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86. 椎名泉、手助けする

『【燃えろ】、【燃えちゃえ】っ!』

「そこまとめて【転移】!」


 炎、炎、炎、転移。炎、炎、炎、転移。

 ……そんな風景が、のどかな田舎町の片隅で繰り広げられている。


 セラン町2日目の今日も、俺とツノウサギは元気にグランドアント討伐周回イベントをこなしている。


 ……が。

 

「……終わらん……、狩っても狩っても無限に湧いて出てくるんだが……? もう気が変になりそうなんだが……?」

『うん、ボクも飽きちゃった……』


 俺がげんなりとした声で呟くと、ツノウサギが同調した。


 始めは調子よく討伐していたものの、一刻も同じことをしていれば次第に飽きるというものだ。がっくりと肩を落としている間にも、また新手が茂みの中から現れる。

 俺は小さくため息をつきながら、蟻にトラックをぶつけた。


「倒しても数が減ってる感じしないのがキツイんだよな――」


 先の見えないマラソンほど辛いものはない。

 ウィステリアさん曰く、『グランドアントは数百匹で群れを作る』ということだったが、300匹近く狩っている現時点でその出現速度が落ちていないところを見ると、もっと大きな集団を形成していそうだ。


『もう適当なとこで切り上げちゃったら? 別に全部倒さなくても、実績は充分だよね』

「や、でもまた繁殖されたら大変だし、根絶やしにしたほうがいいだろ」


 ……とはいえ、どうすればそれを達成できるだろうか。このままチマチマ狩っても焼け石に水のように感じる。

 俺が腕を組んで唸っていると、ツノウサギもしばらく首をひねった後、『そうだ』と声を上げた。


『じゃあ、巣をどうにかするのはどう?』

「巣?」

『うん、巣。グランドアントは森の中におっきな巣を作るんだよ』

「なるほど……潰せれば一網打尽か」


 俺とツノウサギはリポップの隙を見て、巣を探すべく森の中へと足を進めた。





 グランドアントの巣を探し求めること四半刻。

 俺達は森の中を練り歩いたが、特に巣らしいものは見当たらない。探索中、ツノウサギが現地の同族に聞き込みをしてくれたが、それらしい場所は見ていないという。辺りの森は広く、簡単には見つからないようだ。


「うーん……見つからないな」

『そうだね……もっと森の深いところなのかも』

「あんまり奥には行きたくないんだけどなぁ」


 俺はポシェットの中から地図を取り出し、セラン近郊のページを開いた。

 ここまで森の小道沿いに歩いていたが、そろそろ自分がどこにいるのかわからなくなり始めたのだ。


「んーと……この辺の散策は済んだから……こっちか?」

『そだね』


 地図に従い、セラン町とは反対方向に伸びる道に沿って進む。しばらく小道沿いに進むと、目の前に道幅いっぱいに積み上がる土と石の壁が現れた。


「……ん?」

『あれ、行き止まり?』

「えっ……そんなはずないぞ」


 ツノウサギの言葉に、俺はすかさず地図に目を落とした。


「この先、別の町に繋がってるはずなんだが……ほら、これ」


 現在地は、セランの隣町へと続く道の途中だ。地図によれば、徒歩後2時間ほどの場所に『ユラノ町』があるらしい。地図の元の持ち主がマークしたのか、バツ印とメモ書きが付いていた。


『なになに……“ユラノ町”……“水晶の町”? あれ、ほんとだね』

「土砂崩れでもあったのか? 完全に道が塞がれてるぞ」

『……そんな大雨、降ってたっけ?』

「最近はずっと晴れだったけど……まぁ、ケルナとここは離れてるしな。ゲリラ豪雨でもあったのかも」


 ツノウサギが『ゲリラゴーウ?』と首を傾げる傍ら、俺は頭を掻きながら地図をめくった。

 どうやらユラノ町に続く道はこれ一本らしい。住人達はライフラインを潰されているような状況だと思うのだが、大丈夫なのだろうか。


「……よし、ついでに転移させておくか」


 重機のない世界で、この規模の復旧作業は大変だろう。そう思って土砂を見上げると同時に、背後からジャリっと砂が擦れる音が聞こえた。


『……え、』


 ツノウサギの強張った鳴き声につられて振り返ると、そこには一人の男の姿――昨日、俺が気軽に道を聞いてしまった警務局員らしき男の姿があった。


「あ、き、昨日の」


 思わず彼の制服を確認するが、ツノウサギの言うようにパーシモンさんと同様――いや、それ以上に豪奢な飾りがなされた制服を着用していた。紺色のロングコート、その胸元では金属製のピンバッジや鎖に繋がれた勲章のようなものが揺れている。

 ……なるほど、確かにいかにも“高位の警務局員”って感じだ。


 俺は若干目を泳がせつつ、男に軽く会釈した。


「き、昨日は突然すみませんでした。道、教えていただけて助かりました」

「…………」


 男は俺を気にする様子もなく、土砂の方へと歩を進めた。そしてそのザラリとした表面に触れながら、頂上の方に視線を向ける。その表情は、昨日に増して険しかった。


「あの……もしかして、向こうの町にご用でも?」

「……えぇ」


 男は俺に視線を向けないまま、短く答える。その声には、僅かに苛立ちのような感情が含まれていた。この土砂を越えるのは難しいだろうし、当然の反応だろう。

 昨日彼に無礼を働いたかもしれないという負い目もあり、俺は愛想笑いを浮かべながら土砂を指差す。


「よ、よかったら、昨日のお礼にお手伝いしますね、」

「……いえ、結構で」

「【転移】!」


 俺は間髪入れず土砂にトラック型ストラップをぶつける。トラックが事故を起こした瞬間、土砂の大部分がふっと消えるが――


 ……あれ、この人、今『結構です』って言わなかったか?

 自分の“なんちゃって詠唱”にかぶって途中までしか聞こえなかったが、確かにそう言われた気がする。


 恐る恐る男の方を振り返ると、彼は呆然とした表情で立ち尽くしていた。


「……は?」

「……あ、す、すみません、必要ありませんでしたか……?」


 口角を引き攣らせつつお伺いを立てれば、男は瞬きひとつしないまま小さく首を振る。


「あ……いや……、助かる、が……」

「そうですか! 余計なことしたかと思いました」


 男の答えに、俺はホッと胸を撫で下ろす。


「そ……それよりキミ……今、何をしたんだ……?」

「あぁ、炎魔法で土砂を燃やしたんです」

「ほ、炎魔法? いや、しかし炎なんか見えなかったが」

「あー、はは、魔法得意なんですよ」


 いつも通りの質問攻めが始まろうとしているのを察した俺は、すかさず口を挟んだ。

 そのまま土砂の方に視線を逃せば、転移できなかった土砂が残っていた。恐らく、被害の範囲が俺のイメージを超えた部分まで広がっていたのだろう。


「あー、でも駄目だ、全部転移できなかった。すみません、もうちょっと整えますね――」


 男の『え……、は?え?』という混乱を滲ませた声をBGMに転移を続けていると、やがて殆どの土砂が消滅し、向こう側の景色が見えるようになった。


「よし……これだけ整えたら、通れますかね」

「あ、あぁ……、助かり……ました……」


 男の方を振り返ると、彼は未だに呆気にとられた様子で頷いている。

 ……とりあえず、これで昨日の不敬はチャラにしてもらえるだろう。


「それじゃ、俺は失礼しますね!」

「え、あ」


 警務局員に頭を深々と頭を下げ、俺はそそくさとその場を去った。高位の警官に“炎魔法”を深く追求さると厄介なことになるかもしれないし。


 水晶の町“ユラノ町”――地図には“ユラノ教会”とのメモも残っていた。水晶がウリの町の教会には興味があったし、観光がてら訪れるのもいいかと思っていたが、彼と共に向かうのも居心地が悪い。それに、グランドアントの討伐も急がないといけないしな。

 俺は若干後ろ髪を引かれる思いがしつつも、森の探索に戻った。






 ――さて、椎名が土砂を転移させた後のこと。


 ただ一人残された警務局員の男は、すっかり開けた視界を呆然と眺めながら腕を組んだ。


「なんだったんだ、今の魔法は……」


 森の中、一人呟いたその言葉に答える者は、誰もいない。男はしばし呆けたような様子だったが、やがて思考を諦めたのか、首を振って息を吐いた。


「……しかし、やるだけやって行ってしまうとはね……てっきり金銭のたぐいでも要求されるかと思ったが、変わった冒険者もいるものだな……」


 男は苦笑しながらユラノ町へと足を進める。


 ……そんな彼の手元には、かつて椎名が窃盗団から回収した指輪――ダヴィディアナ家の紋章入りの指輪が、ひっそりとはめられていた。



お読みくださりありがとうございます。

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