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91. 椎名泉、仲間が増える(後編)

 ぶわり。


 灰色だった視界が、突如緑豊かな森と青い空に切り替わる。無事外に出たことを確信した次の瞬間、感じたのは――浮遊感。


「ぅ、え!?」

『えっ』

『きゃわっ!』


 ――失敗した!?


 明らかに地に足がついていない感覚に、腹の奥がヒュッとなる。しかしその感覚に酔う暇もなく、すぐに地面にぶつかる衝撃が足から頭まで貫いた。


「ぃ"っ……てぇ〜〜……!」

『ひゃ〜〜……び、びっくりしたよぉ〜……!』

『じ……地面に出るわけじゃ、ないんだね……』

「みたいだな……」


 ジンジンと痛む尻をさすりながら、辺りを見渡して現状を確認する。

 どうやら俺達は地表より少し高い位置に出てしまったらしい。バーストウルフの背に乗っていたのは幸いだった。俺があの高さから落ちたら、受け身を取れずに骨を折ってもおかしくない。彼女がきれいに着地してくれたおかげで、尻が痛む程度で済んだ。


「……お前にまたがってなかったら危なかったよ。助かった、バーストウルフ」

『んふふ――っさっそく役に立っちゃったねぇ!』


 俺が肩をすくめながら笑うと、バーストウルフは得意げな顔で笑った。……対照的に、その傍らに立つツノウサギは彼女に冷めた視線を送っている。


『……調子に乗らないでよ。さっさと仕事してくれる?』

『わ、わかってるよぉ、先輩ちゃんっ!』


 ……うん、大丈夫だろうか、この従魔コンビ……。俺は一抹の不安を抱えながら、バーストウルフの背中に揺られ森を駆け抜けた。







 ドドッドドドドッ


 力強く地を蹴る音が、静かな森に響く。


『ほらほらほらぁ〜〜っ、ご主人さまのお通りだよ! そこのけそこのけ道開けろぉ〜〜っ!』


 バーストウルフは至極楽しそうに声を上げながら、森の小道を駆け抜けていく。そんな彼女に恐れをなしてか、獣たちが慌てて森の奥に逃げ込むのが遠目に見えた。突進してくる3m級の狼など、彼らにとって恐怖の対象でしかないだろう。

 ……よく考えれば、あの異空間で生き残ったってことはバーストスネークも倒したってことだよな、彼女は。ゆるふわちゃんに見えて、実は食物連鎖の頂点に近い位置に君臨していそうだ。


『凄いな、バーストウルフ……速いし他の獣に襲われない』

『でしょお!?わたしって強いんだもんね〜!』


 思わず上げた感嘆の声に、バーストウルフは自信たっぷりに声を弾ませる。


「あぁ……それに、さっきから気持ち悪くならないし」

『んえ?どゆことぉ?』

「乗り物酔いが起きないんだよ」


 ……そう、先程から森をしばらく走っているが、乗り物酔いが起きそうな予兆が感じられないのだ。いつもなら、そろそろヘロヘロになっている頃合いである。

 “自分の運転している車は酔わない”とか、“乗馬では酔わない”とか……そういうのと同じ理論かもしれない。


「これは超ありがたいぞ……! 俺、酔うから馬車が苦手だったんだ。今後はお前に乗れば問題ないな」

『ほんと!? わたし、いい子!?』

「あぁ、超いい子。花丸満点だ」

『ヤッタ〜〜!』


 わしわしと頭を撫でるとバーストウルフはより一層嬉しげな声を上げて、ビュンと加速した。


『……上級のけものを馬車馬扱いするのもどうかと思うけど……』

「……、あ、確かに」


 ツノウサギに呆れたような視線を向けられ、小さく頷く。

 ……言われてみれば、この状況は一般社員が代表取締役に車の運転をさせているようなものかもしれない。そう思うと恐れ多いな。

 しかし、当の本人はニコニコ顔。機嫌良くぐんぐん加速していった。もはや馬車など比べ物にならないくらいの速さだ。


『にふふ、もっといいトコ見せちゃうんだからね〜!……ん、こっち!もーすぐだよ、椎名さん!』

「え……もう見つけたのか!?」

『まーねぇ!』


 あっさりと言い放つバーストウルフに、素直に感心する。適当に走り回っていたわけではないということか。


『……まぁ、確かに、あるね、気配』

『でしょお?』

『む……、まぁ……それなりにやるんじゃない……』


 ツノウサギはムッとした表情で顔を背けた。

 ……明らかにバーストウルフに嫉妬しているというか、拗ねているというか、そんな感情がありありとわかる声音だ。


『あ……よーし、ここだよぉ!』


 やがてバーストウルフはキッと急ブレーキをかける。俺は前方に投げ出されそうになるのを耐えつつ、『お疲れ』とその毛並みをなでた。

 そのまま滑り台のように背中を降りると、バーストウルフはキラキラした瞳で振り返る。


『ね、ね、どうだったぁ!? すぐ見つけられたし、他の獣はけちらせるし! ねぇ、わたしってば役に立っちゃうでしょ!?』

「あ、あぁ……カッコよかったぞ」

『っしゃ〜〜! ね、これ、合格だよね!?ね!?椎名さん、私も一緒に連れてってくれるよね!?』

「俺は別に構わないが……ツノウサギはどうだ?」


 ぐいぐい身を乗り出してくるバーストウルフにたじろぎつつ、ツノウサギの顔色を伺う。彼女を仲間に引き入れるなら、先輩である彼の同意を得ないわけにはいかない。

 ツノウサギは決まり悪そうに視線をそらしながら、口を開いた。


『別に……ボクはなんでもいいけど』

『ほ、ほんと!?先輩ちゃん!』

「い、いいのかツノウサギ?」


 ……顔面はどう考えても『いやです』と言いたげな表情だが。

 

『椎名さんのことを考えたら、一緒に来たほうがいい。椎名さん、索敵苦手だし、体力無しだし、足も遅いし……そこをカバーできるでしょ』

「た、確かに、まぁ、それは……な……」


 ツノウサギにじとっとした目を向けられ、思わず視線が泳ぐ。気遣ってくれるのが嬉しい反面、ボコボコな言われように若干の悲しみを禁じ得ない。


『――でもね、バーストウルフ。だからって調子乗らないでよね。ちょっと魔法が使えて、ちょっと足が速くて、ちょっと、索敵が、できて……ちょっと……強いくらいで……』


 最初はキツかった言葉尻が、だんだん弱々しくなっていく。言えば言うほどバーストウルフのスペックが際立つばかりで、自分と比較してしまったのだろう。

 ついに黙り込んでしまったツノウサギの背を、俺は慌てて撫でた。


「ツ……ツノウサギはツノウサギでいいとこあるからな?もふもふだし……賢いし……食べっぷりいいし……」

『もうちょっと褒めるとこないの、椎名さん』


 ……一応フォローしたつもりなんだが、ツノウサギは逆に胡乱な目を向けてくる。

 とはいえ俺自身、彼女が現れたからといって、ツノウサギの存在をないがしろにするつもりは毛頭ない。彼にはずっと世話になっているし、兎は正義である。

 どういえば伝わるかと悩んでいるうちに、ツノウサギはため息をついた。


『まぁ、ボクも自分の役割はわかってる。椎名さんが普通に魔法を使ってるって周りのヒトに思わせるには、ボクが不可欠』

「そ……そうそう、お前にはいつも助けられてるよ」


 わしゃわしゃと背中を撫でながら同意すると、ツノウサギも『わかってるならいいけど』と多少気を良くした声色で答えた。

 ……とりあえず、冷戦は一旦おさまったらしい。 


「じゃあ、まぁ……改めてよろしくな、バーストウルフ」

『うんっよろしくねぇ、椎名さん、先輩ちゃん!』


 これで正式にツノウサギとバーストウルフ、俺で旅仲間の再結成。

 乗り物酔いの懸念もなくなって、次にアカシアさんと向かう立ち入り制限区域――Dランク以上でなければ入れないという、シスイの森でも安心だろう。これからの旅が楽しみである。


 そのためにも、まずは目の前のグランドアントの殲滅戦……なんだが。


「……で、巣ってどこにあるんだ?それらしい場所はないが……」


 辺りを見渡すが、地面に蟻の巣のような場所は見当たらない。あれだけ体が大きい蟻なら、出入り口に50cmくらいの穴が必要だと思うんだが。


『え、目の前にあるでしょ』

「目の前? 崖しかないと思うが……」


 ツノウサギの声につられて見上げた先には、高さ数メートルの土の壁。俺が首を傾げると、ツノウサギはさも当然のような声で続けた。


『だから、それがグランドアントの巣でしょ』

「え、これ巣なのか!?」


 思わず崖を2度見しながら、俺は呆然と立ち尽くした。



お読みくださりありがとうございます。

しばし体調を崩しておりました。更新遅くなりましてすみません。

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