81. 椎名泉、(人脈)チートを行使する(前編)
「……シーナさんさぁ、最近ギャンブルかキャバクラに入れ込んだりしてる?」
「はぁっ!?」
ゴブリン討伐、それに薬草採集、ゴミ処理場の指名依頼――3つの依頼書を受注カウンターに提出したところ、ユー主任はケロリとした声で言い放った。
「いや、なんかここ数日仕事のペースが今までの3倍くらいになってんじゃん? 金に困ってんのかなーって思って」
「あ、あぁ……そういうこと……」
俺は主任さんの言葉にがっくりと脱力しながら答える。
……そう、Dランク昇格後の3日間、俺は柄にもなくひたすら依頼受注に奔走していた。理由は勿論ギャンブルでもキャバクラでもなく、体力増強と昇格のための実績作りだ。すべては友人との楽しい旅行計画のためである。
「違います、単に体力増強とランクアップ目指して頑張ってるだけですよ……」
「ランクアップ? どしたんよ急に」
「あー、それが……」
意外そうな表情で首を傾げる主任さんに、俺は先日のアカシアさんからのお誘いについて説明した。
ちなみに、ランクが足りないことに気づいた当日、俺はアカシアさんにそのことを恥を忍んで相談しに行った。間に合わなかった場合、“俺に構わず行ってきてくれ”と伝えるためだ。報連相は大事である。
……しかし、彼女には『シーナさんと一緒に行きたいのでお待ちしてますっ!』と笑顔で言い切られてしまった。加えて、聖書曰く“シスイの草花は夏が見頃”らしい。アカシアさんはそれを狙って“1ヶ月後”と決めていたのだろうし、日取りをずらすのも申し訳ない。
……そういうわけで、俺は急ピッチで仕事をこなしているわけだ。
「へー、シスイの森ねぇ……あそこか――」
全てを聞き終わった主任さんは、興味をひかれたように呟いた。
「主任さんもご存知です?」
「そりゃ“恩寵の大地”だしね」
主任さんはカウンターに身を乗り出しながら、小声で『……依頼でよく行ってたよ』と付け足した。
「恩寵の大地?」
「貴重な薬草類が生えまくってんの。ちょーど国のど真ん中だからね、ファーテル様の力が集まりやすいらしいよ。まぁそういう場所だから、棲み着いてる害獣も強くってさ――……最低でもDは無いと入れんのよ」
「そうなんですか……なんか、自信なくなってきたな」
主任さんに答えながら、俺は若干口角が引きつるのを感じる。
この前は気づかなかったが、“Dランク以上しか入れない”ということは、相当に危険な場所なんだろう。……俺なんかが入って大丈夫なんだろうか。
今更ながら不安になりだしたものの、主任さんはさして気にした様子もなく、俺の肩に乗るツノウサギの方にガラスペンを向けながら続けた。
「ま、その子がいればどーにかなるんじゃない。事前に気配察知できてればシーナさんも対応できるっしょ」
「……すまん、頼むなツノウサギ……」
『ん、まかせて』
ツノウサギは肩の上で、自信に満ちた鳴き声を上げる。俺は『よろしく頼むぞ』と祈りながら、ツノウサギの背をワシャワシャと撫でた。
「あ、つか遊びに行くのはいーけどさ、ちゃんとケルナ帰ってきてよね」
「え……そのつもりですけど、なんでですか?」
「見てておもしれーから」
「えぇ……」
主任さんはへらへらと笑いながら、依頼書の束を振る。その適当な言葉に脱力しつつ、依頼へと向かった。
◇
最初に向かったのはゴミ処理場だ。初めて依頼を受注してから5日目の今日、“またゴミ山を燃やしてくれ”と指名依頼が入ったのだ。
散歩がてら転移して回るだけなのでそう難しい仕事でもないが、現場に向かう俺の足は重い。
「すみませーん……依頼を受けて来ましたー」
「お――っ、よく来てくれたな!」
処理場の門をくぐると、職員たちは一斉にこちらを振り返り破顔した。溢れんばかりの歓迎ムードだが、逆に心が苦しくなる。俺は駆け寄ってきた現場監督――ノルドにおずおずと声をかけた。
「どうも……すみません、実は今日、ご相談したいことがあって……」
「んん?相談?」
相談――それはつまり、俺が1ヶ月街からいなくなる、ということについてだ。定期的に依頼を受ける約束をしていたわけではないが、取引先をほったらかしにしてワーケーションに行くなど、彼らにとっては到底快いことではないだろう。俺は言葉を選びつつ、しどろもどろになりながら事情を説明した。
説明を終え、恐る恐る彼らの様子を伺うと――
「ん?んん?」
「つまり、Dランクに昇格したら、シスイへ行くってことだよな?」
「え、それの何が申し訳ないんだ?」
「話がまるでわからん」
「え」
予想に反して、彼らは一様にポカンとした表情でお互いの顔を見合わせていた。
「え、だって、あんなに心付けも貰ったのに、いきなり長期間不在にするなんて不義理なんじゃ……」
「あれはあくまで“お礼”だよ!ギルドにもそう伝えてあったろ!」
「まぁ、残念っちゃ残念だがな……そもそも冒険者なんてひとところに留まる職業でもねぇだろ!」
「お前さんも“ずっとこの街にいるわけじゃない”って言ってたもんな」
……なんてありがたい労働環境なんだ。
感銘を受けながら職員達を見渡すと、皆彼らの言葉にうんうんと頷いている。非難を込めた視線を向ける人間は、誰一人として居なかった。
これがもし弊社だったとすると――うん、もうどんな沙汰になるか想像もできないぞ。
せめて向こうに行くまでの間と、帰ってきてからはきっちり依頼をこなそう――俺が1人深く頷いていると、ノルドがふいに険しい顔で腕を組んだ。
「……つーかよ、こっちの心配してる場合か? さっきの話じゃ、あと1ヶ月で昇格せにゃならんのだろ? ――なぁ、お前のせがれは今Bランクだったよな。Dに上がる時どうだった?」
ノルドに話を振られた男は、難しい顔でその無精髭をさすりながら考え込む。
「そうだなぁ……、半年くらいかかってたから、100件くらいはこなしてたんじゃないか。ただ、評価が良ければ少なく済むかもしれん」
「つーことは、数をこなしつつ、最高評価がつくような仕事をしなきゃなんねぇわけだ。お前さんの仕事ぶりは最高評価間違いなしだが、ネックは数の方だな……」
「な、なるほど……」
“とりあえず超頑張る”くらいにしか思っていなかった俺は、ノルドの言葉にコクコクと頷く。ということは、1日2,3件ずつ依頼をこなせば何とか間に合うかもしれない――そう勘定していると、ノルドが『そうだ!』と手を打った。
「なぁお前ら、シーナに依頼できる仕事はねぇか? 勿論サクッと終わるやつな!」
「……え」
俺がぽかんとしているところ、職員達は『なるほど!』と口角を上げつつ、次々と挙手始める。
「あるある、姪が引っ越しで出した不用品が大量にあるんだがよ、ここに運ぶのも面倒だし来てくれねぇか?」
「俺もあるぞ。家の隅にホーンラットがねぐらを作りやがったから、燃やしてほしいんだが……」
「ウチは庭の木の処分を頼む! デカくなりすぎて伐採したいんだが、面倒でよぉ……」
「えっ……え、え?」
唐突に次々と繰り出された雑用依頼に目を白黒させていると、さらに他方から追撃が飛んでくる。
「そうだ!確か来週、西通りで3軒くらい建物の解体があったよな?解体代わりに全部燃やしてやったらどうだ?」
「それ、工務店は別だったよな。なら1軒ずつ独立して依頼を出せんじゃねぇか。俺、早速打診してくる!」
「そういうことなら、俺も紹介できるぞ!確か角の庭屋が今度――」
「それなら俺も――」
「いや、あの、ちょっと!」
俺を置いてけぼりにして進んでいく話に慌ててストップをかけるが、職員達は皆不思議そうな顔で首をかしげた。
「あん?どうした?」
「いや、あの、そんな、皆様を俺の問題に巻き込むのは申し訳ないですよ……ちゃんと自分でなんとか」
「まぁまぁまぁ、ここは任しとけ!」
“しますので”と続けるはずだった声は、職員の豪快な笑い声と、力強く肩を叩かれたことによって空に掻き消えてしまった。
「ゴミ処理場っつう仕事上、ありとあらゆる業種と付き合いがあんのよ!」
「雑務系の受注実績は俺らに任せろ!お前は討伐依頼に専念しとけ!」
「え、いや、あの……」
「そうだ、林業はどうだ? 例えば根本だけ燃やしたら、伐採できるよな」
「じゃああと頼めそうなとこは――」
「結構ありそうだな、纏めるから誰か筆記具もってこい!」
「いや、だから俺の話を……!」
なんとか制止しようとする努力も虚しく、話し合いはより一層加速していく。俺は完全に話の輪から締め出され、遂に彼らの盛り上がりを外野から見ていることしかできなくなった。
「あの……、あの……!」
『……椎名さん、もう諦めたほうがいいんじゃない』
「うぅ……」
ツノウサギの冷静な声に、俺はがっくりと肩を落とす。
……そうだ、そうだった、前にあのソファを譲られたときも、押しに押され押し負けたんだった。
「……よろしく……お願いします……」
俺は遂に諦め、大きくため息をつきながら呟いた。……その声は最早、誰にも届かなかったが。
俺はがっくりと肩を落としながら、とりあえず本日の業務を開始すべく、ゴミ山の方に小走りで向かった。
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