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92. 椎名泉、思い悩む

 見上げるは土の壁。その高さは数メートル、横幅は……終わりが木々に阻まれて見えないが、数十メートルは続いていそうだ。

 

「異世界の蟻の巣って地上にできるのか……っていうかデカすぎないか?」

『まぁ、かなり大きな群れなんでしょ。……予想はしてたよ、だってグランドアントが中級のけものの縄張りに拠点を作るなんて、すくなくとも1000匹以上の群れに――それを統率するバーストアントがいなきゃ無理だと思う』

「バーストアント?」

『グランドアントの上級クラスだよぉ。したっぱのグランドアントを使って力押ししてくるから、倒すのは結構めんどくさいんだよねぇ……』


 バーストウルフはしみじみと頷きながら呟いた。

 ……この最強狼にそこまで言わしめるということは、気を引き締めてかかる必要があるだろう。

 どう始末をつけるかと悩んでいると、バーストウルフが胸を張って一歩前に出た。


『よおし!とりあえず魔法ぶっ放して巣を壊しちゃうよ〜!』


 そう言いながらぱかんと口を開けるが、すかさずツノウサギが彼女の頭に飛び乗り、べしんとウサキックをかました。それは中々の威力だったようで、バーストウルフは衝撃で口を閉じた上で『い"〜……っ!』と唸るような声を上げている。


『ちょっと、バカなの? 中途半端に壊したらそこからワラワラ出てきちゃうでしょ。そうなったらグランドアントお得意の力押し戦法に出られちゃうじゃない』


 ツノウサギが真顔で言い放つと、バーストウルフはすぐにハッとした表情になる。そのまま、『へぁ! あ、そっかぁ……』と言いながらしおしおと表情を曇らせた。


『ったく、これだから上級のけものは……。いつも自分の強さに奢って力押しするしか脳がないんだか』

『うぅ〜〜先輩ちゃんシンラツだよぉ……』

「まっ、まぁまぁ!でも、巣を燃やすっていうのはいい案だよな!」


 なおも追撃をかまそうとするツノウサギの口を抑え、2匹の間に割って入る。ツノウサギはプイッと表情をそむけながら、巣の方を前足で示した。


『とりあえず、入り口を見つけてそこから中に炎を流し込んだら? 内側から丸焼きにするのがいいと思う』

「そ、そうだな。とりあえず入り口を探そう」


 しゅんとするバーストウルフをなだめつつ、巣の周りをぐるりと歩く。

 巣は1辺20メートルほどの立方体になっていた。側面は土で埋まっているが、一箇所だけ50cmほどの穴がある。これが巣の入り口だろう。

 そっと中を覗き込むと真っ暗だったが、広い空洞が広がっていそうだった。


「よし……じゃあ頼めるか、ツノウサギ」

『ん、任せて』

『先輩ちゃんがんばって〜!』


 俺はツノウサギを入り口の前で抱えた。ツノウサギはしばらく呼吸を整えたあと、『【炎よ】!』と詠唱を放った。


 渦巻く炎が穴から巣の中に飛びこむ。ほどなくして、ドンという轟音が土壁の中に響き渡った。ぎしぎしと土壁が揺れる音が外まで聞こえる。


「ん……お、なんか……鳴き声が聞こえる?」

『んー、襲撃されてるぞぉ〜って言ってるぽいねぇ。先輩ちゃん、もう何回かぶっ放したほうがいくない?』

『わかってる。――【炎よ】、【燃えろ】、【燃えろ】、【燃えろ】!』


 ツノウサギは立て続けに4度の詠唱を行い、巣の中に火を放った。着弾の振動が巣の中に轟き、呻くような鳴き声は一層大きくなった。


「ツノウサギ……もはやただの火炎放射器と化してるな……」

『えげつないねぇ……』


 中の様子は窺えないが、おそらく蒸し焼き状態の地獄だろう。大量虐殺しているようで心苦しさを感じなくはないが、こちらもセランの住人たちの生活がかかっている。手加減はできない。


 ツノウサギは間をおいて更に数発の炎を放ち、しばらくして巣の中から鳴き声が聞こえなくなった。


「……これで全部倒せたか?」

『んみゃ――……何か動いてる気配はするから、全滅はしてないと思うよぉ……。数はけっこう減ってるとおもうけど……』

『ボクが様子見てこようか?』


 ツノウサギは小首を傾げながら俺を見上げるが、『いや』と首を振って制止する。 


「一酸化炭素中毒とか怖いから、それはやめとけ」

『イッサン………何それ?』

「え? えーと、燃えると出てくるヤバい空気を吸い込み過ぎたら死ぬ……ってこと」

『ふーん……?』


 従魔たちは分かったような分からないような顔で頷いた。俺は苦笑しながら、地面に座り込んだ。


「まぁ、しばらく様子見てみるか。生き残りが出てくるかもしれないし」

『ん、そうだね』


 まぁ、のんびりいけばいいだろう。日はまだ高いし、バーストウルフの足があれば町に戻るのもきっとあっという間だ。

 俺はあぐらをかいて頬杖をつきながら、巣の様子を窺った。





『――あっ出てきた』


 心地よい初夏の日の光に、思わずうとうとしそうになった頃。

 ツノウサギの声で意識が覚醒した。声につられて視線をやれば、穴から覚束ない足取りでグランドアントが数匹列をなして出てきたところだった。


「ん、だいぶ弱ってるな」

『よーし、倒しちゃうよぉ!』

「あぁ、頼んだ」


 バーストウルフは意気揚々と前へ出た。そして持ち前のしなやかな前足で、ピッと蟻の胴体を薙ぎ払う。グランドアントはギャグ漫画のように弧を描いて、森のどこかへと吹っ飛ばされていった。

 ……まるで羽虫を払うが如くの対応に、思わず頬がひきつるのを感じる。彼女が敵じゃなくて、本当に良かった。俺があれを食らったら、体が“逆くの字”に折れてふっ飛ばされて即死だ。


「……これで全部か?」

『んぅ……まだだめだと思うよぉ』

『中にまだ気配がある。さっきのは偵察部隊だったのかもね』

「えぇ……どうするかな」


 二人の言葉に、俺は首を後ろにもたげる。

 ……これはずっと待っていても埒が明かなさそうだ。とはいえ、殲滅しきらなければまた繁殖されて元の木阿弥になる可能性があるし。バーストアンドとやらが討伐されたかどうかも確認できないし……。


「うーん……、あ、そうだ」


 しばらく悩んだあと、俺はふとあることに気づき、ポンと手を叩いた。

 どうしてこんな簡単なことを今まで思いつかなかったのだろう。俺はすたすたと巣に近づき、トラックストラップを通した左手を壁に手を当てた。


「【転移】!」

『ほえっ!?』

『えー……』


 その瞬間、20m四方の立方体がスッと視界から消失する。あとにはただ空き地が広がるばかりだ。


「おっ消えた。最初からこうしたら良かったな」


 入り口を探した時に巣の全体像を把握できたからか、ひとかけらも残すことなく転移できた。平地になった場所を眺めながら満足げに頷いていたが、背後からツノウサギのため息が聞こえた。


『……いや、“おっ消えた”じゃないよ、びっくりした。ふつう巣ごと転移なんかさせる?』

『なんていうか……相変わらず反則技だねぇ……』

「い……いいだろ、倒せたんだし、……――あ」


 従魔達に答えようと振り返った先で、バーストウルフの顔を見てはっとする。


「しまった……あんなところに転移させたら、かわいそう……だよな」


 今までは意識していなかったが、異空間へは生きたまま放り込まれるのだということを、彼女が思い出させてくれた。

 何もない空間でただ死を待つのみなのは、あまりにも残酷だ。結局討伐する必要があるとはいえ、生き物を無駄に苦しませて殺す必要はないだろう。

 判断を誤ったかと腕を組んで唸っていると、バーストウルフはけろりとした表情で首を振った。


『別にいいんじゃなぁい? 虫系の種族は自我があるわけじゃないもん』

「あ、そうなのか?」


 バーストウルフの言葉に、俺はホッと胸を撫で下ろした。ロボットやゴーレムみたいな感じなのだろうか? そういった存在なら、その後を気にする必要はないだろう。

 続けてツノウサギが呆れ気味の表情で口を開いた。


『あいつらは基本的に餌を求めて動いてるだけだからね。……っていうかそもそも、そんな配慮必要ないでしょ。町と椎名さんを襲ったほうが悪い』

「お前、本当にドライだな……」


 冷めた声音でピシャリと言い放つツノウサギに、思わず苦笑が漏れる。

 ……まぁ、とりあえず懸案事項は解決ということでいいだろう。


「……じゃあこれで依頼達成だな。町に戻るか」

『はぁい!んじゃ、乗って乗って椎名さん!』

「あぁ、頼むぞ」


 俺の身体能力に合わせて、バーストウルフが地面に屈んでくれる。俺はその前足を踏み台代わりによじ登ろうとしたが、そのときツノウサギがぺしりと頬を叩いた。


「ちょっとまって椎名さん、この図体のけものを町に連れて行くつもりなの?」

「……まずいか?」

『まずくないと思うの?』

「まずいよなぁ……」


 ツノウサギの最もすぎるツッコミに、俺は肩を落とした。


『あぅう……そっかぁ、だめかぁ……だめだよねぇ……』


 バーストウルフはぺたんと耳を閉じて悲しげな声を漏らしている。……これだけ見れば健気で可愛い大型犬そのものなんだが、その実は上級害獣バーストウルフ。おいそれと町に連れ込むわけにいかないだろう。大騒ぎの大混乱を巻き起こすオチしか見えない。

 ……さてどうしたものだろうか。

 俺は今にも泣きそうな顔のバーストウルフを見上げながら、腕を組んだ。



お読みくださりありがとうございます。


セラン編、もといバーストウルフ仲間入り編もそろそろ終盤。

ちなみに1期でテイムするのはこの2匹だけです。

2期目か3期目に(続けば)また変なものをテイムする予定。

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