フランツと桃香
「兼合さんおはようございます」
「はよー」
僕はリビングに入るとまず挨拶をする
「今日は別のペアと合同任務のようです、アキハバラ地区と隣接する地区で合計8回発見されている残心の追跡に成功したようで居場所を発見しました、今まではかなり残心が薄くなってからの犯行だったのですが6回目から7回目にかけてはかなり短期間かつ近場だったようで犯行後すぐに被害者の発見に繋がりました、そこからまたすぐの場所で8回目の犯行、おそらく抑えが効かなくなったものと思われます」
僕は端的に今日の任務内容を伝える
「ふーん」
あのスイーツバイキングの日からまた少し経ったが何かが劇的に変わったとかそんなことはなかった
少し会話が増えたとかそのくらい
今までは僕が話しかけて嫌々兼合さんが返事を返してくれる、そんな感じだったがたまに兼合さんのほうからも声をかけてくれることがあるようになった
まぁコンビニ行くけど何かいるかとかそれぐらいのことだが
「で、今回一緒だっていうペアは誰?」
兼合さんは腰に刀を刺しながら言う
「それが、会ってからのお楽しみだとか……」
普段であれば一緒に組むペアは事前に知らせられるのだが今回は何故か教えてくれなかった
「なんだそれ、嫌な予感しかしないんだけど……」
「……そうですよねー」
こんなことは今回が初めてなので僕自身不安を感じながら家を出た
「待ち合わせ場所はこの先の公園で一一」
「昴さまーっ!!!」
私が公園のほうを指差して兼合さんに話しかけた瞬間それを遮る大声が聞こえて突き飛ばされよろける
「一体なんですか……」
僕がなんとか体勢を立て直してそちらを見ればピンク髪のツインテールにいわゆるロリータと言うのだろうかフリフリの服を着た少女が兼合さんに抱きついていた
「は!? 桃香!? お前なんでいるんだよ、っていうか離れろ!」
兼合さんは身をよじるが桃香と呼ばれた少女は離れる気はないようだ
「桃香は昴さまに早く逢いたくてぇ、とっとと用事は終わらせて帰ってきました! 寂しかったですか昴さまっ」
「最悪だ……今日のペアってお前だったのか」
「そうです! だからわがまま言って黙っててもらったんですよ? サプライズってやつです!」
駄目だ
目の前で繰り出される何て言うんだ? そう、茶番に僕は苦笑いする
「あのー、いまいち状況が掴めないのですがお二人はお知り合いですか?」
僕がそろりと声をかけると少女はこちらを冷ややかな目で見る
「昴さまー、なんですこのちっちゃいの、桃香と昴さまにに気安く話しかけないでいただけます?」
「あ゛?」
なんだこの女は
ていうかたいして身長変わらないだろという言葉をなんとか飲み下す
「おいおい桃香嬢、あんまり刺々しいのは良くないぜ?」
僕と少女の間でバチバチと火花を散らしていれば後ろから低い男性の声が聞こえて振り返るとそこには40代後半ぐらいに見える男性が立っていた
「フランツは黙っていてください!」
「まぁまぁ、ほら離れな、ちゃんと挨拶はするのが礼儀だぜ?」
フランツと呼ばれた男性は少女の首根っこを掴むと兼合さんから引き剥がした
「助かった、フランツさん」
兼合さんは掴まれて乱れた服を正す
「いえいえ、昴の坊っちゃんも元気そうで何より」
「フランツ! だからその掴みかたはやめてくださいって言ってるでしょ!?」
首根っこを掴まれたままの少女はじたばたと暴れる
「離してやるからちゃんと自己紹介できるか?」
「……わかりました」
「よし」
男性が手を離す
なんかこれに似た光景を見たことがある気がする
兼合さんと会ったあの日画材屋さんで
「封鬼委員庶務の姫沢桃香、昴さまとはそれはそれは深ーい関係なのです!」
ね? 昴さまっと姫沢桃香は兼合さんのほうを見る
「……誤解のある言い方すんなよ、ただの知り合いだ」
嬉しそうな姫沢さんにたいして兼合さんはかなり嫌そうな顔をしている
「美化委員庶務のフランツだ、あんたが昴の坊っちゃんの新しい相棒さんか、噂には聞いてるぜ? なかなか上手くいってるってな、まぁそのおかげでうちのお嬢様はあんたさんに敵対心むき出しなわけだが」
そう言うとフランツさんはからからと笑いながら僕のほうへ手を差し出す
「いえ大丈夫です、僕は美化委員庶務の双葉リゲルです、今日はよろしくお願いします」
僕はその手を取って挨拶を返す
「挨拶も終わりましたし移動しません? 桃香は早くこんなの終わらせて久しぶりに会えた昴さまといちゃいちゃしたいので」
「俺はいちゃいちゃとかしねぇっていうか手を離せ……」
姫沢さんはそんなことを言いながら兼合さんの手を掴んで勝手に歩きだす
兼合さんは抵抗しているが抵抗むなしく引きずられていく
「……兼合さんから手を離してくれませんか姫沢さん、嫌がっているでしょう」
僕は兼合さんの引っ張られていないほうの手を取る
「これは照れてるだけなので、それにこれは昴さまと桃香の問題ですからチビ助は口出さないでくださいます?」
姫沢さんはこちらを一瞥して冷ややかに言う
なんというか、ああ、こいつは本当に気に入らない
「初対面の相手にそういう態度をとってる時点でお里が知れますね、少なくとも僕には照れ隠しには見えませんが」
「は? 昴さまと出会ってたった1月とちょっとしかたってないやつに何がわかるっていうんですか? ねぇ昴さま?」
また僕と姫沢さんの間でばちりと火花が散る
「はいはいそこまでだ、とりあえず2人とも昴の坊っちゃんの手を離してやれや、で、続きは仕事が終わってからな、こうやっている間にも事態は悪くなることだってあるんだぜ?」
そんな僕達の間にフランツさんが割ってはいる
「桃香は最初から早く終わらせようって言ってましたけどー」
そう言いながら姫沢さんはこちらをちらりと見やる
「……」
だがここでまたつっかかっていれば本当に話が進まない
僕は少し眉間にシワを寄せながら姫沢さんから視線を外した
「ほらほらこれ以上続けたらお嬢の負けだぜ? リゲル坊っちゃんはもう何も言ってないんだからな」
「……チッ」
姫沢さんは小さく舌打ちをするとこちらを一瞥して兼合さんから手を離した
「それじゃあリゲル坊っちゃん残心は当初の位置から移動してるか?」
「あ、いえ、まだ特定した位置から移動はしていないようです」
僕は端末を確認して答える
「よし、じゃあ行くか」
兼合さんははぁっと一息つくと歩き始めた