89. 椎名泉、再会する(後編)
『ウウウウウ……!』
バーストウルフは俯き気味で唸り声を上げている。
「こ……コイツ、バーストウルフ……だよな!?」
『な、なんでここに!? だって、アイツは椎名さんが転移させて倒し……あっ!?』
「あ――っ……!」
ツノウサギが言いながら自分で気づいたのか、口元に手を当てる。そして恐らく、俺も同じ結論に至った。
「そ……そうだ、俺はあくまで害獣をこの空間に転移させてるだけ――害獣達は俺達がいる世界線から居なくなってるだけで、即死してるわけじゃない……!」
転移した物体がこの灰色空間に存在するように、バーストウルフもずっとここで生きていたのだ。転移させた物のその後など気にしていなかったが、先程荷馬車や家を見つけた時点で、その可能性を考慮しておくべきだった。
俺はバーストウルフとジリジリと距離を取りながら歯噛みする。
『で、でも、あいつを転移させたの、もう1ヶ月も前だよ……!? なんでまだ生きてるの!?』
「害獣と水!依頼やら戦闘やらで、ずっと転移させてただろ、俺はずっとコイツに餌をやってる状態だったんだよ……!」
ツノウサギに答えながら、転移した家屋にちらりと視線を向ける。その基礎の部分には、動物の骨のようなものが散乱していた。恐らくバーストウルフの餌になったのだろう。
――下手をうてば、俺もああなる。
ぞっとする気持ちを抑えながら、俺は頭をフル回転させた。
ラカイではザンさんとアカシアさんの手を借りてようやく倒した相手だ。俺とツノウサギで勝てるとは思えない。
『ど……どうする、椎名さん!』
「俺一人じゃ倒すのは無理だ……! どこかに転移して逃げ――」
そう思ってトラックを振りかぶろうとした、丁度その瞬間。
『ウッ…ウウッ、ウ――ッ!』
「!?」
唸り声を上げていたバーストウルフが、ばっと顔を上げる。その瞳は以前見たような凶悪なものではなく、きゅるっとした瞳で涙の膜が張っているようにも見えた。俺が『え』と拍子抜けした声を上げたところ、間髪入れず――
『ウワ〜〜ッシーナ様だぁああ〜〜っっ!会いたかったよぉ〜〜っ!』
続けざまに、ゆるふわ女子感があふれる声が異空間に響いた。『ぴえん』とでも言い出しそうなその声の主は、ツノウサギでなければ、もちろん俺でもなく……目の前の巨大狼。
『えっ……』
「……んっ?」
突然の事態に思考が追いつかず、俺とツノウサギは狼を2度見しつつ、顔を見合わせた。
◇
「いやぁ〜っごめんねぇ、取り乱しちゃって! ひさびさに会えたから嬉しくってさぁ……あ、まずは“はじめまして”かな? いや、はじめましてじゃないか、2回目だもんねぇ! でもお話するのはこれが初めてだから、やっぱりはじめましてかなぁ――?」
「はぁ、どうも、はじめまして……?」
見た目はどう見ても厳つい狼。しかし聞こえてくるのはゆるふわ女子高生感溢れる声のマシンガントーク。それにもふもふの尻尾はブンブンと揺れ、耳もぴょこぴょこと忙しなく動いている。
そのギャップと突然の展開に呆然としつつも、俺はとりあえず挨拶を返しておいた。
『ちょ……ちょっと椎名さん、これ、どういうことなの……!?』
「俺が聞きたい……! なんでこんな友好的なんだ……!?」
俺とツノウサギが耳元でヒソヒソと言い合っていると、バーストウルフにも聞こえたのか、『ふっふーん』と得意げな顔で笑った。
『それはもっちろん!わたしがシーナ様の従魔だからだよぉ!』
「は……じゅ、従魔!?」
『あ、そういえば椎名さん、普通に意思疎通できてるもんね……』
ツノウサギに指摘され、俺は初めて気づいた。確かに害獣の言葉が分かるのはツノウサギ以外だと初めてだ。
「いやちょっと待て……従魔ってどういうことだ? いつ、どこで、どうやってなった……?」
確かツノウサギのときは、こちらからペットになってくれとお願いして、ツノウサギがそれを承諾して関係が成立した。……バーストウルフに関しては、そういうことを一切していないはずだが、どうやって従魔契約が成立したというのだ。
俺が捲し立てるように質問を投げかけると、バーストウルフは困ったような顔で笑った。
『んー、そこはね、わたしもよく分かってないんだけど……』
「分かってない?」
俺が眉をひそめると、バーストウルフはその場におすわりしながら『うんとねぇ』と続けた。
『たぶん、話の流れから考えるとぉ……シーナ様が“魔法を使いた〜〜い!”とか考えたからじゃない?』
「は……え?なんで魔法を使いたがったら従魔ができるんだ?」
『んじゃ、順番に説明しよっか、今までのこと!んっとね――まずラカイで椎名さんにやられちゃったあと――』
そこから、バーストウルフ視点でのこの1ヶ月間の出来事について説明を受けた。
要約するとこうだ。
バーストウルフはこの空間に転移された時、最初何が起こったのか分からなかったという。ただ、心臓は動いていたので死んだわけではない、だからどこか別の世界に飛ばされてしまったのだと理解したらしい。
そしてそんなことができるのは、きっと神様か天使様なのだと思ったそうだ。それゆえ彼女は、そんな天上の存在を襲ったことに対する罰が下ったのだと判断した。
ただ、俺が今まで転移した害獣や水がその場にあったから、“天上の存在は自分を殺すつもりはなく、罰として閉じ込められている”――そんな認識をしたらしい。
それから彼女は自分の行いを反省し、毎日泣いて暮らしてたんだとか。曰く、『もうめっちゃ反省してるよ――っ!』『なんでも言うこと聞くよ――っ!』……そんなことを果ての見えない空間に向かって祈っていたらしい。
……あまりにも悲惨な状況である。
ただ、定期的に生き餌……害獣が転移してくるので、追い回したり戦ったり、それなりに刺激のある毎日だったため正気を失わずに済んだようだ。……本当に申し訳ない。
しかし、そんな生活にある転機が訪れる。ある日突然、『自分が誰かの従魔になった』という認識ができたらしいのだ。
この状況で自分が従魔になるとしたら、それは自分をここに閉じ込めた天上の人に他ならない。彼女は早速、主人である俺の聴覚と視覚を“ジャック”したらしい。
俺はそんなことができるのかと驚いたが、そういえばツノウサギが以前、“従魔は意志の他に五感も共有できる”という話をしていたことを、うっすらと思い出した。
『――そしたらシーナ様ね、魔法使いたーい、みたいな話してたんだよねぇ』
「なるほど……ルナバードに魔法を教えてもらう前のことだな?」
『うん、そうそう!わたしって炎魔法が使えたでしょ? 従魔になって許されたいわたしと、魔法を使いたいシーナさん!希望一致!契約成立!やったね!ってわけ!』
「えぇ――……」
バーストウルフは軽い雰囲気でパンッと両手を合わせ、小首をかしげる。
……まさかそんなことで従魔契約が成立してしまっていたとは驚きだ。俺が彼女の説明に口角を引き攣らせていると、不意にツノウサギが『そっか、』と納得したような声を上げた。
『……じゃあ、ジャッジメントの判定はそういうことだったんだ』
「え、ジャッジメント?」
それって、俺が害獣を炎魔法で倒したことになってるっていう話か?
俺が首をかしげると、ツノウサギはバーストウルフの方を一瞥しながら続けた。
『転移させたけものを、コイツが炎魔法で倒してたんだ。だから椎名さんが転移で消し飛ばしたときも、炎魔法で倒したことになってたんだよ。主任さんも言ってたでしょ? “従魔の力は主人の力”だって』
「え、そうなのか!?」
思わずバーストウルフの方を振り返ると、彼女はコロコロと笑いながら頷いた。
『うん、そーゆーこと! お肉は焼いて食べるのが一番でしょ? 昨日、めっちゃびっくりしてたから超笑っちゃったよぉ!』
「笑っちゃったよって……」
以前から頭を悩ませていた問題を、バーストウルフは軽く笑い飛ばす。その言いように苦笑していると、彼女は『んんっ』と言いながら、居ずまいを正してまっすぐに俺を見た。
「それじゃ、改めまして、自己紹介だね。わたし、バーストウルフ!ラカイ町出身!花も恥らう17歳!よろしくだよぉ〜〜!」
「あ、あぁ……よろしくな」
バーストウルフが“お手”のように差し出してきた前足に、俺は恐る恐る手を差し出し返し、軽く握手(?)。バーストウルフがにこーっとその笑みを深くするのを見て、俺もつられてゆるく笑った。
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