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大義の士  作者: CLOWN888v
11/13

ヴォルフックス戦役

「なぁ、今さらなんだがおかしくないか?」

 もう少しで目的地というところで兼合さんが言った

「なんのこと一一」

「何がでしょうか? 昴さまっ!」

 僕の声を遮って姫沢さんが割って入る

「……」

 まあいいだろう、こんなことで怒るほど僕は小さくない

 と言っても勿論僕は聖人ではないのでイラっともするしそれが顔にも出る

「落ち着けリゲル坊っちゃん」

 そんな僕の肩にフランツさんがぽんっと手を置いて窘める

「フランツさんも思わないか? たかが7回しか残心を残していない悪魔にたいして2組も、それも俺らみたいなのが派遣されるなんて、そいつもまだ新人っちゃ新人だけど踏んだ場数も増えたしはっきり言って俺達ペアだけで問題ない案件だろ」

「ああ、確かにそう言われればそうだな」

 確かに配分がおかしいと言えばおかしい気がしてくる

 フランツさんも兼合さんの言葉に頷く

「例えばだけど、どっかの誰かさんが我が儘言ったーとかなら簡単に説明付くんだがな?」

 そこまで言って兼合さんは姫沢さんのほうへ視線を向ける

 なるほど、それなら合点がいく

「それって桃香ですか!? 昴さま酷いですよー! 今回は桃香からは何も言ってないです! 帰ってきたらたまたま昴さまとの合同任務と聞いて運命感じちゃいますよねっ!」

 今回はと言ったところを見る感じ常習犯なのだろう

「それなら心配ないぜ昴坊っちゃん、今回はお嬢は駄々こねてないのを俺がこの目で見てる」

 そしてフランツさんの言葉で確信した

「フランツ!! だから子供扱いしないでくださいっ!」

「おー悪い悪い」

 フランツさんはからからと笑いながら謝る

「あ、あと1つ、今回の悪魔は6回目まではやたら慎重だった、そこから7回目、少し場所を移して8回目と連続での犯行、そして残心の残しかた、追わせかた、なんかスムーズすぎる気がするんだよな」

 そんな2人に兼合さんは続ける

「……確かに、まるで誘われてるような、っ!!」

 喋りながら歩いていた僕の襟首を兼合さんがいきなり掴んだため少しバランスを崩す

「兼合さん! いきなり掴まないで……」

 苦言をていそうとそちらを見ると兼合さんの真剣な表情に言葉が止まる

「ああ、まさにお前の言う通りだ」

「おいおいこれは」

「囲まれていますね」

 僕以外の3人は既に状況を把握しているようで目の前にはもう目的地の廃ビルが迫っているがそれぞれが回りに視線を巡らせている

「状況把握が早くて助かります」

 反射的に声のしたほうを向けば1人の男が立っていた

 青い髪や指、手首、色々な所に宝石のような装飾品を付け優しそうな笑顔を浮かべている

 兼合さんは僕の襟首から手を離して刀をいつでも抜けるように体制を整える

「ああ、俺は悪魔だが戦う意思はないですよ、今のところはね、だから剣から手を離したほうがいい、回りは既に俺の仲間が取り囲んでる、気づいているのでしょう?」

「っ!」

 今度は僕でさえわかった

 いる

 1体や2体ではない

 沢山の、決して好意的ではない視線が四方八方から僕らを刺している

「はんっ、戦う意思がないなら何だって言うんですか? 悪魔なのであれば委員会活動を執行するまでです」

 そう言って姫沢さんは一歩前に出ようとする

「お嬢!」

 それをフランツさんが手で制す

「そちらの御方はよくわかっていらっしゃる、この手勢を相手にすれば貴方達でもただでは済まないということを」

「……何が目的だ?」

 兼合さんは刀から手を離して訊ねる

「簡単なことです、1人こちらに差し出してください」

 そう言って男はこちらに手を差し出す

「は?」

「ですからお一人こちらに引き渡してくださいと言っているのです」

 いきなりの悪魔からの提案に皆の口が塞がる

 何を言っているんだこいつは

「いいじゃないですか、1人の命で3人も助かるのですから、ねぇ?」

「何をふざけたことをっ!」

 気づいたら僕は叫んでいた

 ただ啖呵を切ったところで僕には戦う術なんてないくせに

「誰が、誰がお前らなんかに仲間を差し出したりするものか……それぐらいなら、僕が行く」

 それでも目の前で仲間を差し出すくらいなら僕の命のほうが安い

「おい!! なに言ってんだお前!!」

 そんな僕の言葉を聞いて一番に反応したのは兼合さんだった

「この中で一番役に立たないのは僕ですからそれが最適解でしょう」

「そういうこと言ってんじゃ……」

「あー、ごめんね、説明が足りませんでしたね」

 男が僕達の会話を遮る

「1人は1人なんですが、その1人はこちらで選ばせていただきます」

「は?」

「ですから1人は既に決まっているのです、兼合昴様、貴方です」

 そう言って男は兼合さんを指差した

「は? 俺?」

「どういうことですか!? 何故昴さまを指定までしてっ!」

「いやお嬢、何もおかしいことは無ぇ、昴の坊っちゃんは封鬼委員の第二庶務長、この中では今なら一番あちらさまからしたら消したい相手だろうよ」

 確かにフランツさんの言うことには一理ある

 でもそれだとしたらこの交渉は決裂だ

「御方の言ってらっしゃることも間違いですね、俺らは別に正直彼のことなどどうでもいい、ですが俺の上役が兼合昴の命を所望しているのです、どうやってでも殺せと」

「なんでそんなっ……」

「貴女のためですよ? 双葉様、我らが王が久々に俺らの前に顔を出したと思ったら彼を殺してくるようにと命令された、それも全て貴女のため、貴女に近しくなるものは皆殺すことに決めているようです」

「お前らの王……まさかあいつが」

「ええ、我らが王、ベル様です」

「っ!!」

 息を飲んだ

 何故またあいつが僕にちょっかいを出してくるのか

 この前偶々再会をはたしてしまったせいなのか

 家族を殺しただけでは満足じゃないのか

 色々な感情が頭を巡る

「おいおい何がなんだかわかんねぇがぐるぐる考えてる場合じゃねえぞリゲル坊っちゃん」

「そうですよ! 昴さまを渡すなんてあり得ません!」

「いや、俺はそれでもいいんだけど、一応人助けになるわけだし……」

「おめえは黙ってろ!」

「フランツの言う通りです! それにここで昴さまを渡してみすみす殺されたとしてそのあと私達を殺さないとは限りません! 相手は悪魔ですっ!」

「わ、悪い……」

 二人の勢いに負けて兼合さんが謝る

「ふっ、はは!」

 そんな様子を見ていれば僕はつい笑ってしまった

 こんな早急な事態に似合わないのはわかっているのに

「な、なに笑ってんだよ……」

「いやー、なんか兼合さん達のやり取り見てたらつい、1人で悩んでるのがバカらしくなって、全てが終わってからぐだぐだ悩むことにしますよ、っていうことでどうやってこの場をこの4人で切り抜けるかですかね、兼合さんを渡すなんてのはあり得ないですもんね」

「……今日初めて貴方に好印象を持ちました、桃香もリゲルくんに賛成です! 昴さまは渡しません」

「俺も同意見ってことで」

「……そんなに言われたら本人だけ騒いでも仕方ないしなぁ」

 兼合さんはやれやれというように呟くと刀を抜いた

「そうですか、それは困る、とても困りますね、渡してくれれば1人で済んだのにこれでは3人も殺さないといけない、このまま纏めて片付けてもいいのですが陣形でも組まれるのも面倒ですし変に双葉様を傷つけるわけにもいきませんから」

 うんうんと悩んでいるようにそこまで言うと男はこちらに手をかざした

「追想を使われる前に動け!! お嬢! リゲル坊っちゃんを守れ!」

 その瞬間フランツさんが叫び僕を男から隠すように姫沢さんのほうに押した

 "私たちはもう会えない"

「追想"点綴解離"」

 男がそう言った瞬間一瞬世界が暗転したかと思うとパッと景色が変わった

「痛っ……」

 どさりと少しの衝撃を感じて落ちたのは先ほどまで踏みしめていた草木の生えた土ではなくコンクリートだった

「どうも分断されたようですね」

 声のしたほうを見れば姫沢さんが腕を組んで立っていた

「おそらくあの悪魔のは追想は対称を何処かへ転移させる系統のものでしょう、まぁ根元は違うと思いますが、それと追想の発動前に文言がありましたから始まりの72柱の1体ですね、どうするんですか……?」

 僕は今起きたことを推測する

 始まりの72柱とは九代真祖を含む永く生きた悪魔の総称である

 そのため第一世代と呼ばれることもある

 そして72柱は確認されている限り追想を発動する際に文言を唱える

 祈りと呼ばれるそれはまるで誰かに何かを伝えるかのように1つの文になっているのが特徴的と言えるだろう

 まぁそれ以外にも72柱と普通の悪魔では細かい部分で相違点はある

 ここまでが研修中に僕の習った範囲だ

「あのーリゲルくん、考えるのは良いことだと思いますがもうすこーし回りを気にしたほうがいいですよ?」

 そう言いながら姫沢さんが僕の肩を叩く

 それに反応して顔をあげると自分がピンチであることなどすぐに理解できた

 目の前には数人の悪魔がすでに臨戦状態で待ち構えていた

「どうしますか姫沢さん、自分で言うのもなんですが研修である程度護身術は習いましたが4人の中で1番僕は弱いですよ」

 美化委員も戦いに参加はしないが現場に出る以上研修期間に戦闘訓練も含まれる

 ただ向いてなかったのか悔しいことにどれだけ指導を受けてもてんで上達しなかったのだ

 はっきり言ってぎりぎり及第点レベル

 自身の身を守るので精一杯

 複数対なんてもってのほかである

「最初からリゲルくんに期待なんてしてませんので大丈夫です、自分の身だけ守っていてください、それにこの程度の数でしたらわたし1人で十分です」

 そう言って姫沢さんは拳を構えた

「なんかずいぶん舐められてるみたいだがガキ2人で何が出来るってんだ」

「にしてもお嬢ちゃんまさか素手で戦うのか?」

 僕たちのやりとりを見ていた悪魔達が嘲る中姫沢さんが地面を蹴った

「山茶花一式・散り蓮華」

 一瞬で悪魔との間合いを詰めた姫沢さんが叫ぶのと同時に拳の連撃が悪魔に浴びせかけられる

 最期の一発は悪魔の顔面をがっつりと打ち抜いた

 ドゴン!

 悪魔は勢いよく吹っ飛ぶと後ろにあった廃材の山に沈んでそのまま動かなくなった

「山茶花三式・首斬り牡丹」

 姫沢さんは悪魔を殴ったそのままの勢いで回転すると地面を蹴り飛び上がるともう一体の悪魔の頭上から拳を振り下ろした

 悪魔の首からゴキッという鈍い音が響くと地面に倒れ伏せる

「え……」

 一瞬の出来事につい声が漏れる

「残り3人ですか、とりあえず全員戦闘不能にしてから核を破壊します」

 悪魔は人より傷の治りが早いし痛みを感じないとはいえ身体へそれなりのダメージを受ければ回復するまで動けなくなるのは人と変わらない

「ちょ、調子に乗るなっ!!」

 明らかに焦った様子の残り三体の悪魔も構えを取るがそれよりも早く姫沢さんの拳が届き次の瞬間には三体とも地面に沈んでいた

 そして何かを言うこともなく姫沢さんはそれぞれの悪魔に近寄り核を打撃で破壊していく

 その度に砂塵に飲まれて名前を呼ぶ

 つまり記憶汚染を五体分も体験している筈なのにすべての悪魔が砂塵と化した後も姫沢さんは毅然として立っていた

「ひ、姫沢さん、大丈夫なんですか……?」

 そんな姫沢さんに恐る恐る声をかける

「何がでしょうか?」

 パンパンっと手を払うと髪を手でなびかせながらこちらを見る

「記憶汚染を五体分も、平気なんですか?」

「あー、その点はお気になさらず、わたしの感情はそれぐらいで揺れ動きませんので、そんなことより今は合流を目指しましょう」

 姫沢さんはそれだけ言うとすたすたと歩きだしてしまった

「は、はい」

 僕は慌ててその後を追いかける

「まずは昴さまとの合流を第一に考えて動きましょう」

「え? 兼合さんよりフランツさんとの合流を目指すべきではないでしょうか、兼合さんは風鬼委員ですがフランツさんは美化委員です、1人になっているのであればそちらのほうが危険では?」

 純粋に疑問に思ったことを口にする

「フランツの心配なんてそれこそ必要のないことです」

「何でですか?」

「今から約11年前ヴォルフックス戦役で悪魔の九代真祖のうち1人ベリアルを米国と我が日本の畏因会が協同で討ち取りました、長い年月の中で2人目の九代真祖の討伐、これは歴史に残る快挙です、その時日本側の立役者となった人はわかりますか?」

 姫沢さんは歩を止めることなく話続ける

「……確かアメリカ側の英雄は大々的に顔も出してメディアでも騒いでいましたが日本の英雄は顔出しもせず気取らないその人柄と共闘したアメリカの英雄が話したバトルスタイルから拳帝フリードマンと呼ばれたと記憶しています」

 ヴォルフックス戦役とは九代真祖の1体であるベリアルを倒す為に起こった戦争だ

 ベリアルは長きにわたって人を拐っては奴隷のように扱い悪魔だけの村を作っていた

 相手が九代真祖ということもあり永らく均衡を保っていたベリアルとの戦争の引き金になったのはベリアルの作った村にいた悪魔がある著名な富豪の息子の心を食ったからだ

 悪魔の村などあるべきではないという国の権力者である被害者の親の言葉を国も無視は出来ずその村を殲滅することが決まった

 そこでアメリカが九代真祖を根絶やすという目的の元日本と共同戦線を張った

 その結果が両国多大な犠牲を払ってベリアルを退治し悪魔の村も壊滅した

 そんなヴォルフックス戦役には僕が言った通りアメリカ、日本それぞれに英雄がいる

 剣聖アレクサンダーと拳帝フリードマン

 最終的にベリアルを追い詰めたのがその2人だったのだ

「そう、その拳帝のフルネームはフランツ・フリードマン、フランツがヴォルフックス戦役の英雄の1人です、今は訳あって前線から離脱して美化委員の庶務として活動していますが元々は封鬼委員第二庶務長、つまり昴さまの前任者に当たります、今この場にいる人間で一番強い人を心配している場合じゃないでしょう」

 喋りきると姫沢さんはふんっと鼻を鳴らした

 フランツさんのことを話している筈なのに何故姫沢さんが胸を張っているのかはよくわからないがまさかそんなすごい人が間近にいたという事実に衝撃を受ける

「と、話はここまでです、新手ですね」

 姫沢さんはそう言って立ち止まると僕に後ろに下がるようにと手で制した

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