだよお前」
「ほら、よく見てみてくださいよこれをっ!」
言葉と同時に固く目を瞑り前に出した手を強く握りしめた
「うっ!!」
目蓋越しでも強く何かが光ったのがわかる
そして男のうめき声を合図に目を開けると目を押さえた男に思いっきりタックルする
自分が小柄だとはいえ流石に全力でぶつかれば相手も体制を崩して転けた
今使ったのは笹森さんからもしもの時にと貰っていたコアキューブだ
効果は吸収した光の放出
所謂目眩ましみたいなものだ
転けた後も立ち上がろうとはせず男は目を押さえて唸っている辺りかなり強い光だったのだろう
「姫沢さん今のうちに! 早く!!」
僕は急いで体制を立て直すと姫沢さんの手を掴んで引っ張る
「姫沢さん!!!」
それでも姫沢さんの身体に立つための力がこめられる気配はない
「くっ……」
仕方なく僕は姫沢さんの腕を自分の肩に回して半ば引きずるようにして走り出した
「姫沢さん、しっかりしてください」
しばらく走った後に廃材の影に身を潜めて小声で話しかけながら姫沢さんを揺さぶる
だがやはり反応はない
「……まず手の血だけでも拭きますね」
血にトラウマがある
あの男はそう言っていた
僕はポケットからハンカチを取り出すと姫沢さんの手に付いた血痕を念入りに拭う
「これで少しは落ち着きましたか?」
「はい、大丈夫です……」
姫沢さんは絞り出すような声で呟く
大丈夫だとは言っているがまだ身体は震えているし目も落ち着いていない
「……しばらくここに隠れていましょう、兼合さんやフランツさんも無事だといいのですが」
僕達のほうにここまで想定された刺客が送り込まれているのだ
2人の元にも同じように刺客が送り込まれている可能性が高い
だが姫沢さんが動けない以上僕だけ出ていってもただの足手まといにしかならない
「こんな、無様な姿笑ってもらっていいんですよ、あれだけあなたのこと馬鹿にしといていざとなったらなんだこの様はって」
そんなことを言いながら姫沢さんは自嘲的に笑う
そんな姫沢さんを見て僕は大きくため息を吐いてから口を開く
「人間相手に貴女を連れて逃げることしか出来なかった僕にそれ言いますか? 僕のせいでこんなことになったのに一番役に立ててないんですよ? それに生き物だったら苦手なものの1つや2つありますよ、初めて会った人間に開口一番喧嘩売ってきた人を完璧超人だとは元々思ってませんから」
「……」
さっきまでの調子だったら絶対に言い返してきただろう姫沢さんの表情は曇ったままで何も言い返してこない
「まぁ、受けた恩は返しますよ、ここまで守ってもらいましたから、今回敵は僕のことは殺す気ないみたいですし盾にくらいはなるんじゃないですか?」
「盾なんてそんなこと出来るわけっ……」
「僕だって別に好き好んで盾になろうって言ってるわけじゃないですよ、兼合さんかフランツさんに合流出来るまでどちらも死なない為にもしものときはってことです、戦えるのが自分だけなんて気負わずそれくらいの軽い心持ちでいてください」
僕の言葉に対して何かを言おうと姫沢さんが口を開くがその前に手で制した
「……さっきの奴が来ました、血が嫌ならバレないよう息を潜めて目を瞑ってたほうがいいですよ」
それだけ端的に伝えて僕も身を潜める
「おーい糞ガキ、今出てきたら一発ぶん殴るだけで許してやるぞ、だからとっとと出てこい!」
男は怒鳴りながら手当たり次第に廃材を蹴り飛ばす
見たところかなり頭に血が上っているのだろう
「早く出てこねぇと殺すぞ!」
ガシャンッ
大きな音を立てて近くの廃材が倒れる
このままでは見つかるのは時間の問題だ
こうなったら仕方がない
僕は姫沢さんの肩を叩いてここを動かないようにとジェスチャーする
そしてすぐに隠れていた廃材の山の陰から身体を出した
「そんなとこにいやがったか、お連れさんはどうした?」
「……逃げちゃいましたよ僕を置いて、だから隠れてたんですけど出てきたら許してくれるって言うんで」
僕は男の前まで歩きながら話す
「それは災難だったな、命からがら守ったのに置いて逃げるなんて、で、俺の言葉聞いて出てきたってことは覚悟は出来てるんだろうな?」
男は指をパキパキと鳴らす
「勿論、でもあまり痛くしないでくれるとありがたいです」
「さっきみたいな抵抗したら今度こそ殺すからな」
それだけ言って男は拳を振り上げた
ドガッ
鈍い音がして頬に衝撃が走りそのまま吹き飛ばされる
流石に大の大人にぶん殴られればかなり痛い
「っ!!」
起き上がろうとすれば胸を足で踏みつけられる
「変な気起こせないようにちょっと痛め付けさせてもらう」
「一発って言って、ませんでした?」
僕は胸の上に置かれた足を掴む
「さてそんなこと言ったかね?」
男はニヤリと嫌な笑いを浮かべる
「屑がっ……」
「言ってろ弱者が」
次の瞬間顎に強い衝撃を受けて目の前に星が飛ぶ
どうやら顎を蹴り上げられたようだ
そのまま襟首を捕まれ無理やり立たされる
「もう一発いっとくかっ!」
そう言って男はまた拳を振り上げた
衝撃に備えて強く目を瞑るが次の衝撃が来ることはなかった
少しの間の後に恐る恐る目を開くと目を強く閉じた姫沢さんが男の腰に抱きついていた
「姫、沢さん……」
「そ、それ以上はさせません!」
姫沢さんが震える声で叫ぶ
「逃げたんじゃなかったのかお前、まぁどうでもいいけど」
「うわっ!」
男は掴んでいた僕の襟首を突き飛ばすように離した
「で、目を瞑ったままで何が出来るんだ?」
男は次に腰にしがみついている姫沢さんを振りほどく
「血が見えなかったら戦えるとでも思ったか?」
言葉と一緒に取り出したナイフを上に掲げる
「姫沢さん!!」
僕は痛みを堪えて立ち上がると姫沢さんのほうへよろめきながら進む
だがその刃物は姫沢さんに振り下ろされることはなかった
男は自身の腕を切り付けたのだ
深く切られた腕からは鮮血がが飛び散る
その血は目の前にいた姫沢さんに降り注いだ
「……え、っ一一!!」
一瞬の間を置いて目を開いた姫沢さんは事態を把握したようで金切り声のような悲鳴を上げるとうずくまってしまった
「と、こういう使い方も出来るんだなー、もう少し頭を使えよ、せっかく隠れてたのに人のこと気にして出てきたせいで余計状況悪化させてるだけじゃねーかダサいな」
男はさも楽しいものでも見たというようにけたけたと笑った
「それじゃ、こいつは動けない、お前は戦えない、でもさっきみたいに邪魔されるのもウザいからまずお前から片付けるか」
そう言ってこちらに近づいてくる
これは流石にまずいかもしれない
僕がそう思ったときだった
「五月蝿いから来てみれば、あなたはいったい何をしているんですか」
聞き覚えのある声に男の動きも止まる
この声は、覚えている
何故ならさっき聞いたばかりだからだ
「バティンさん、いや、違うんだこれは、余りにも抵抗するもんだから少し痛め付けてただけで」
これは状況は先程よりも数段悪くなった
さっき僕達を分断した悪魔が現れたのだ
だが僕が慌てるのはわかるが何故かこの男までもがあからさまに動揺している
「言い訳は結構、そちらの方はできる限り傷つけないようお願いしていた筈ですが、それにこの体たらくは一体、貴方にした依頼は姫沢桃香の抹殺だった筈なのにそれすら遂行出来ていないじゃないですか」
バディンと呼ばれた悪魔はブツブツと言いながら男の目の前まで歩み寄る
「こ、殺す! 今から殺すか一一」
男の言葉が最後まで語られることはなかった
「っ!!」
次の瞬間男の首を悪魔が手刀で薙いだ
勿論悪魔の攻撃で首が飛ぶことはないが首を切らた男はそのまま床に倒れ付してしまった
おそらくもう息はないだろう
「全く、これだから人間などに頼るのはごめんなんです、こんな簡単なお使いすら出来ないなんて役立たずも良いところ、さて、早いところ済ませてしまいましょう」
悪魔は手をパンパンと払いながら姫沢さんのほうへ向かう
「姫沢さん!! 動いてください! このままじゃあ貴女が死ぬことになる! 姫沢さんっ!」
だがさっきとは比べ物にならないくらい正気を失ってしまった姫沢さんにその言葉が届くことはない
急いで、守らなければ
そう思うのに顎を蹴られたせいで軽く脳震盪を起こしているのかどうしても足元がおぼつかない
悪魔は僕の言葉など耳にも入っていない様子で姫沢さんに手刀を振り下ろした
ギインッ!!
瞬間大きな何かのぶつかる音が響く
「おや貴方は、生きていましたか」
「あんな有象無象あてがって本当に俺のこと殺す気あったのか聞きたいぐらいだ」
「兼合さんっ!!」
間一髪の所で姫沢さんを救ったのは兼合さんだった
悪魔の手刀を両刃の剣で受け止めていた
カンッ!!
兼合さんはそのまま手刀を弾き返すと勢いを殺すことなく姫沢さんを抱えて悪魔から距離を取りつつ僕の前に庇うように立った
「遅くなって悪かった、もうすぐフランツさんも来ると思うからそれまで桃香を頼めるか?」
そして抱えていた姫沢さんを僕の隣に座らせる
「わかりました!」
僕は姫沢さんを引っ張って戦闘になった際に邪魔にならないよう兼合さんから距離を取るために後ろにさがる
「拳帝が来ると分が悪いですね、俺の追想は余り戦闘には向かないのですがどうも動ける同士はいないよう、拳帝が来る前に貴方だけでも殺して離脱するとしましょうか」
やれやれと首を振りながら悪魔はぼやくと腰元から宝石で彩られた鞭を取り出した
「兼合さん……」
僕は一抹の不安を感じて名前を呼ぶ
よく見れば兼合さんも傷だらけで既に満身創痍といった感じだ
余程ここに来るまでの間に激戦が続いたに違いない
それに相手は始まりの72柱の1人だ
「分が悪いのはわかってる、でも今戦えるのは俺しかいないんだからやるっきゃないだろ」
「自己犠牲の精神って奴ですか、本当に人間っていうのは気持ち悪い生き物ですね」
そんなやり取りをしている僕達を見て悪魔はからからと嗤った
こちらは少し間違えれば誰かが死ぬという緊迫した状態なのに悪魔にとっては嘲りの対象でしかないということだろう
「勝手に笑ってろよ、自己犠牲は俺の大好きな言葉だ、ちゃんとそれを遂行出来てるなら何よりって奴だっ!!」
先に仕掛けたのは兼合さんだった
両刃の剣を構えたまま距離を詰めるとそのまま一閃斬りかかる
"私達はもう会えない"
悪魔が文言を唱えれば刃の軌道から姿が消えて兼合さんの真後ろに現れそのまま鞭が撓りを打つ
「っ!」
兼合さんは悪魔が消えた瞬間少し視線を後ろに走らせるとそのまま前に回避行動をとって鞭を避けた
だが兼合さんが体制を立て直す前にまた悪魔の位置が変わる
回避行動を取った目の前に悪魔が現れて回避が終わった瞬間の隙を狙って思いきり兼合さんの顔を蹴り上げた
蹴り上げられた兼合さんは今度は蹴られた勢いを使って後ろにバク宙して距離をとろうとするが次の瞬間には悪魔はまた回避したその先に移動している
格闘センスのない僕でも見ているだけでわかる
完全に兼合さんが押されている
そして今まで見てきた兼合さんの戦闘時にあった動きの冴えがない
やはり思っていたよりここに来るまでの間に受けたダメージ量が多かったのだろう
戦いはどんどん兼合さんが劣勢になっていくが僕には何も出来ることなどない
この高度な戦闘に混ざった所で足を引っ張る未来しか見えない
コアキューブも先ほど使ってしまった1つしか持っていなかった
自分の無力さに歯を噛み締めたのとちょうどのタイミングで悪魔が口を開く
「拳帝フリードマンの座の後継ということで少し警戒していたのですが、必要なかったようですね」
悪魔はそのまま兼合さんの攻撃をするりと抜けて距離を積めるとそのまま手刀が兼合さんの脇腹を貫いた
「っ……げほっ」
一瞬の間の後に兼合さんはごほごほと咳き込みながらどす黒い血液を喀血する
悪魔の攻撃で内蔵を損傷するとその部位の血液の色も黒く変色するのだ
「兼合さんっ!!」
僕は慌てて兼合さんの元へ駆け寄ろうとするが兼合さんが手で制しながら叫んだ
「来るな! お前の……役目は桃香を頼んだんだ、戦うのは俺の役目、だ」
「っ……わかりました」
息も絶え絶えな兼合さんにここまで言われてしまえば足を止める以外の選択肢はなかった
「こんな状況になってもそんな馴れ合いを続けるんですね、やはり人間は理解できない」
「理解してもらえなくて結構、いや? もしかしてお前、羨ましいのか?」
兼合さんはそこまで言うとニヤリと嗤った
「……は?」
「こんな風に言い合って信じあえる仲間? って奴がいないんだろ、上は主だし下は手下、だからお前はいつだってこうやって相手を貶める言い方しか出来ない、人の境遇が羨ましいからってそういうことばっかしてるといつまでも寂しいままだぜ? っ……!」
悪魔は無言で手刀をさらに深く突き刺した
「何も知らない愚者がペラペラとよく喋る、だから昔から人間なんていう生き物は好きになれないんだ、貴方もよく状況を見て話をするべきです、このまま手を横に振れば貴方の命は消えかねない、今貴方の命は私が握っているんですよ?」
「お前もよく考えてみろ、俺は剣を落としていない、いつでもお前を斬れるんだ……」
「……そんなことをしようとすればそれより先に俺が動けます、上手くいって相討ち、そんなリスクは人間には犯せない」
「足りない頭で思い出してみろ、俺の好きな言葉は自己犠牲だ!!」
叫ぶのと同時に兼合さんは持っていた両刃剣を思い切り上に振り上げた
悪魔の鞭を持っていたほうの手が宙に舞う
「っ! この人間風情が!!」
悪魔が兼合さんに突き刺さった手刀を薙ごうとした瞬間逆に悪魔が吹き飛んでいた
すごい音がして悪魔が壁に叩きつけられる
「おい! 大丈夫か昴! 桃香嬢とリゲルの坊っちゃんも無事か!」
悪魔のほうを一瞥してから兼合さんのほうを見ればそこにいたのはフランツさんだった
「フランツさん!!」
悪魔のことを殴り飛ばしたフランツさんは支えを失ってし倒れそうになる兼合さんを支える
「……これはこれは、拳帝まで合流されたとなると流石に分が悪い、今回は引きます」
悪魔はよろめきながら立ち上がる
「そうしてくれると助かる、早く消えろ」
そんな悪魔をフランツさんが睨む
「ただ人間にやられっぱなしというのも癪ですからっ……!」
悪魔は懐からナイフを取り出すとこちらを見ることもなく迷わず投げた
ナイフの軌道は確実に姫沢さんに向かってきている
"桃香を頼んだ"
その瞬間頭のなかに兼合さんの声が響き考えるより先に行動していた
「っ……」
「リゲル!!」
誰よりも先に兼合さんが叫んだ声が聞こえた
返事を返そうとは思うのに口を開けば出てくるのは黒い血液だけでどうしようもなく背中が熱かった
そういえば、兼合さんが僕の名前を呼んだのってこれが初めてだった気がする
気を失う寸前に思ったのは今の現状とはなんの関係もないことだった