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83. 椎名泉、出張する

 翌朝、俺は午前10時の鐘の音と共に目を覚ました。


「やばい……寝すぎた……」

『おはよ。ぐっすりだったね』


 一足先に起きていたツノウサギが俺の腹の上に乗り、やれやれといった表情で俺を見下ろしている。ベッドの上でぐっと伸びをすると、ゴキゴキと体の関節から嫌な音が鳴った。


「あー、朝のランニング、行き損ねた」

『それよりご飯でしょ。椎名さん、昨日の朝から何も食べてない』

「そうだな……、お前も腹減っただろ。寝落ちて悪かった」


 ツノウサギに指摘されて腹が減った感覚を自覚し、思わず腹をさすった。俺はさっと顔と体を洗い、街へと繰り出すことにする。

 一歩外へ出ると、すっかり高く登った日の光が道路を照りつけていた。


「何食いたい?」

『おにく』

「だよな」


 ツノウサギの即答ぶりに苦笑しながら、俺は大通り沿いの露店へと向かう。正直腹が減りすぎていて、食えればなんでもいいくらいだ。俺達は適当に目についた店で注文することにした。


「すみません、串焼き4本ください」

「はいよ、味はどうする?」

「味……」

『これじゃない? いろんな食べ物の名前が書いてる』


 ツノウサギが前足を向けた先には、1枚のウッドボード。何種類か風味が選べるようだったが、その中で一つ目を引く物がある。殆どの味が300リタス前後のところ、1種類だけその10倍、3,000リタスの価格設定なのだ。


「……このセラン味ってなんだ?」

「あぁ、セランの実で作ったソースだよ。果物ベースで、フルーティな感じ。今、セランの実は手に入りにくいからおすすめだよ」

「へぇ、変わったソースですね」


 とはいえ、串焼き1本に3000円は出し難い。ここは普通の味付けにしてもらおう――そう思ったところで、ツノウサギがドスドスと肩を叩いた。


『椎名さん、ボクこれがいい』

「え、……う……、わ、分かった。すみません、これ4本ください」

「おっ景気いいねぇ、お兄ちゃん!ほらよ、セラン味4本ね!」


 ……ツノウサギにきゅるっとした目を向けられては仕方がない。昨日の依頼では荒稼ぎしたし、たまには贅沢するのもいいだろう。


 俺はできたての串焼きを受け取り、ギルド近くの広場のベンチに腰掛けた。

 串焼きからは肉とソースが絡んだ芳醇な香りが漂っているが、お味は果たして。俺は大口を開けながら串焼きにかぶりついた。


「……うっま!なんだこれ、すっげーうまい……!肉汁とソースが染み渡る……」

『うん、おいしい、おにく、おいしい』


 ジューシーな肉とソースは、空きっ腹と疲れた体によく効いた。

 俺は夢中で串焼きを頬張り、ツノウサギもいつもを超える勢いで肉を消費していく。2本の串焼きはあっという間に腹の中に収まってしまった。


『はぁ……おいしかった。ねぇ椎名さん、ボク明日もこれがいい』

「ま、毎日これは財布に厳しいが……いっぱい稼げたら、そうするか」

『ん、がんばる』


 1食6,000円……地球ならミニコースが食べれてしまいそうな金額だ。しかし、ツノウサギには読書という月額10万円の趣味に付き合ってもらっているわけだし、俺も彼の要望を叶えるべきだろう。……ランクアップのためにも、食費を稼ぐためにも、頑張らねば。

 

 そんな意気込みを抱えながら、ギルドの門をくぐった。





 朝のラッシュを越えたギルドは、いつも通り閑散としている。俺は掲示板を見上げながら腕を組んだ。

 

『今日は討伐依頼を受けるんだよね?』

「あぁ……とはいえ、無難な討伐依頼を受けても数は稼ぎにくいんだよな」

『討伐対象に運良く出会えるかわかんないもんね』

「そうなんだよな。……よし、こういうことはプロに聞いてみるか」

『プロ?』


 ちらりとカウンターの様子を窺うと、今日はウィステリアさんが受付当番をしているようだった。彼女に聞けば、何かお勧めの依頼を紹介してくれるかもしれない。


「ウィステリアさん、お疲れさまです。今、いいですか?」

「あら、シーナさん!どうされました?」

「すみません、実はちょっと相談が……」


 きょとんと首を傾げるウィステリアさんに、俺は事情を説明する。ウィステリアさんは親身になって、うんうんと頷きながら聞いてくれた。


「――というわけで、効率よく数が稼げる依頼はありませんか? 依頼料は低くてもいいんですが」

「なるほど! うーん、そうですねぇ……」


 ウィステリアさんは腕を組んでしばらく唸った後、『そうだ!』と両手を合わせた。


「でしたら、Eランク向けの“グランドアントの討伐”なんかいかがですか?」

「グランドアント?」

「小さくてすばしっこいんですけど、比較的倒しやすい低級害獣ですね。……まぁ、バーストウルフやビッグキラーフィッシュを倒しちゃうシーナさんには余裕ですよ」

「いや、はは……」


 ウィステリアさんは可笑しそうに笑うが、俺は苦笑いを返すことしかできなかった。“小さくてすばしっこい”のは、転移させにくいから1番の強敵なのだ。しかし、討伐経験を積んで身体を鍛えたい俺には丁度良い依頼かもしれない。


「ちなみに、おすすめの理由は」

「数が稼ぎやすいんですよ。グランドアントは数百匹の群れで行動するので、運が良ければ大量討伐が可能なんです。依頼は10匹で1件達成したことになりますしね」

「なるほど、それはありがたいですね」

「はい……ただ、この依頼少し難があって……」


 俺はすっかり乗り気で相槌を打ったが、対照的にウィステリアさんは気まずげに口を開いた。


「実は、現場がセラン町という町なんです」

「セラン町?」

『それってさっき食べたのと同じ名前だよね』

「あぁ……えっと、場所は……」


 俺はポシェットから地図を取り出し、位置を確認する。どうやらケルナの南にあるようなのだが……。


「……ちょっと、遠いですね?」

「えぇ、馬車で片道1日半。その上依頼料も安くって……少し前から討伐依頼はされていたんですけど、誰も受けてくれないんですよ」


 ……確かに、昼になっても受注されない依頼ということは地雷案件なんだろう。

 ウィステリアさんは浮かない顔で続ける。


「でも、依頼主――町長さんの話によると、ちょっとまずい状況みたいなんです。最近、グランドアントの繁殖が急激に進んで、セランの特産物――セランの実が食い荒らされるようになったんですって。それが生産量に大打撃を与えてるみたいで」


 ……なるほど、露店の店主が『セランの実が手に入りにくい』と言っていたのはこういうことか。

 ウィステリアさんの説明に頷いていると、肩の上のツノウサギがポスポスと高速で肩を叩いた。


『……椎名さん、これ受けよう。町の人達が困ってるんだったら、助けてあげたほうがいいよ』

「お前、どうせ現地でセランの実を食いたいだけだろ……」


 珍しくやる気のツノウサギだが、その魂胆が見え見えだ。

 ……とはいえ、大量討伐のチャンスがあるなら受注はやぶさかではない。往復の移動で3日取られたとしても、向こうで200匹でも狩れれば20件達成したことになるわけだし。


「分かりました、お受けします」

「ほんとうですか!えへへ、実は私セランの実が大好物なんですよ。シーナさんが解決してくれたら嬉しいです!」


 ウィステリアさんはパッと表情を明るくする。

 ……ついでにお土産でも買ってこようか。この前、主任さんを引っ張り出してご迷惑をかけてしまっただろうし。


「セラン町へは週一で乗合馬車が出てますので、それに乗ってくださいね!丁度あと2時間で発車です!」

「わ、マジですか。急いで準備してきます」

「はい、よろしくお願いしますね――!」


 ウィステリアさんの見送りを背に、俺は宿へと折り返した。急いで数日分の着替えと旅費を用意しなければならない。


『楽しみだね、セラン町』

「あぁ……でも、本題は仕事だからな?」

『わかってるわかってる』


 ツノウサギの分かっているのか分かっていないのか微妙な声音を聞きながら、俺は宿へと走った。


お読みくださりありがとうございます。

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