93. 椎名泉、出会う(前編)
バーストウルフは『やっぱりわたし、一緒に行けない?』と言いたげな涙目で俺に視線を送ってくる。
俺はおずおずと口を開き、言葉を選びながら彼女に答える。
「……とりあえず、町には連れていけないから……悪いけど、一旦森の中で待っててくれるか。町長に依頼完了の報告をしないといけないんだ」
『うう……お留守番かぁ……』
「また明日迎えに来る。それでメイン街道を外れた道沿いにケルナ戻って、ギルドにも依頼達成の報告をして――それから、どうするか考えような」
“ケルナ”と言いながらパッと脳裏に浮かんだのは、町への出入りを取り仕切る刑務局の局員・パーシモンさんや、既に使徒(?)バレしているユー主任だ。一度、彼らに相談するのもアリかもしれない。
『わかったよぉ〜〜……ぜったい、ぜ〜ったい迎えに来てね?約束だよ?』
「あぁ、朝一に迎えに来るよ」
バーストウルフの言葉にすかさず頷くと、安心したのか表情が柔らかくなった。
『じゃ、町の近くまではおくってくね? ひとの気配がしたら、そこで降ろすよ!』
「助かる。頼んだぞ」
俺は改めてバーストウルフの背によじ登り、町へ向かって出発した。
俺は完全に現在地を見失っていたわけだが、バーストウルフにとって人間の気配を追うのはそう難しいことではなかったようで、あっという間に見覚えのある森の浅い部分まで運んでくれた。
俺は適当な場所で降ろしてもらってから、ツノウサギと共に町長宅へと向かった。
◇
「――町長さん、戻りました」
「おお、おかえり。今日は早いな?何かトラブルでも……」
町長は不安をにじませた表情で俺を出迎えてくれた。その不安を拭うように、俺は軽く首を振って愛想よく笑う。
「いえ、グランドアントを全滅させたので報告に戻ってきたんです」
「……うん?」
「えぇと、グランドアントを全滅させたので……」
「ぜ、全滅!?」
声が小さかったかと一段階声量を上げながら復唱しようとすると、言い切る前に町長は目を剥いて叫んだ。肩の上でツノウサギが『そりゃそんな反応になるよね……』と諦めたような声で呟いた。
俺は苦笑しながら、彼を落ち着かせるよう穏やかな声で続ける。
「全滅です。巣ごと消滅させたんで」
「巣!?それじゃまさか、バーストアントも……?」
「倒しましたね」
「ばっ……馬鹿な……!? そんな……いくらシーナさんでも……いや、しかし……そんなすぐバレる嘘をつくわけがないし……」
「と……とりあえず、教会行きましょうか……」
目を白黒させながらブツブツと呟く町長を、隣の教会へと誘導する。こんなとき、ジャッジメントは本当に便利だ。
教会の扉を開くと、そこは相変わらず無人で閑散としていた。俺は中央の水晶玉――ジャッジメントに触れながら、口を開く。
「さっき、この森の奥にあったグランドアントの巣を消滅させました」
俺の言葉に感応し、水晶玉は真っ青に光り輝いた。
「青……! まさか、本当に……バーストアントも!?」
「はい、この世からきっちりと消滅させておきました。灰も残ってませんよ」
俺は自信たっぷりな表情を顔に貼り付けつつ答えた。……内心、『まぁ異世界に転移しただけなんですけどね』と付け加えておくが。
町長は青く光り続ける水晶を驚愕の目で見つめながら、口角を引きつらせている。
「ほ……本当に倒したのか……君は、何者なんだ? ただのEランクじゃないだろう?」
「はは……人より魔力が多いんですよ」
「魔力が多いって、それだけでそんな簡単に……」
町長は脱力した様子で額に手を当てている。俺はあまり深く突っ込まれても困るので、曖昧な笑みを浮かべるだけにしておいた。
しばらく唸っていた町長も、やがて冷静になってきたのか、しみじみと勝利を噛みしめるような表情で青く光る水晶玉を見つめた。
「……しかし……確かに奴らは討伐されたんだろうね……もう、あの蟻共の脅威はなくなったんだな……」
「えぇ、もう畑が襲われる心配はありません」
俺ははっきりと言い切った。
水晶は依然として青く光り続けている。それをみとめた町長は、泣きそうな笑顔で俺の手を取ってブンブンと振った。
「本当に……ありがとう、助かった……本当にありがとう……!」
「い、いえ……セランの料理が好きなんで、生産量が復活してくれたら俺も嬉しいです」
「あ、あぁ!来季はきっと豊作だ!楽しみにしていてくれッ!」
町長は希望に満ちた顔で大きく頷いた。
……と、丁度そこにトントントンと教会の扉を叩く音が三つ聞こえる。
「――すみません、町長はいらっしゃいますか? 夫人からこちらにいらっしゃると伺って――」
建付けの悪い扉が軋む音と共に、一人の男が教会の中に入ってきた。艶やかな金髪に、紺色のロングコートに身を包んだ、40代後半くらいの男――先日、森で立ち往生していたところに助けに入った刑務局員だ。
町長は男の姿をみとめると、パッと愛想の良い笑顔を作りながら口を開いた。
「おっ……おお、ダヴィディアナ子爵!」
「ダッ……!?」
『え、ちょっとそれって』
聞き覚えのある名前に、ピシリと体が硬直する。“ダヴィディアナ子爵家”――俺達一行がケルナで見つけた盗難品、その持ち主だった家の名だ。町長の呼びかけから察するに、彼はその御当主様だろうか。
俺が体を固まらせていると、彼も俺の存在に気付いたようで、『おや、君は……』と呟いた。町長はそんな俺達の態度を交互に見て、小首をかしげる。
「……? シーナさん、ダヴィディアナ様とお知り合いだったのか?」
「あ、いや、えぇと……」
「昨日、少々手助けいただいたんです。ユラノ町へ行く道を開けてくれて」
俺が言い淀んでいると、ダヴィディアナ様の補足が入る。
「おお、ではユラノへは行けたのですね」
「えぇ、おかげさまで」
「それはよかった。……お探しの方は、見つかりましたか?」
「……いいえ」
無表情で首を振るダヴィディアナ様を見て、町長は『残念ですな』と眉尻を下げた。
……貴族様があんなところに何の用だと思ったが、人探しだったのか? 貴族本人が警官っぽい仕事をしてるのも、なんとなく不思議だが。
外野で2人の会話を聞いていると、やがてダヴィディアナ様がくるりと俺の方に向き直った。
「……2人はここで何を?」
「あぁ……このEランク冒険者のシーナさんが、グランドアントの巣を燃やして消滅させたってんでね。念の為真偽の確認をと思いましてな!」
「Eランク冒険者が……グランドアントの巣をですか?」
「えぇ、バーストアントの討伐までやってくれたんですよ!」
「……ほう?」
町長が興奮気味に語るのを、ダヴィディアナ様はいぶかしげな視線で答えた。しかし町長は変わらぬ調子で続ける。
「判定は青。完全討伐に間違いありません。いやはや、本当に驚きました!」
「そう……ですか。……まぁ、あの土砂を一瞬で片付けたのですから、バーストアント討伐くらい、造作もないんでしょうね」
ダヴィディアナ様は納得したように頷いた。俺が曖昧に笑っていると、彼は顎に手を当てて、何か考え込むような素振りを見せる。やがてスッと目を細めながら、その左手を上げた。
「……キミはもしかして、“これ”を取り返してくれた冒険者か?」
「え……あ、」
挙げられた左手には、シルバーの指輪が鈍く光っている。……あれはもしや、俺たちがケルナで発見した盗難品では。
パーシモンさんには、持ち主の貴族に俺の名前を出さないようお願いしていたが、『冒険者が窃盗団逮捕に協力した』とは伝えたらしい。それだけでどうして俺だと分かったのかは不明だが、彼は半ば確信をもって尋ねているような雰囲気を感じる。
当時はあまりお上の人間に関わり合いになりたくなくて、名前を出さないように頼んでいたわけだが……、
『……椎名さん、貴族相手にウソはまずい。バレたら面倒なことになるよ』
肩の上のツノウサギが、その前足でポフポフと首を叩く。俺は心の中で『だよなぁ』と項垂れつつ、小さく頷いた。
「……は、はい。俺と仲間で、窃盗団の逮捕に協力しました……」
「そうか……この後、時間はありますか。キミと少し――2人で、話がしたい」
「は……はい」
有無を言わさぬ言いように、俺は勢いに任せて頷いた。
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