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9. 椎名泉、ただいま

いきなり毎日更新チャレンジに失敗してしまいました……。

遅くなって申し訳ないです。今日は夜には次話更新予定です。

 どこからか、声が聞こえる。


「シーナさん、いるのか――!?いたら返事してくれ――!」

「シーナさーんっどこですかあ――っ!」

「オイ、シーナ何処だァ――!?」


 遠くから俺の名を呼ぶ声――ショウとアカシアさん、ザンさんの声だ。


「……あっ!! しまった、もう夕方か!」


 慌てて辺りを見渡せば、すっかり日が傾きかかっていた。空は薄い藍色に染まっている。

 このまともな明かりもない中世ファンタジー世界で、夜の森にいるのは非常に危険極まりないだろう。遅くまでいるつもるはなかったのに、あまりに検証が楽しかったせいで俺は時間を忘れて熱中してしまっていた。

 3人はあまりに帰りの遅い俺を探しに来てくれたのだろう。


「ご、ごめん、俺、ここ!!」


 大きな声を上げれば、すぐに「シーナさんの声だ!」という声とともにショウが現れた。


「シーナさん!よかった、見つかった!」


 ショウは汗を滲ませて息を切らしており、相当走り回ってくれていたことが窺える。続けて現れたザンさんとアカシアさんも似たような様子だ。


「ご、ごめん、本当に……気づいたら、こんな時間で」

「シーナさん、大丈夫!?」

「怪我して動けなくなったとかじゃないですよね――っ!?」

「だ、大丈夫!大丈夫だ!」


 ショウとアカシアさんはワッと俺の方に駆け寄る。両側からガクガクと体を揺さぶられながら早口で捲し立てられ、聞き取れない部分もあったが、心配されているということだけは分かった。


「もう、ほんっっとうに心配したよ!こんな時間まで森にいるなんて危ないでしょ!」

「そうですよっ!しかもワタシ、森の奥まで行っちゃダメですよって言ったのに――っ!やっぱりワタシがついていくんでした――っ!」

「全くだ!俺も早く帰って来いよって言っただろォが!」

「ほ、本当にすまん……」


 まさか、『暗くならない内に家に帰る』という子どもでも守れる言いつけを破ってしまうことになろうとは……。能力検証が楽しすぎて、あまりにも周りが見えていなかった。

 反省してもう一度『ごめん』と頭を下げれば、「もー、仕方ないなぁ」というショウ声と共に、背中をポンポンと叩かれた。


「まぁ無事ならよかったよ。とりあえずうちに帰ろっか!」


 ショウは柔らかく笑いながら来た道を指差す。アカシアさんの方も、「そうですね!」とニコニコ顔だ。2人とも大層手間を掛けさせられただろうに、あっさりと許してくれたようだ。なんとも寛大である。

 一方、ザンさんは少し険しい表情を浮かべていた。俺に怒っているのかと不安になったが、どうやらそうではないらしい。


「オラ、サッサと帰んぞ。最近この辺で害獣の群れを見かけたって奴が居るらしいからな」

「害……獣?」

「えーっと、凶暴な獣のことだよ!」

「黒っぽくて大きい体で、人を見ると襲ってくるんです!とーっても怖い生き物なんですよ――っ!」


 黒、大きい、獣……俺がさっき見た見た猪がそうだったな。あんなのが何体もいるのか。さっさとこの場を離脱しようとしたのは正解らしい。


 ……というか、この3人はその危険を承知で探しに来てくれたってことだよな。余所者の俺なんか放っとけばいいのに、この人たちは人徳がカンストしてるのだろうか……。

 そう感慨に耽っていると、アカシアさんに腕をぐいぐいと引っ張られた。


「ほーらっ!早く行きましょ、シーナさんっ!」

「あ、あぁ」


 ……一回り年下の彼女の中で、俺はすっかり『頼りないボケた男』というカテゴライズをされていそうだ。なんとも情けない話である。


 俺はアカシアさんに腕を引っ張られつつ、夕焼けに染まった森の一本道を進んだ。


 夕暮れの光が透けて黄金にも見える梢。

 木の葉の隙間を抜けた光が、きらきらと視界を舞う。

 春先の少し涼しいくらいの風が、澄んだ森の空気を運び、体を巡った。

 ずっと都会暮らしをしていた俺にとっては、新鮮な心地だ。


「……綺麗、だな」


 思わず素直な感想が口をついて出る。

 それを聞いたザンさんは、苦い顔をしながらバシンと俺の背中を叩いた。


「なァに呑気なこと言ってンだよ!夜の森は危ェんだぞ!」

「す、すまん。地元、森、無い、から……、新鮮」

「ふふ、俺はその気持ちわかるよ! 夕方とか夜の森って、なんかいいよねー」

「ワタシも好きですっ!空気感がいいんですよね――っ!」

「……お前らなァ、ちったァ危機感持ってくれや……」

「あー……すまん……」


 はぁ、とため息をつくザンさんに、申し訳ない気持ちになりつつ苦笑した。


 ……そんな他愛のない話をしながら歩くこと数十分。

 俺たちはようやく町に到着した。

 その頃にはすっかり日も落ち、辺りの民家にはぽつぽつと明かりが点いていた。夕食の匂いと家族の笑い声があちこちから届く。


「ふぃーっ、無事到着ですねっ!」

「走り回ったから腹減ったな!帰ったらすぐ飯にすっかァ!」


 そう言ってザンさんは自身の腹を擦る。言われてみれば、こちらの世界の夕食の時間はすっかり過ぎている。申し訳ないことをしたなと改めて思っていると、ショウが何かを思いついたように「そうだ、」と手を叩いた。


「2人とも、これからよかったらうちに来る? シーナさん探してくれたお礼に、夕飯でもご馳走させてもら」

「オッ、良いのかショウ!?」

「行きますっ!行きます超全力でご相伴にあずかります――っ!」

「え、えぇー……」


 食い気味に返事する親子に、ショウは困ったように笑った。 


「そ、そんなに期待されても、いいもの出せないよ?」

「なーに言ってるんですかっ!ショウさんの料理はなんでもおいしいデショ――っ!」

「ヨォシそうと決まればさっさと帰るぞォ!」

「ごっはん!ごっはん!ショウさんのごっはん――っ!」


 よほどショウの料理が嬉しいらしい、いつも勢いのある親子だが、それが200%増しくらいになっている。

 すっかり腹減りモードの2人に急かされ、俺たちは慌ただしくショウの家に帰った。


 当然、料理は2人分しかなかったので、ショウが追加で2人分の料理を作り始める。アカシアさんとザンさんはその手伝い。俺の料理の腕は、まぁ……アレなので、野菜をちぎったり皿を並べたり洗い物したり、といった子どものお手伝い程度の協力に留まったが。


「――よーし、完成!みんな手伝いありがとね!」

「おぉ、美味そうだな!」

「早く食べましょうっ、ワタシもうお腹が限界です――っ!」

「はいはい、どーぞ召し上がれ――」


 食卓に並ぶのはショウが気合を入れて作った料理の数々。かぼちゃの冷製スープに、野菜がゴロゴロ入ったオムレツ、ジューシーな鶏肉香草焼き、ショウ特製ガーリックオニオンソースがけ。見ているだけでぐう、と腹が鳴ってしまいそうだ。


 しかし、早速「いただきます」をしようとしたところ、ザンさんとアカシアさんが目を閉じて、手を胸の位置で組んでいるのに気づいた。


「アルシェイ、アシュターノ・リズミ!」

「アルシェ、アシュターノ・リズミっ!」


 2人の口から出たのは、“ありがとう、わたしたちの主”……という言葉。おそらく宗教的なお祈りだろう。

 転移初日にショウにいただきますを教えて以来、2人でずっとその言葉ばかり使っていため、これは初見だ。俺も真似たほうがいいのだろうかと、ちらりとショウの様子を窺ってみると――


「イタダキマス!」


 ……ショウはいつも通りの平然とした表情で、いただきますを宣言。どうやらお祈りは絶対にしないといけない、というわけではなさそうである。

 一方で、ザンさんとアカシアさんは不思議そうな顔をしてショウの方を見ていた。


「……“イタ……マス”?」

「あ、えーと、俺の国の、言葉。食事作った人と、命、感謝する。“いただきます”。」

「“イタダキマス”……ホォ?初めて聞いたなァ!」

「じゃあワタシも、イタダキマス!ショウさん、ありがと――っ!」

「イタダキマス!ありがとなショウ!」

「……ふふ、どーぞ召し上がれ!」


 ……アカシアさんとザンさんまで、いただきますに乗っかってしまった。

 良いのだろうか、この国の宗教的なお祈りを差し置いて……。まぁ、とりあえず異教徒だとか、マナー違反だとか追及されずに済んだのは良かったが。


 俺も『いただきます』をして、ようやく飯にありついた。今日も今日とてショウの料理はとても美味い。肉を噛めば肉汁が溢れ出し、ソースに絡んで口の中で溶けていく。


「あー、うまい……」

「うーっ、本当においしいです――っ!さすがショウさん、お料理の天才ですねっ!」

「ショウ、俺これおかわり!」

「はーい、ふふ、たんとお食べ――」


 4人揃ってバクバクと料理を胃に収めていく。最初こそ無心で料理を口に運んでいたが、飢餓感に余裕ができてからはみんなで団欒を楽しんだ。


「――あ、そういえばさぁ、シーナさんはなんであんなとこにいたの?」

「あ、あぁ……えーと……み、道、迷ってた。ショウはなんで、森に来た?」

「家でシーナさんの帰りを待ってたら、2人がうちに来てね。森に入ったシーナさんが帰ってきた様子がないんだけど、家には戻ってるのかって確認しに来てくれたんだよ。俺ひとりで探しに行こうかと思ったんだけど、2人が手伝ってくれるって言うから、シーナさん捜索隊を結成したわけ」

「なるほど……心配かけて、本当、すまん」

「ふふ、もういいですよ!シーナさんが無事で何よりですっ!」

「次は気ィをつけろよォ!獣に盗賊、町の外は危険が多いんだからな!」

「あぁ、ありがとう」


 豪快に笑いながらバシバシと背中を叩くザンさんに、苦笑しながら頷いた。……と、そこでアカシアさんがもの言いたげな目でショウとザンさんの方を見る。


「――まぁでも、ショウさんもザンも、人のこと言えないよねー……」

「え」

「あん?」

「ワタシ知ってるんだからね、2人とも遅くまで帰ってこないときあるデショー……」

「う……ま、まぁ、仕事が長引くとどうしても、ねー……」

「お、俺は別に良いだろ!獣だろうが盗賊だろうが返り討ちにしてんだから!」

「よく言うよ、たまに怪我して帰ってくるくせにっ!」

「う、うるせェな、アレは、あのー……ホラ、傷は男の勲章って言うだろ?だから、そう、怪我はファッション!オシャレなんだよ!あれはワザと怪我してんの!」

「斬新な言い訳だね……」

「言い訳は見苦しいデースっ!」


 アカシアさんはジトリとした視線をザンさんに向け、ショウはそんな2人を可笑しそうに見ている。



 ……そんな3人を見ていると、自然と表情筋が緩む気配がした。



 誰かとワイワイ食事するっていうのも、俺にとっては新鮮な経験だ。前の世界じゃ1人飯がデフォルトだったし、それが楽で良いと思っていた。誰かと集まっての食事なんか、コミュ障の俺にとっては他人に気を使うだけの面倒くさいものだった。

 ……でも、悪いばっかりのもんじゃないんだよな。

 ここはいい食卓だ。

 会話に入れないからって焦らなくていいし、面白い話をしなきゃと焦る必要もない。穏やかでゆるやかで、どんな駄目な自分でも許してもらえそうな気がするのだ。


「――オイ、シーナも笑ってんじゃねェよ!お前が行方不明になったせいで俺まで被弾してるんだぞ!」

「こーら、人のせいにしないの――」

「そうですよっ!聞き分けのないザンが悪いんだから――っ!」



 ……とりあえず、異世界転移だ能力検証だなんだと張り切るのは良いけど、この人たちに迷惑をかけないように生きていかないとな。

 俺は決意を新たにしつつ、夜のひとときを楽しんだ。



お読みくださりありがとうございます。


次話は前後編で、この世界の魔法事情について判明。

その後、ようやく物語が本格的に動き始めます。

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