84. 椎名泉、周回する(前編)
ゴトゴト、ゴットン。
「終点、セラン〜~、セランだよ!お客さん、降りて降りて!」
「ありがとう……ございました――……」
御者台から聞こえる呼び声に、俺は今にも死にそうな声で答えた。荷物をまとめ、おぼつかない足取りで馬車の荷台から地面に降り立つ。
「あ〜〜しんどかった……」
『だ……大丈夫、椎名さん』
「いやぜんぜん大丈夫じゃない……」
ウィステリアさんに急かされてセラン行きの乗合馬車に乗ったものの、出発後1時間で酔ってしまったのだ。
そこからセランに到着するまでの1日は地獄だった。
嘔吐を避けるため絶食状態で、起きている間は遠くを見つめて酔わないよう努力し、なるべく横になって眠ることに集中し、なんとか到着した次第だ。
『もー……ほんとに馬車ダメなんだね』
「あぁ……この前……ラカイからケルナまでは、途中で復活したんだけどな……今回はむりだった……」
あのときはショウやアカシアさんが話し相手になってくれていたからか、酔いが途中で収まったのだ。今回は他の乗客もいる乗合馬車ゆえ、ツノウサギにベラベラと話しかけるのも憚られ、気を紛らわす手段が無かったのだ。
「……まぁ、しばらく外の風に当たってたら復活するだろ……。とりあえず散策しつつ、町長の家に挨拶に行くか」
『家はどこにあるの?』
「とりあえずそこら辺の人に聞いてみよう」
辺りを見渡すと、そこにはのどかな町が広がっている。ケルナとは違い、平屋でベージュの壁にオレンジの屋根が乗っかった家が多い。素朴な町という印象だ。人の姿もケルナに比べ、まばらである。
「……ん?あの服……」
そんな中で一人、目につく男の姿があった。男は紺のロングコートを身につけており、それはケルナの警務局員――パーシモンさんが着用している制服によく似ていた。おそらく彼は警務局員なのだろう。
道に迷ったら、頼るべきはお巡りさん。
咄嗟に思い浮かんだ選択肢に従って、俺は彼に声をかけた。
「あのーすみません、警務局の方ですか。ちょっとお伺いしても……?」
「……はい?」
男は凛とした声とともに振り返った。歳は40代後半くらいで、艷やかな金髪が印象的だ。いつも気安い雰囲気のパーシモンさんとは違い、清廉で気高く、近寄りがたい雰囲気が感じ取れた。
「え、っと、俺、ケルナ市から来た冒険者なんですが……町長の家はどちらかご存知ですか? 依頼を受けてきたんです」
「依頼?」
男は眉をひそめながら、小さく首をかしげる。
「グランドアントの討伐です。最近、繁殖で困っていると聞きましたので」
「……そこの奥です」
男はすっと町の奥の建物を指さした。他の建物より一回り大きく、二階建ての建物だ。
「ありがとうございます、助かりました」
俺は警務局員に深々と頭を下げてから、町長宅へと足を向けた。
『なんか、今のひと、不思議な雰囲気のヒトだったね』
「ん? まぁ、パーシモンさんと似てる制服だったし、警務局員なんだろ」
『……パーシモンさんって、警務局の部長さんなんだよね?』
「んっ……?」
『制服が似てるんなら、あのヒトもお偉いさんなんじゃ……?』
「あっ……!?」
そうかも、と思った時には、時すでに遅し。
振り返ってもう一度制服を確認したい気がしつつ、確かめるのが若干怖い。酔いからくる気分の悪さは、おかげですっかりと冷めた。
「き、気軽に道なんか聞いて……まずかった……かな……」
『……なんか、そんな雰囲気だったよね』
「こ、今後は気をつける……」
公務員のお偉いさんなら、貴族だったりする可能性もありそうだし。確か、以前窃盗団のねぐらで回収した盗品の持ち主――ダヴィディアナ様も、貴族でありながら警務局に所属していたはずだ。
俺はすぐにその場から立ち去るべく、足早に町長の家へと向かった。
◇
町で唯一の2階建ての建物、その足下に到着した俺達は、建物を見上げる。
『……ここだね』
「だな……すみませーん、町長さんいらっしゃいますか?」
木製の扉をノックすると、すぐに使用人のような女性が現れた。俺達が冒険者ギルドから来たことを伝えると、彼女はパッと表情を明るくして町長を呼びに行ってくれる。
その後、すぐに現れたのは初老の男だ。
「――あんたが、依頼を受けてくれると?」
「はい、よろしくお願いします」
男はおよそ60代ぐらいの印象で、気難しそうな雰囲気を醸している。彼は一通り訝しげな視線を俺に向けた後、眉をひそめた。
「……大丈夫かね? あまり腕が立つように見えないが」
「だ、大丈夫ですよ。魔力量には自信ありますので」
「魔力が多少多かろうが関係ないよ。グランドアントはとにかく数が多いんだ。あっという間に魔力切れになるに決まってる」
「が……頑張ってきますね。それで、俺はどこに行けば?」
依然として怪訝な表情の町長の気をそらすべく、俺は質問を投げかける。町長はやれやれといったように首を振りながら、窓の方を指さした。
「この町の西にセランの畑がある。その奥からグランドアントが湧き出てくるから、それを退治するだけだ」
「わかりました。ではすぐ行ってきます」
町長に軽く頭を下げ、俺はそそくさと家を後にした。居心地が悪かったのもあるが、折り返しの乗合馬車は4日後らしいので、急いで依頼を達成しなければならないのだ。
俺は急ぎ足で町の西へと向かった。
◇
“西の畑”、と言われた場所には、確かにセランの実の畑が広がっていた。腰くらいの高さまで伸びた幹は青々とした葉を携えており、オレンジ色の実がたわわになっている。
その畑を囲うようにして森が広がっているわけだが、その木々の隙間から時折ひょっこりと姿を現す灰色の影――その正体がグランドアントだ。
『――【炎よ】!』
「【転移】、【転移】っ、そっちも【転移】っ!」
俺とツノウサギが到着してまもなく、その蟻達はどこからともなく湧き始めた。ちなみに、ひとえに“蟻”と言っても体長は30cmを優に超えている。さすが異世界の生物だ。
畑に這い寄ろうとする蟻達を、ツノウサギが火炎放射器よろしく燃やし尽くし、取りこぼしを俺が転移させる。そんなスタイルで、討伐はうまく回っている。
「ん、いい調子だな」
『うんっ、思ったより、討伐かんたん!』
蟻は事前情報通り数が多く、素早く動き回るのがやっかいだった。しかしこちらは魔法を撃ちまくれるし、トラック型ヒノオ石も当たりさえすれば消える。業務開始から半刻ほど経った今、辺りには燃え残った遺骸が増えてきていた。
「はぁ――……だいぶ倒せたな」
『椎名さん、途中からかなり命中率上がったしね』
「あぁ、いい投石練習になったよ」
最初は的が小さい分苦戦していたが、数をこなす内に命中率が上がったのだ。コントロール力が上がったのもあるし、蟻のスピードに目が慣れてきたのも大きい。
少しずつだが成長を実感する――そんなことを考えながら、手のひらの中のヒノオ石をぎゅっと握った。
……しかし、そんな感慨にゆっくりと浸る間もなく、次の蟻の隊列が木々の隙間から姿を現す。
「……ってか……これってどこまで狩ったら終わるんだ……?」
『さぁ……?』
既に50匹近い蟻を燃やしているが、リポップの速度がなかなか落ちない。第n波を撃破し、少し息をついたかと思えば、すぐに第n+1波が訪れるのだ。
ツノウサギの言葉に『だよな』と相槌を打ちながら、俺は口角を引き攣らせた。
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