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82. 椎名泉、(人脈)チートを行使する(後編)

『――このクッキー、おいしいね』

「ん――……この店のロゴ、どっかで見た気がする」

『図書館の横でしょ。今度買いに行こうよ』

「ん、わかった」


 もそもそ、ぱりぱり。


 俺とツノウサギは出されたお茶と茶菓子を頂きながら、職員達の打ち合わせを遠巻きに見ていた。ゴミ山の転移は5分も経たずに終わってしまったが、彼らの話し合いがまだ続いていたので、職員の一人が気を利かせて用意してくれたのだ。


「――っと、よし、あとここ1件だけ入れられねぇか?」

「そうだな……なら、これはどうだ?」

 

 俺を置いて盛り上がった打ち合わせも、小一時間もすれば落ち着きを見せる。やがて話の中心にいた男が『できた!』と言いながら、何かがびっしり書き込まれた紙を掲げた。


「よっしゃ!まぁ、こんなもんか?」

「あぁ、良いルート編成だ!効率的に依頼を達成できる!」


 職員達は皆、満足げに紙を眺めながら頷いている。


 ……一体、何が書かれているんだ。多分仕事のリストなんだろうが、一応、受注前にチェックはさせてもらいたい。


 そう思って覗き込もうとすると、ノルドにガシッとと肩を掴まれた。


「よし、お前さん、明日は朝イチでギルドへ行けよ!」

「あ、朝イチで?」

「今日の夜、明日締めの指名依頼を大量に出しておく!貼ってある順に回れば1日で終わるはずだ!」

「つまり“超短納期にも関わらず最高のサービスを提供した”っつー実績を残せるわけよ!」

「え、えぇ――……」


 彼らの背後にいる職員達も、揃って自信たっぷりにうんうんと頷いている。


 ……とはいえ、こんな露骨な数稼ぎのような真似が許されるのだろうか。この達成感に溢れた空気に水を差すようで申し訳ないが、俺はおずおずと声を上げた。


「あの……流石にズルくないですか? 依頼人とグルになって簡単に済む依頼を大量に出してもらうなんて……」

「いやいやいやいや!」

「アホか、簡単に済むのはお前さんがとんでもねぇ炎魔法使いだからだぞ……」


 職員達は呆れたように笑いながら首を振る。


「ま、絶対問題ねぇから安心しとけ!」

「昇格できそうなら、出発前にまたココの指名依頼受けてくれよ!」

「余裕あってもなくても来ますよ、ここまで良くしてもらってるんだから……」


 苦笑まじりに答えると、職員たちは『そうか!』と嬉しそうに笑った。


 続いて、ノルドの『そういや早く次の仕事行った方がいいんじゃないか』という一声で、俺は処理場を追い出されるようにして後にすることになった。

 結局リストを見ることはできなかったため、俺は一抹の不安を抱えたまま薬草採取の仕事へと向かった。







 朝一の冒険者ギルド――それは一言で言うと“混沌”、だった。


 ショウに『朝一のギルドは混む』と聞いて、この時間帯に訪れるのを避けていたから、その様子を見るのは今日が初めてだ。


 聞いていた通り、掲示板の前には人だかりができていた。ちなみに1番盛り上がっているのは――


「おい、どうなってんだ、今日のEランクの依頼!?」

「この辺の指名依頼、全部指名先は同一人物で、締め日が今日になってんぞ……」

「普通に無理だろ……なんだこれ?嫌がらせか?」


 ……まさかの、俺の指名依頼だった。


 張り出されている依頼書には、軒並み受注者指定欄に俺の名がある。そんな奇妙な掲示板を前に、冒険者達は顎をさすりながら首をかしげていた。


 俺はというと、冒険者達の注目の的になっている中、依頼書を剥がしに行く度胸があるわけもなく。掲示板から少し離れた場所でこっそりとその様子を伺っている。


「……おーいシーナさん、コレ一体どーいうことなんよ」

「あ、ユー主任……」


 しかしユー主任は流石 S ランクと言うべきか、あっという間に俺の姿を見つけたようだ。彼は苦笑いを浮かべながら歩み寄ってきた。


「昨日、ちょっといろいろありまして……」

「“いろいろ”ねぇ」


 ずるい手を使ったような気がしている手前、主任さんと目を合わせにくく、俺は掲示板を遠い目で眺める。


「西ケルナ3ー3、5-8、6ー72の建築物の解体、西の森の木の伐採100本、溜池の整備、庭の整地、井戸掘り、引っ越しの手伝い、草刈り、ホーンラットの巣の駆除、産業廃棄物の処理が3件で合計15件、これを今日中に達成してくれってさ。……マジどうなってんのよ」

「処理場の人に『1ヶ月で昇格したい』って話をしたら、仕事斡旋してくれて」


 まるで早口言葉のような主任さんの言葉に、思わず口角を引きつらせる。


「清々しいまでに見事な数稼ぎじゃん」

「……やっぱり、こんなの駄目ですよね?」

「いやいや、見事見事。それだけの信頼を得てるのは評価に値するよ。悪質な数稼ぎはアウトだけど、シーナさんのはどれもちゃんと依頼として成立してるし、ギルド的にはおっけーです」

「……なら良かった」


 主任さんが肩をすくめて笑うのを聞きながら、俺はほっと胸を撫で下ろした。


「じゃあとりあえず、全部受けますね」

「いける? 失敗したら逆に評価下がっちゃうけど」

「多分、いけます」

「ん、了解。じゃ、あれ提出してね」


 主任さんは軽く笑いながら、人がダマになっている掲示板を指差した。


「……あの、今、主任さんに受注するって、報告しました、けど……」


 言外に『わざわざ取りに行く必要はあるんですか、後じゃダメですか』ということを含みながら視線を向けると、主任さんは悪戯っぽい笑顔で手を振った。


「規則だからねぇ――」

「ぐっ……、わ、わかりましたよ……っ」

 

 主任さんが素知らぬ声で手を振るかたわら、俺はそろそろと掲示板に歩み寄り、順番に依頼書を剥がしていく。周囲にいた冒険者達からぎょっとした視線を向けられているのを、ビシビシと背中から感じた。


「……おい、あれ」

「例の極炎魔法使いか……」

「ハッ、露骨な数稼ぎご苦労なこったな」

「数稼ぎっつってもあんな量の仕事達成できんのか?」

「はは、無理だろ」


 全15枚の紙を剥がし終わると、好きに言い合っている冒険者達をかき分けつつ、俺はそくさとその場を後にした。


『……目立ってるね』

「まぁ、このあと1ヶ月居なくなるわけだし……その間に忘れられるだろ」


 ……というか、そうであってくれなくては困る。


 たが、今は彼らの言葉を気にしている場合ではない。すべての現場を回るには急がなければならないだろうし。

 まず向かうは、西通りの建物解体現場だ。俺は足早にギルドを後にした。 




「すみません、冒険者ギルドから来ました。冒険者のシーナとツノウサギです」

『ツノウサギだよ』

「おお、ノルドの旦那から話は聞いてるぞ!解体予定なのはこの建物だ、今日はよろしく頼むぞ」

「よろしくお願いいたします!炎よ!終わりました!」

「じゃあ早速作業を始めて――…………はぁっ!?」

「い、家が!家が消えてるぅううう!?」





「すみません、冒険者ギルドから来ました!シーナとツノウサギです!」

『ツノウサギだよ』

「待ってたぞ!アンタ、あっちゅーまに木を切り倒せるんだって!?」

「とりあえずこの辺から順番に100本くらい頼みたいんだが――」

「分かりました、炎よ、炎よ!こんな感じでいいですか?」

「……はああああ!?」

「いやいやいや早い早い早いちょっと待てェ!」





「失礼します、ケルナギルドから来ました、シーナとツノウサギです――」

『ツノウサギだよ』

「おーっよく来た!おやっさんから話は聞いてるよ!」





 ……同じ挨拶、同じやり取りを繰り返すこと計15回。日が暮れ始めた頃、俺はようやく全ての業務を終え、ギルドに戻って来ることができた。


 ギルドホールの休憩スペース、そのベンチに天井を仰ぐように腰掛ける。どの依頼も一瞬で終わらせることができたが、現場間を走って移動したため、俺はすっかり疲れきっていた。一日中走り回っていたからかなりいい運動になったし、体力増強という目標の一助になってくれそうだ。……代償として、明日1日筋肉痛になっていそうだが。


「おわ……おわった……」

『おつかれ、椎名さん』

「おう……、つかれた……」


 時刻は夜7時頃。ギルドは依頼終わりの冒険者達による混雑を迎えていた。今朝の異様な掲示板を見た冒険者も居るのか、俺の方をちらちらと見る者も多い。


「……おい、あいつバカみたいな量の仕事を受けてた奴だろ」

「あぁ、極炎魔法使いの?」

「にしちゃ戻り早ぇな」

「諦めて帰ってきたんだろ。ごくろーなこった」


 周囲の冒険者達は休憩スペースで酒を呷っている。酒が入っているせいか無遠慮に噂話と嘲笑の的に俺を据えてくるが、疲れすぎて訂正する力すら湧いてこなかった。 


「もうむり、ねそう……」

『ちょ、ちょっとこんなとこで寝ないでよバカ!』

「だって……つかれた……」


 今にもまぶたが落ちて寝そうになっていると、顔面にバサリと紙のようなものが当たる感触。


「……おっかれ。マジで終わったんか、あの量の依頼」

「主任さん……」


 紙束を左手で払うようにのけると、その向こう側から主任さんが現れた。『ほら、証明書よこしな』と促され、俺はのっそりとした動作でポシェットから依頼達成証明書の束を取り出し、主任さんに突き出した。


「とりあえず終わりました……。確認お願いします」

「ん……、んーー、はい、はい、……」


 主任さんは証明書をペラペラと1枚ずつめくりながら呟く。やがて最後の一枚がペラリとめくられた後、主任さんはにっと笑った。


「……ん、確かに確認しましたよ。ゴクローサマでした」


 主任さんはパンと証明書の束を叩く。

 すると、背後で聞き耳を立てていたらしい冒険者達がブッとアルコールを吹き出し、『はぁ!?』『んだと!?』と大声を上げた。周囲の冒険者達がその声につられ、こちらに好奇の目を向けている気配もひしひしと感じる。


 ……これはまた妙な噂が回ってしまいそうだ。


「雑務系の実績はこれで充分。あとは討伐系の依頼、頑張んな」

「討伐か――……うー、頑張ります……」


 吐き出された言葉のトーンは重い。

 討伐依頼には慣れてきてはいるが、やはり害獣と相対するのは緊張するし、精神的に疲れるのだ。といっても、旅行計画を考えると避けて通れない道であるし、頑張るしかないのだが。

 そんな俺の様子を見た主任さんは、顔を近づけながら小さく独り言のように呟いた。


「……まぁ、おれの権限で一気にBくらいまで上げてやってもいーんだけどね」

「絶対にやめろください……、それじゃ意味ないでしょ」


 そう、結局のところ、立入制限エリアに行くだけの実力をつける必要があるのだ。主任さんも答えがわかっていたようで、『言うと思った――』とおどけたように笑った。


「まぁ、確かにシーナさん戦い慣れてねーもんな。ランクだけ上げてもしゃーないわ」

「おっしゃる通りで……。明日から、頑張ります」


 俺が苦笑しながら答えると、主任さんは『じゃーこんなとこで寝てないでさっさと帰んな』と笑いながら、依頼料を投げてよこし、ギルドの扉の外にぽいっと追いやった。


 ……よく考えたら、あんな治安の悪い場所で眠りそうになってたのは危なかったかもしれない。向こうから証明書を取りに来てくれたり、ギルドから締め出したりしたのは、主任さんの優しさだろうか。

 眠い頭でそんなことを考えながら、重い足取りで家路につく。宿の部屋に到着すると、そのままベッドに倒れ込んだ。


「あー、すまんツノウサギ……お前の、飯……」

『いいよ、昨日買った果物残ってるし』

『すまん……明日がっつり飯くおう……』

『はいはい、おやすみ椎名さん』


 ペットに飯をやらないなんて重罪中の重罪だけど、ツノウサギはしっかりしてるし、適当にどうにかしてくれるか……。


 ぽふぽふの前足の感触と体温をまぶたの上に感じると同時に、俺は眠りに落ちた。

 体を動かしたことによる疲れと達成感に満ちた眠りは深く、それは今までで一番心地のいいものだった。


お読みくださりありがとうございます。

明日から新章突入です。

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