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85. 椎名泉、周回する(後編)


「町長さん、報告に戻りました――」


 疲れを滲ませた声と共に扉を叩いたのは、依頼を受け始めて2刻ほど経った頃だ。


 連続して襲い来る蟻達を前に戦線離脱のタイミングをはかりかねていたのだが、日が暮れはじめると同時に蟻達のリポップ速度が目に見えて下がった。恐らく夜間は行動しないのだろう。俺はチャンスとばかりに、畑を離れたわけだ。


「……戻ったか」


 俺を出迎えた町長は、さして興味もなさそうに一瞥をよこす。成果に全く期待されていないことを、ありありと感じ取れた。


「それで、どれだけ倒した?」

「えぇと、多分、100匹くらいです」


 本当はもう少し倒していると思うが、途中から数えるのが難しくなったので正確な数は分からない。とりあえず過大報告を避けるため、少なめに見積もったのだ。

 俺の申告に、町長は怪訝な表情を一層深めつつ首を傾げた。


「100?」

「100です」

「10じゃなくて?」

「100です」

「本当に?」

「100です」


 よほど信じがたいのか、町長はなおも『そっ……えぇ……!?』と気の抜けたような声を上げながら、目をぱちぱちとさせている。


「そ、そんな馬鹿な話が……い、いや、確かに、畑主のおやっさんから“やべぇ炎魔法使いがすげぇ勢いで狩りをしてる”と聞いてはいたが……」


 町長はブツブツと呟きながら考え込み、やがて小さくため息をついた。


「……ちょっと隣の教会へ付き合ってくれ」

「あー……ジャッジメント、ですね」


 真実と嘘を判定する天使の水晶、ジャッジメント――それを使って、俺の話の真偽を確かめたいのだろう。俺が肩をすくめて笑うと、町長は自嘲気味に首を振った。


「まぁ、それだけ自信があるなら、嘘はないんだろうね……」

「はは、まぁ、そうですね」


 俺は町長に連れられ、隣の教会にお邪魔した。

 そこはケルナの大教会に比べ、こじんまりした印象だ。神官が居ないし、建物も古びた床板に土壁だ。部屋の真ん中の水晶がなければ、教会だとわからないだろう。


 俺は町長に水晶に触れるように言われ、いくつかの質疑応答を行った。『あんたは100匹のグランドアントを倒したのか』『それはすべて炎魔法によるものなのか』『あんたとホーンラビットだけで倒したのか』――そのどれもにYESと答えた。


「……いやぁ、驚いたよ!」


 ジャッジメントで一通りの検証が終わった後、町長は弾んだ声を上げた。先程までの不信感に溢れた態度はどこへやらだ。


「まさか本当に、半日で100匹も倒すなんて!しかも全部炎魔法で!?信じられん!」

「はは、魔力量が多いんで」

「いやいやいや多すぎだろう!一体何発撃ったんだ!?」


 町長は興奮冷めやらぬ様子で声を上げる。俺は苦笑しながら『もう覚えてないですよ』と返した。


「本当に助かったよ……誰も受注してくれないものだから、どうしようかと思ってたんだ」

「あぁ、ウィステリアさん……受付の方から、聞いています」

「……単価が低くて、遠隔地だから人気がないって?」


 町長の自嘲めいた声に、俺は曖昧な笑みで答える。


 ……依頼人の前で『給料が低い』なんて言えないからな。


 町長はふう、と小さく息をついてから、窓の外に視線をやる。


「出せるものなら出したかったんだがね。出せなかったんだ、あれ以上。……この町は、貧しくてね」

「そう……なんですか?」


 町長の声音は暗く、どこか苦しげだった。窓から差し込む紫色の夕日が、その重みを一層際立てている。

 俺が答えに困っていると、彼は視線を俺に戻しながらパッと笑った。


「……まっ、借金してでも依頼料を上げとくべきだったな! あの時はこんなに事態が悪化するなんて思ってなかったんだ。来てくれて助かったよ」

「いえ……、引き続き、頑張りますね」

「お!まだやってくれるのか?」

「えぇ、まだまだ湧いてきてるようですし」


 ……町の事情はよくわからないが、随分困っているようだし、俺に出来ることがあるならやっておきたい。この依頼はランクアップに都合が良かったら受注しただけだが、彼らの助けになれるなら、それだけで来た甲斐があるというものだ。


 町長は俺の答えに安心したように笑って、頭を掻いた。


「本当に助かるよ。礼といっちゃなんだが、町に居る間の宿と飯の世話は我が家でさせてくれ」

「え、いいんですか?」

「勿論!さ、ウチへ戻って夕飯にしよう!」


 町長は明るい声で俺の肩を叩く。俺もこの町に来るまで絶食状態だったから、腹は減っている――だが、しかし。


「……すみません、町長さん。もう少し、この教会にいてもいいですか?」

「んっ? 何か用か?」

「……少々、お祈りをしたいので」


 ずっと触れていた水晶から手を離しながら、俺は愛想の良い笑みを浮かべた。





 町長は『終わったら帰ってくるんだぞ』と言い残し、教会を後にした。教会の中に俺とツノウサギのふたりきりになったことを確認してから、水晶に向き直る。


『……相変わらず、判定おかしいね』

「あぁ……どうなってるんだろうな、この水晶」


 俺が教会に残った理由は、このジャッジメントの動作確認のためだ。


 蟻の一部は転移能力で消し飛ばしたのだが、先程“すべて炎魔法で倒した”という質問を肯定しても、何故か真実と判定された。

 以前主任さんに迫られ、転移で倒したはずのゴブリンを“炎魔法で倒した”と宣言し、真実と判定されたことがあったが、それと同じ現象が起きたのである。


 あの時もジャッジメントの動作確認をしようと試みたのだが、ギルドにしても教会にしても人の目があるため、不審な行動はできず。そのため、確認できていなかったのだ。

 ……確かめるなら、今がチャンス。


 俺はゴクリと息を呑みながら、再び水晶に手を伸ばした。


「……“俺は地球人だ”」


 青。真実。


「“俺は炎魔法が使える”」


 ……青、真実。


『やっぱり、炎魔法が使えることになってる……?』

「だな……」

『じゃ、やっぱり使徒様の言うことは絶対に“真実”になるんじゃない?』

「……いや。“俺は、この世界で生まれた”」


 ……赤。嘘だ。


『違うかぁ』

「あぁ、前にちゃんと赤くなることも確認してる」

『うーん、じゃあ、椎名さんの希望を反映してる、とか?』

「なるほど。真実であることを願えば……ってことか?」


 ……それを検証するには、俺が“真実だったらいいな”と思うことを言わなければならないわけか。

 少し考えた後、俺は無の表情で口を開いた。


「……“俺には彼女がいる”」

『……赤だね』

「赤だなぁ」


 悲しいほどに、赤である。光る水晶を前に、俺は肩をすくめる。どうやらツノウサギの推測は外れたらしい。


「……どういうことだ? 何が条件で誤判定が起きる……?」


 思わず独り言のように呟くが、それに対する答えはどこからも返ってこない。これ以上考えても、正解を導き出せそうになかった。


 ……こうなると、もう方法は一つしか思いつかない。


「……やっぱ、聞くしかないか」

『ファーテル様に、直接?』

「あぁ。……多分、無理だと思うけど」

『なんで?』

「前、普段は降臨とかお告げとかしないって言ってたから」


 以前アカシアさんに教えてもらった通り、祭壇の前で両手を組む。そして心の中で『ファーテル様、椎名です。ちょっと教えてもらえませんか』、と祈った。

 そのまま数秒ほど待ったが、特に変化はない。答えが返ってくるわけでもなく、視界が眩んで意識が引きずり込まれるようなこともなかった。


「……やっぱり無理だ」

『仕方ないね。……もう、気にしなくていいんじゃない? 別に誤判定が下りるのが悪いわけじゃないし』

「ん……まぁ、それもそうだな」


 ツノウサギの言葉に、俺は小さくため息をついた。

 多少の気持ちの悪さは残るが、実害はないし、今はそういうものなのだと思っておくしかないだろう。

 俺は検証を諦め、町長の家へと戻ることにした。


「ただいま帰りました――」

「あぁ、お帰りシーナさん!夕食、丁度できてるぞ!」

「お――……すごい、いい匂いですね」


 町長宅では、グランドアント大量討伐を喜んだ夫妻が、セランの実をふんだんに使った肉料理をご馳走してくれた。

 すっかり腹を減らしていた俺とツノウサギはバクバクと肉に食いつく。それはやはり非常に美味で、明日からの討伐も頑張ろう、という意気込みが高まったのだった。


 お読みくださりありがとうございます。


 椎名が炎魔法を使えてることになってる理由、お察しいただいてる方はいらっしゃいますでしょうか……。

 実は途中、ユーがヒントを出したり、その他伏線を張ったりしたのですが……分かりにくかったかと反省しています。

 もうすぐ、ネタバラシ回です。

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