87. 椎名泉、再会する(前編)
警務局員と別れたあと、俺とツノウサギは森の探索に戻った。グランドアントを狩りつつ、数時間粘って歩き続けたが、結局巣の発見には至れず。
日も暮れ始めた頃、俺は歩き回ってくたくたの状態で町長家へと戻った。町長夫妻は相変わらずの歓迎ムードで俺を出迎えてくれた。
「……と、いうわけで巣を探してみようと思ったんですが、見つからなくて」
「巣か……なるほどなぁ」
夕食をとりながら、町長に今後の行動方針を伝えた。町長は難しい顔で髭を擦りながら続ける。
「少なくとも、森の近辺で巣が見つかったという報告はないね」
「ですよねぇ……」
「この辺の森は広いからなぁ。相当な捜索隊を結成しないと無理だろう」
町長は肩を竦めながら首を振り、『それに』と付け加える。
「森の奥には大型の害獣がいるから、あまり深くまで行くなよ。いくら魔法が得意といっても、Eランクじゃ歯が立たない」
「で……ですよね」
「我々は数を減らしてもらえばそれでいいんだ。ある程度は、一般の市民たちでも対応できるんだからな。だから、無理はするな」
諭すような口調で話す町長に、俺は思わずこくりと頷いた。
「……お気遣い、ありがとうございます」
まぁ、ご本人がそう言うなら、そこまで無理して頑張らなくても構わないか。巣の殲滅まで望んでいるなら、ギルドにそういう依頼を出しているだろうし。
……無茶振りをしてこない取引先というのも、なんだか新鮮だな。
感慨深げに頷く俺に、町長は納得した様子で『さ、冷めないうちに食べろ食べろ』と皿を押し付けた。
◇
翌朝、俺とツノウサギは再び森の探索を始めた。
「確かに、このエリアを虱潰しに回るのは無理だよな。車か……、いや、バイクがあればまだしも……」
広大な森を見渡しながら、俺はぽつりと呟く。
地図に視線を落とせば、そこには数ページ丸々“森”としか書かれていないページが続いている。どうやらセラン町の近隣にはユラノ町だけしかないらしく、その他はひたすら緑が広がっているようだ。
『バイクってなに?』
「……馬が要らない馬車?」
『……それって、ただの荷台だよね?』
「荷台が自分で動くんだよ」
異世界の文明の利器に、ツノウサギはクエスチョンマークを顔に浮かべている。そんなツノウサギの様子に苦笑しつつ、俺は話を続けた。
「……あ、そういえば兎って鼻がいいんじゃなかったっけ?匂いとかで辿れないか?」
『こんな広い範囲じゃ無理』
「ままならないなぁ」
ツノウサギの答えに納得しつつ、肩をすくめた。
もう一度地図で自分の現在位置を確認すると、俺は今町の周りの森をぐるっと一周した状態らしい。これ以上を探索を進めるなら、森の深いところに入っていく必要があるだろう。
「……これ以上の探索はやめといたほうがいいな」
『まぁ……シーナさんの力があれば大丈夫だと思うけど。確かに、奥の方から中級のけものの気配がする、かな』
「お、おぉ……マジか」
『近くなったら教えるから』
「た、頼みます……」
ツノウサギの申告に、口角がひくりと引きつるのを感じる。
うっかり中級害獣が闊歩する縄張りに入ってしまったら大変だ、引き返すか――そこまで考えたとき、俺はふとあることに気がついた。
「――でもさ、グランドアントって低級害獣なんだろ?中級害獣がうろつくような場所に住処を持ったりするもんか……?」
『あぁ、それはボクも気になってるよ。やたら数が多いのも考えると、もしかしたら――』
ツノウサギはそこまで言ってから、ピタリと言葉を止めた。その視線は森の奥をじっと見つめている。
「……、ツノウサギ?」
『来る……来るよっ、椎名さん!』
「えっ!?」
急に声を荒げたかと思うと、奥の茂みが激しく揺れる音と共に、黒い大きな塊が飛び出してきた。黒い塊――シルエットは熊そのもので、3,4mほどの体躯は逆だった黒い毛に覆われていた。
『グランドベアだっ気をつけて!』
……く、くま。
……え、熊!?
俺はあまりの迫力と衝撃に思考が停止し、ピシリとその場で固まった。熊は鋭い視線を俺に向けながら、グルル、と低い唸り声を上げている。
ツノウサギは間髪入れず、ダンと地面を蹴り上げ、俺の肩に飛び乗った。
『【炎よ】っ!』
「! ツノウサギ……!」
続けて撃ち出した炎は、熊の足元に着弾する。熊は炎を嫌がるように一歩後退した。
『ぼーっとしないでっ! あれっ中級のけものだよっ!』
「りょ……了解……っ!」
ツノウサギの叱咤に、止まっていた思考が動き出す。
咄嗟にトラック型ヒノオ石をポケットから取り出し、熊に向かって投げつけた。しかし流石は野生の熊、あっさりと避けられ木々の隙間に隠れてしまう。
「く、くそっ、狙いにくいっ……!」
第2投の狙いを定めようとするが、熊は俺達の様子を窺うように茂みに紛れてぐるりと動き回っており、狙いが定まらない。
とりあえず投げるかと構えたが、同時にツノウサギに肩を叩かれた。
『まずいよ椎名さんっもう2匹いる!』
「は……嘘だろおいっ……!」
ツノウサギが前足を向けた先には、先程と同じ黒い熊が2体。3匹はじわじわと俺たちを囲うように散開する。アラサーモヤシ社畜と兎対熊3匹――どう考えてもオーバーキルだ。
「ツ……ツノウサギ、牽制頼む!」
『了解、【炎よ】っ!』
ツノウサギが詠唱と共に炎の玉を3発撃ち出した。俺はそれが熊に当たるかどうか確認する前に、走り出した。
「とりあえず障害物がないとこまで走るぞ!」
『了解だよっ』
この障害物が多い森の中では、俺とツノウサギが不利だ。
視界が開けた場所まで誘い出し、ツノウサギの炎で牽制、怯んだところにトラックで転移、というのが最適な作戦だろう。
背後に迫り来る熊の足音を聞きながら木々の間を走り抜けると、開けた場所――森の切れ目に行き着くことができた。
来た道を振り返れば、丁度、熊達も森を抜けてきたようだ。
「よ……よし、迎え撃つぞ!」
『うんっ――【炎よ】っ!』
「グルァッ!?」
俺が頼むよりも前に、ツノウサギが彼らに向かって炎を撃つ。それは熊自身に着弾することはなかったが、地面に着弾したそれは土埃を上げて熊の視界を遮った。
「今だ――【転移】っ!」
煙越しに見えるシルエットめがけて、俺はまとめて掴んだヒノオ石を振りかぶる。コン、コン、という小石がぶつかる音が聞こえ、やがて晴れた視界の先に熊は一匹もいなかった。
「よ……しっ!」
『やったね、椎名さん』
ツノウサギと顔を見合わせてフィストバンプ。
バーストウルフと対峙したレベルの、冷や汗ものの戦闘だった。俺はふーっと大きく息を吐きながら腰をかがめ、気持ちを落ち着けてから顔を上げる。
……そこで、俺はふと重大な問題に気がついた。
「……てか……ここ、どこだ?」
『……さぁ?』
走ってきた方向を振り返る。どこが道だかわからない。
開いた地図を見下ろす。どこに居るかわからない。
……はい、これはもう、遭難確定ですね。
「どっ……どうしよう、道に迷うなんて……」
広大な森を前に漏れた声は、途方に暮れていた。
『……しかも、最悪なことに』
ツノウサギは眉間に皺を寄せつつ、地面に点々と存在する土の凹みの部分――獣の足跡らしき物を前足で示した。
『たぶん、結構奥に入っちゃってる。大型のけものの痕跡だらけだ。下手したら上級が出たっておかしくないよ』
「あ、あぁ……」
脳内でリフレインするのは、昨夜の町長のありがたいお言葉――『森の奥には大型の害獣がいて、Eランクじゃ歯が立たない』。
俺はため息交じりに空を仰いだ。
遅くなって申し訳ございません。
お読みくださりありがとうございます。




