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8. 椎名泉、戦う

 ……俺は正直、この日をとても楽しみにしていた。

 地球にいた頃は『なんて力を寄越しやがったんだ!』とブチ切れていたものだが、異世界トラックドライバーの職務を放棄した今、俺はただの“転移能力が使えるだけの人間”になったわけだ。

 魔法が使える――というのは、正直、かなり、ワクワクする。

 それにもし能力が有用なものなら、異世界転生の定番、憧れの冒険者生活、なんてものができるようになるかもしれないのだ。……まぁ、まだそんな職業があるのかも確認はとれていないが、俄然やる気が出てくるというものである。

 俺は逸る気持ちを抑えながら、腕まくりをして手首を外にさらす。その手に通しているのは、件のトラックストラップだ。


「まず調べたいのは発動条件。転移能力が町中で暴発したらヤバすぎる」


 俺が異空間に飛んだのも完全に事故だった。自損事故で転移するならともかく、他人様を事故で事故って転移させるなど言語道断だ。

 そう思って、ストラップのトラックを落ちていた小石にぶつけた。当たった小石は目の前から消えることなく、その場に残ったままである。


「んー、何も考えずに当てただけじゃ転移しないな。えーと、【転移しろ】!……って念じて当てるだけでも駄目か。なら、【あの灰色の異空間へ転移しろ】、っと……」


 今度はそう念じながら小石にトラックストラップをぶつける。カツンと音が鳴った瞬間、小石はふっと消えて無くなった。転移成功だ。

 ……まぁ、実際に灰色異空間に飛んだのかは確認のしようもないが、消えたということは転移できたということだろう。

 やはりゼリウスが言っていたとおり、転移させるという意思と転移先の空間を思い浮かべる必要があるようだ。俺があの灰色の空間に飛べたのは、異世界に行きたいと念じていたからだろう。

 

「うん、これなら暴発は避けられそうだな。ひとまず安心だ」


 最初はとんだ仕様検討不足だと思ってたけど、この条件が揃わないと駄目なら、よっぽどのことが無ければ暴発しないだろう。俺は見事仕様の穴を抜けたわけだ。


 俺はラッキーだったなと、しみじみと思う。あの偶然がなければ、俺はこの優しくてワクワクする世界に逃げてくることはできなかっただろう。折角のラッキーだ、上手く活かして生きていかなきゃな、と俺は改めて思い直した。


「……さて……、じゃあ次はどこに転移できるのか、だな」


 灰色異空間へ転移させられることはわかったが、例えば同じ世界線に飛ばす――いわゆるテレポートような現象を起こすことはできるのか、だ。これができれば、有事の際に戦略の幅が広がるが……。

 そう思い、【5m先に転移しろ】、と念じながら小石にトラックをぶつけるが、転移はしなかった。


「……なるほど。まぁ、所詮は“異世界トラックドライバー”だよな」


 どうやら世界線を超えないような転移はできないらしい。残念だ。

 他世界……たとえば地球に物を転移させることもできるのかもしれないが、別に試す意味はないだろう。……まぁ、弊社に大量のゴミや水を転移させるとかなら、やぶさかではないが。

 当面の使い方としては、何かを転移させてもどこにも影響がなさそうな灰色異空間に物を送る……という使い方だろうか。


「……あとは何を転移できるか、だな。種類と限界を知っておかないと」


 まずは無難なところで、ちょっと大きめの石。成功したら、どんどん大きなもの試そう……そう考えていたが――……



 数十分後、俺は呆然と周囲の景色を眺めることになる。



「えー……マジか……!」



 検証の結果は“未知数”というところに落ち着いた。

 10cm大の石から始まり、直径3mほどの大岩、それに5mほどの大きな木まで、トラックをぶつけたらあっという間に消えてしまった。


「や、これ、すごい。すごいな、この能力」


 俺は思わず興奮した。

 これだけいろいろ転移できるなら、この力はいろんなことに活用できそうだ。土地の開拓とか清掃員とか、天職かもしれない。それに生物もぶっ飛ばせるんだろうから、やっぱり、冒険者みたいなこともできるかも。


「し……しかし、まぁ、なんだ……調子に乗りすぎたな」


 改めて周囲見渡すと、大岩や木を転移させてしまったせいで、景色がかなり整然としてしまっていた。森の中にぽっかりと穴が開いてしまった状態だ。いくらなんでも大岩が消えたりしていたら不審だろう。


「うーん……俺が灰色異空間に転移して、向こうからこっちに転移させたら戻せるのかもしれないが……」


 ……正直、それをするのは非常に躊躇われる。なんせこの能力はまだ検証段階だ。


 灰色異空間に飛んだとき、俺はもう一度この場所にきちんと戻ってこられるのだろうか?

 この能力に回数制限はないのだろうか?

 ある日パッと与えたれた異能が、ある日パッと消えることはないのだろうか?


 ……その答えはどこにもない。そんな未知の能力を自分に試すのは、少々リスクが高すぎる。


「まぁ……少しでもリスクがある検証はよした方がいいな。俺が自分にこの能力を使うのは、どうしても緊急避難が必要なときだけ――そう思っておこう」


 そう思案にふけっていたとき、背後で草むらがカサリと揺れる気配がした。


「……ん?」


 しまった、人がいたのか?

 そう思って振り返ってみれば――


「……ッ!?」


 振り返った先にいたのは、真っ黒な巨体の猪。ぎょろりとした目で、じっとこちらの様子を見ているようだ。高さは2mあるのではないだろうか。自分よりずっと大きい。もはや驚きすぎて声も出ない。


 ――こういうとき、どうしたらいいんだったか。確か目をそらさずにゆっくり後退するんだったか。いやそれは熊に遭遇したときの対処法だったか。それは獣共通の対処法なんだったか。駄目だ、考えがまとまらない。


 しかし猪は俺の混乱をよそに、一直線に突進してくる。


「うわッ……!!」


 思わず腰を抜かしそうになったところで、視界にトラックストラップが映る。


「て――【転移】!【灰色の空間へ】、【転移しろ】!」


 それは一瞬の判断だった。


 転移しろと念じながら、トラックストラップが手の甲の位置に来るように調整し、腕を大きく振りかぶる。猪の突進をモロに貰ってしまう前に、手の甲のストラップが猪に当たった。


「――ッ、は…!」


 トラックストラップが猪に追突したその瞬間、猪はふっと姿を消した。

 それを確認した俺は、大きく息を吐きながらその場に座り込む。巨体が己に突進する迫力と助かった安堵感から、へろへろと力が抜けてしまった。


「せ、成功した……や、やっぱ生き物も飛ばせるんだな……能力がが有効で、本当によかった……」


 両手を見てみれば、ガクガクと震えている。ずっと都会で生きてきた俺には、当然ながら獣と相対した経験などない。能力がなければ危うかった……というか、普通に死んでいたかもしれない。


「異世界転生物だと、主人公はだいたい果敢に魔獣みたいなのを倒しに行ってるけどな……」


 猪から牛、熊、虎、果てはドラゴンまで。……いや、とんでもない。アラサーモヤシ社畜にあんな芸当無理だ。

 名だたる作品に登場してきたヤバい獣を倒す自分――というビジョンが全く思い描けず、俺は大きなため息をつく。


「なんで主人公ってあんなに堂々と戦えるんだろうな。みんな恐怖耐性みたいなボーナスでも貰ってるのか? あー、俺もそういうスキルが欲しい……」


 トラックが当たれば一撃無力化だが、俺も突進の一発でも貰えば即死しかねない。両者一撃死とは、あまりにハイリスク・ハイリターンだ。早急に足腰を鍛えて、反射神経を高めるような訓練を始めなければ……。

 そんなことを考えながら、俺は未だ震える足をさすりつつ、なんとか立ち上がった。


 ……が、ようやく獣に襲われたことによる動揺が落ち着いたところで、俺は重大な問題に気づいた。


「……ん、待てよ? そういえば猪って群れで行動したりするんだったか?」


 昔、『猪が大挙して町に押しかけてきた』みたいなニュースを見た気がする。そうだとしたら、あんまりここに長居するのは大変危険だ。早く離脱した方が良い。


 そう思案していた、そのとき――




お読みくださりありがとうございます。

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